続く“ゼロコロナ政策”のなか…「烈士記念日」に行ってみた

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2022年10月6日 (木) 16:00
続く“ゼロコロナ政策”のなか…「烈士記念日」に行ってみた

9月30日、私たちをはじめ海外のメディアは、中国・北京の天安門広場で開かれた「烈士記念日」の式典への取材に招かれました。

「烈士記念日」とは、国のために命をささげた人たちを追悼する日。
こう説明すると、古くから続く伝統ある記念日…と思いそうですが、実は、記念日として正式に定められたのは2014年のことで、今回で式典の開催は9回目です。追悼されるのは軍人だけではありません。新型コロナにいち早く警鐘を鳴らしたにも関わらず、警察に処分され、その後、自らも感染し死亡した医師の李文亮さんも「烈士」に認定。習近平指導部にとって、この日は、中国の人たちの愛国心を高めたり、共産党の統治の正統性を主張するための”記念日”といえそうです。

その式典、私たち報道陣は全員、前の日からホテルでの隔離を求められました。
14億人いる中国国民のうち、式典前日9月29日の新型コロナの市中感染者は722人。日本からすれば「14億人中、たったの722人」と思うかもしれませんが、「ゼロコロナ政策」を推し進める中国にとっては大変な感染者の数です。習近平国家主席ら中国共産党の最高指導部メンバーが出席する行事でもあり、やはりそうか、と妙に納得してしまいました。

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29日午後、北京支局から車でおよそ30分のところにある、政府に指定されたホテルに到着しました。
フロントではパスポートのほかに、PCR検査歴や健康状態を確認するアプリ、さらに過去7日間どの都市に滞在していたかが分かるアプリの情報を提示。これまでに感染リスクがある地域に行かなかったことを証明して、やっとチェックインです。

最初に行うのは、「PCR検査」です。

この取材に参加する条件として、48時間以内のPCR検査陰性証明が必要でしたが、それはあくまで48時間前までの話。場所は、ホテル内の広い宴会場。パスポートを提示して検査します。身分確認する当局の担当者と、防護服を着た医療従事者2人、合わせて3人で作業をしていました。検査棒でのどをサササッとぬぐって終了です。結果はおよそ9時間で判明するとのこと。

さて、いよいよ客室へ…部屋に入るなり感じたのは「広い!!」。15畳はあるだろうかという客間と、それとは別に、ダブルベッドが鎮座するこちらも10畳はある部屋。本棚には、中国共産党の歴史と、習主席の思想に関する書籍も。たった一人で、しかも一泊で…ぜいたく過ぎると率直に思う一方、少し嬉しくも感じました。

しかし、そんな気持ちも長くは続きません。襲ってきたのは、「ドアを開けて外に出られない」と思っただけで感じる圧迫感。窓も南京錠がかかっていて開けられません。高さ1メートルを超える大きな空気清浄機が置かれていたのも納得しました。これまでに隔離は何度も経験しましたが、やはり慣れないものです。

中国で、日本より発達しているのが、出前サービスです。お弁当1つからすぐに配達してくれ、外出先や多忙な時など、店に行って買えない場合も、アプリで配達場所を指定して、簡単に注文できます。今回利用できるか、ダメもとで担当者に確認してみましたが、答えは「外部との接触を極力避けるためだ」として、やっぱりNG。複数の人を介した品物には触れられない…。自分が「隔離されている」と改めて実感する瞬間でした。

そうするうちに、ドアをノックする音が聞こえました。「ご飯でーす!」。午後5時半、ホテルの従業員が晩ご飯のお弁当を持ってきてくれました。両手にずっしりくる感覚…開けてみると、チャーハンに牛肉の炒め物、えびとニンジンの炒め煮、ローストチキンに、セロリの炒め物。これとは別に、デザートとヨーグルトもついています。さすが食を大切にする国だけあって、ボリューム満点。箸を進めるに連れ、ただでさえ出っ張っているお腹が、さらに主張してくるのが分かりました。

全員が別々の部屋で隔離されているため、中国版ラインといわれる通話アプリ「ウィーチャット」によるグループチャットが作られ、連絡事項はそこに送られてきます。午後10時過ぎ、政府の担当者からそのグループチャット内に一斉連絡が。PCR検査結果の「全員、陰性」を伝えるものでした。

式典当日の朝。曇り空、空気もかすみ、遠くまで見通せません。「しっかり取材しろ」と言わんばかりに運ばれてきた、これまた大盛の朝食の弁当を食べ、午前8時、ようやく部屋の外に出られました。
フロントでチェックアウトを済ませると、出口では黒い服を着た2人の係員が待っていました。金属探知機での身体検査です。手に持った棒状の検査機で体をひと通りチェック。係員に「ハオ(OK)!」と言われて、バスに乗り込み会場へ。最高指導部メンバーが出席し、天安門広場で開かれるイベントという重みを感じました。

式典開始の1時間以上前に会場に到着しましたが、すでに参列者の大多数が集まり、立ったまま待っていました。記念碑に捧げる「花かご」の設置場所の確認など、入念な事前リハーサルも行われていました。私たちは記念碑の脇に設けられたスペースに案内され、カメラを設置。開始を待ちます。

スーツ姿や暗めの色の服を着た人が多い中で、華やかな姿の一団がありました。民族衣装を着た人たちです。中国は56の民族で構成され、少数民族も多くいます。また、北京冬季五輪のウェアを来た人たちもいましたが、それは大会を支えたボランティアだと、会場にいた政府関係者が教えてくれました。企業の制服を着た人たちも見えます。中国共産党だけではなく、国全体が一つになって弔うというアピールの場、愛国精神を醸成する場なのだという空気が改めて伝わってきました。

式典開始15分前、会場に流れるアナウンスとともに、参加者が一斉にマスクを外しました。式典はマスクなしで行われます。
5分前、黒い車に先導され、複数のマイクロバスが天安門広場に到着。もともと静かだった会場に、一層の緊張感が加わります。誰がやってきたかは明らかでした。
バスからゆっくりと降りてきたのは、習近平国家主席。ほかの最高指導部メンバーも続々と姿を現します。
習主席と同じバスに乗っていたのは、序列3位の栗戦書(りつ・せんしょ)氏と5位の王滬寧(おう・こねい)氏。2位の李克強(り・こくきょう)首相らは別のバスから現れましたが、最高指導部の序列順にスムーズに一列になり、会場中央へと歩き始めました。

午前10時、軍の音楽隊が高らかにトランペットを鳴らして式典が始まりました。国歌斉唱、黙とう、子どもたちの愛国の歌の合唱…つつがなく進行していき、花かごを供えます。人の背丈ほどある花かごは、軍の儀仗隊が記念碑の壇上まで持って上がります。習主席らもゆっくりと後を追います。その際も、序列が覆ることはありません。横に並んで歩くこともありません。階段も、みな1段、あるいは2段、前の人と距離をとって上ります。

壇上に置かれた花かごのリボンに静かに手を添えて整え、花を供える行為を行うのは、習主席だけです。その後、烈士に敬意を表すために記念碑を一周した最高指導部メンバーたちは、少なくとも1時間以上も会場で立ちっぱなしで待っていた他の参加者の献花を待つことなく、あっという間に会場を後にしました。式典開始からおよそ20分後のことでした。国に殉じた人たちを弔う場でしたが、そこでは同時に習主席を頂点とする中国の”統治の形”が垣間見えたように感じました。

天安門広場には、式典の翌日、10月1日に控えた建国を祝う「国慶節」の巨大な飾りも設置されていました。
会場を去る際、その飾りに建国を祝う言葉とともに、「喜迎二十大」=「喜んで第20回の党大会を迎えよう」との文字が刻まれているのを見つけました。習近平国家主席が、異例の3期目を目指す中国共産党大会に向け、時間は、すでに動き始めていました。

JNN北京支局 濱野祐司