「命のビザ」の発給を・・・ 混迷のアフガン 日本との20年 復興支援に携わったキーマンの訴え【報道特集】

JNN/TBS
2021年9月15日 (水) 16:46
「命のビザ」の発給を・・・ 混迷のアフガン 日本との20年 復興支援に携わったキーマンの訴え【報道特集】

20年前の同時多発テロ。アメリカは、過激派組織「アルカイダ」の犯行と断定し、その首謀者らをかくまったとして、当時、タリバンが政権を握っていたアフガニスタンへの空爆を始めた。そして日本も自衛隊による給油支援という形で追随した。

タリバン政権が崩壊した後、日本はアフガニスタンの復興支援にも積極的に携わってきた。この20年でおよそ7500億円を投じ、学校や空港の整備、職業訓練などを行っている。

そのキーマンの一人が当時、国連の職員だった伊勢崎賢治氏だ。日本政府の特別代表として招かれタリバンと対立していた勢力の武装解除を指揮した。だが、それがタリバン復活の足掛かりとなってしまったという。

東京外国語大学 伊勢崎賢治教授
「途中、やばいことに気づきだした。このまま武装解除を進めると大変なことになる。だって(タリバン残党への)抑止力を取っちゃうってことですから。タリバンが帰ってくる」

それでもアメリカは、タリバン政権崩壊後はじめてとなるアフガニスタンの大統領選挙までに、武装解除を終わらせるよう迫ったという。

伊勢崎氏
「なぜかというと2004年にはアメリカの大統領選挙があった。『危険性はすごくわかるけど止められない』と。『アメリカの大統領選挙前にアフガンの選挙をやれ、力ずくでやれ』と」

予定通り選挙は行われ新政権が誕生。その1か月後、当時のブッシュ大統領が再選を果たした。その裏では、懸念通り地方を中心にタリバンが再び勢力を拡大していった。

そして今、タリバンが再び実権を掌握。日本と関わりのあるアフガニスタン人とその家族にも報復の目が向けられた。

伊勢崎氏
「実は僕の(当時の)通訳の方がいっぱいいて。3人殺されました。1か月で」

日本政府が彼らの救出のために自衛隊機を送ったときには、すでにカブール陥落から一週間以上が経過していた。空港周辺の治安は悪化し、結局、自衛隊機が救出できた日本の関係者は日本人ジャーナリスト1人だけだった。

伊勢崎氏は取り残された人たちに緊急ビザを発給し、日本に受け入れるべきだと訴える。

伊勢崎氏
「これで終わったわけじゃないと、これからどうするかということですね。だからまず『命のビザ』。これはインターネットで繋がっている限り発給できるんです。日本のために働いてくれたアフガン人の受け入れというのは、脱出の手伝いというのはこれ義務です。まず義務を果たしましょう」


(報道特集9月11日放送内容から抜粋・編集)(14日17:48)