「国がこんなに秘密を守ろうとしたことはなかった」ロシアで高まる不満…プーチン氏が選んだ時の“過去のやり方”とは【報道1930】

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2022年6月1日 (水) 13:54
「国がこんなに秘密を守ろうとしたことはなかった」ロシアで高まる不満…プーチン氏が選んだ時の“過去のやり方”とは【報道1930】
ロシア国内で長引く戦争への不満が少しずつ表面に出て来ている。このまま次の選挙までプーチン氏は突き進むのか、どこかで方向転換するのか…そうなれば失脚する前に影響力を残せる後継者を選ぶかもしれない。今回は“ポスト・プーチン”をテーマに議論した。

■「国がこんなに秘密を守ろうとしたことはなかった」


今、ロシア国内では戦争への批判はもとより、対外的発言は厳しく統制されている。それでも完全に蓋はできない。それほどに国民の不満は高まっているようだ。番組では、ロシア兵士の母の会の会長を20年以上勤めている女性の切実な声を直接聞いた。
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ロシア兵士“母の会” メリニコワ会長
「お話しできる内容は法律により制限されています。(中略)私たちの子どもが捕虜になったのか、死んだのか、行方不明なのか確認できません。(ロシアからは何の情報もないですが)ウクライナは、最初からネット上のサイトで捕虜の写真と書類を公開しています。インタビューもあります。これらのおかげで私たちが何かを知りたいとき(ウクライナ側に)連絡することもできます。これは正式な情報です」

情報を得られれば捕虜交換のリストに自分の子どもを入れてくれるようウクライナに頼むこともできるし、同じく息子を戦争に出したウクライナの親と連絡を取り合ったりもできるという。兵士の母の会は過去にチェチェン紛争など11回の戦争にかかわってきた。が、今回の戦争はこれまでとは全く違うという。

ロシア兵士“母の会” メリニコワ会長
「国がこんなに秘密を守ろうとしたことは今までありませんでした。情報統制もなかったんです。インタビューでも考えたことを自由に話していました。今は余計なことを言わないようにしています」

ーー総動員令の可能性は?

ロシア兵士“母の会” メリニコワ会長
「考えても仕方ないこと。ウクライナで軍事行動があるとも思ってもいませんでしたから…。ロシア連邦の指導者が一人で決めることです」

言いたいことが言えない中で彼女は「黙っていてはいけないと思った」と語ってくれた。
この“母の会”は決して反体制側の団体ではなく、むしろこれまでいくつもの戦争で重要な役割を果たしてきた愛国的な団体だ。そこでも今回は不満が高まっている。

防衛研究所 兵頭慎治 政策研究部長
「不満は広がってます。現役の外交官が辞職して自らの声明をネットに掲示をしました。政府の中にも同じような考えを持った人はいるでしょうし、退役将校による『全ロシア将校の会』というのがあって、会長のイワショフさんは会のホームページで、2月24日の軍事侵攻の前から仮に侵攻した場合、ロシアは孤立し、勝てないし犠牲も大きいからプーチン大統領も再考すべきだ、と書いている。そのように軍関係でも現在の戦争への否定的な考えが徐々に拡大している」

こうした国内での否定的な意見の拡大は、プーチン政権の終焉を匂わせる。となれば必然的に話題は“後継”に集まる。

■「政治的野心を持たないとても有能な人材」


プーチン氏による人材の抜擢は、これまでも専門家の間で度々注目されてきた。先日の戦勝記念日には、36歳のドミトリー・コワリョフという人物がプーチン氏に寄り添う姿が映し出され後継者では?と憶測を生んだ。これまでも、突然の抜擢により周囲をザワつかせたことがある。こんな人たちだ。

ドミトリー・ペスコフ氏・・・エリツィン政権の時、外交官だったが、プーチン大統領就任の年に大統領府に入り、44歳で大統領報道官に抜擢され、現在に至る。
プーチン大統領時代のペスコフ氏(当時32歳)
マキシム・オレシキン氏・・・ロシア中央銀行・財務省職員を経て34歳で経済発展相に。37歳で大統領補佐官に抜擢された。

アントン・ワイノ氏・・・駐日ロシア大使館員として沖縄サミットでプーチン氏をアテンド。その後30歳で大統領府に上がり、44歳で長官に抜擢された。
習近平氏と北京で会談したワイノ氏
果たしてプーチン氏はどんな理由でこれらの人物を重用してきたのか? 実は36歳のコワリョフ氏も含め4人に共通点があるという。

朝日新聞 駒木明義 論説委員
「プーチン大統領の人材起用といえば、旧KGB 出身とか、(出身の)サンクトペテルブルク時代の同僚というのは典型的なんですが、ここにあがった人はそうではない。いずれも個人的に好かれた人…(中略)共通点といえば、プーチン大統領を脅かす存在ではない。若くて非常にバランスが取れていて…(中略)後継者になるタイプというよりは、心を許せる相手。仮に後継者とするなら完全に操れる弱いタイプです」

いつの時代もどこの社会も、トップに立つ者は自分の地位を脅かす存在は起用しないようだ。

防衛研究所 兵頭慎治 政策研究部長
「政治的野心を持たない、とても有能な人材。こういう人を起用するというのは、後継者を作るというより(中略)次のロシアを支える人材を育成しようという気持ちはあるんだと思う」

つまり、ロシアの未来のために優秀な人材は大事にするが、トップに立つ人材はいらない。自分がまだまだ頑張る。そのために憲法を改正したのだから…ということか。しかしプーチン氏はかつて一度大統領を退いている。その時、後継候補は二人いた。プーチン氏はその時どんな行動をとったのか…。

後継候補の一人は、国民の人気が高かった国防相、セルゲイ・イワノフ氏。プーチン氏の大学の同窓生で、旧KGB出身。
イワノフ氏 プーチン氏とは大学同窓 KGBの同期
もう一人は、第一副首相、ドミトリー・メドベージェフ氏。13歳年下だが、すでにプーチン氏に16年間仕えていた。
メドベージェフ氏 プーチン氏の13歳下 プーチン氏と同郷
後継話が盛り上がったのは下院選挙の年。国民人気のあるイワノフ氏をメドベージェフ氏と同じ副首相にして注目を集めたのだ。専門家の間でも下馬評でもイワノフ氏有力とされていた。しかし、大統領選挙の前にある下院で野党に大勝利したプーチン氏が、その直後に後継に指名したのは、メドベージェフ氏だった。
2人を競わせた
防衛研究所 兵頭慎治 政策研究部長
「私もイワノフさんだと思っていた。でも蓋を開けたらメドベージェフさんを指名して自分は首相に引き下がる。これは、後継者というよりも自分が首相に就いた時、誰が大統領だといいのかっていう観点なんです」

首相に引き下がっても実権は手放したくなかったプーチン氏。では何故イワノフ氏ではいけなかったのだろうか?

朝日新聞 駒木明義 論説委員
「結局のところプーチンはイワノフを恐れたんだと思う。彼が大統領になったら実権を握られる。有能だし、KGB出身で軍やFSB(連邦保安局)など“力の省庁”も掌握していくだろう、自分より巧く。これを大変恐れたんだと思う」

この時から“自分の地位を脅かす芽は摘んでおく”というトップの定石どおりに歩んできたプーチン氏。国内でウクライナ侵攻に批判的な空気が生まれてきた今、その傾向は今後ますます強くなるに違いない。

(BS-TBS 『報道1930』 5月26日放送より)