
■師走到来 “寒さの歴史”に思いを馳せると…
師匠も走り回る12月、寒さもいよいよ本格化してきましたね。あ~寒い。密閉率も断熱性も高い現代のマンションに住んでるのに、なんでこんなに毎日寒いんだろう?ふと考えるわたし。頑丈なコンクリートと厚いガラスでも寒いのに、平安時代は扉も壁もほとんどない、寝殿造りで貴族たちは寒さをしのげていたのでしょうか?
【写真を見る】頼朝&坂東武者 躍進の背景に気象あり?!予報士が紐解く歴史のウラ側【岡田沙也加のお天気コラム】
そんな心配は無用でした。いや、無用というほどではないですが、平安時代は少なくとも今ほど寒くはなかったようです。
日本の宮中におけるお花見の宴は嵯峨天皇の812年に始まっているそうなのですが、9~10世紀の宴の日付は平均で4月10日。今の京都の桜の満開日に比較すると6日早く、今より温暖だったことが推定されます。
皆さんも聞いたことがあるかもしれませんが、歴史を振り返ると地球は寒冷期と温暖期を周期的に繰り返しています。周期的といっても、かなり長い周期です。
例えば、太陽を回る地球軌道のわずかなずれによって生じる氷期と間氷期は、約10万年の周期で起こっています。もう少し最近に注目すると、ここ2000年でも地球全体ではないものの、小規模な気候変動があったことが分かっています。
代表的なのが「中世の温暖期」(日本では8世紀~12世紀頃)や「小氷期」(14世紀~19世紀半ば頃)と呼ばれるもので、これには太陽活動の強弱や火山の噴火が深く関わっているそうです。平安時代はちょうど、その中世の温暖期にあたる時期だったのです。
中世の温暖期というと、ヴァイキングがグリーンランドに上陸したことがよく知られています。そのヴァイキングの勢いは、中世温暖期に拡大しています。理由は諸説ありますが、温暖な気候により北方の海が凍結しなくなり、遠方への航海が可能になったことが後押ししただろうことは容易に想像できます。
もっと短い期間の異常気象でさえ、歴史に大きな影響を与えています。
1780年代はアイスランドなどで火山が大噴火を起こし、世界各地で異常気象が発生しました。1788年~89年はヨーロッパ全土で厳しい冬となり、フランスではおもな河川が凍結し、商業活動がほとんど停止。春になると雪解け水が農地に氾濫しました。
1789年~1799年の間にはフランス革命が起こっていますが、革命の起きた1年と1日前には直径12センチほどの大きな雹がフランスを襲い、農作物が大打撃を受けていました。最大の要因とはいえないものの、気象が与えた影響は少なくなかったことでしょう。
こんな風に、時代の変革期には気象が関わっていることが多くあります。
■頼朝&坂東武者 躍進の背景に“エルニーニョ現象”も
2022年、大河ドラマで話題になった鎌倉時代を取り上げてみます。歴史の舞台はそれまで畿内だったのに、どうして急に関東の武士たちが飛躍したのか、気になりませんか?
関東の坂東武者や東北の奥州藤原氏が力を持ち始めた背景にも、温暖な気候があったようです。逆に、温暖な気候が続く8世紀、9世紀と、畿内では度々干ばつに悩まされていたといいます。西日本での水資源は安定的には梅雨頼みとなりますが、温暖ゆえに梅雨前線があまり停滞しなかったのかもしれません。当時の人口も、畿内では横ばいの一方、関東甲信越では増加傾向だったようで、関東が住みやすい場所、つまりは作物が育つ場所となっていたことが推察されます。
また、最近の研究(東京大学大気海洋研究所)で平安時代後期の西日本は、大規模なエルニーニョの影響か、度々冷夏に見舞われていたらしいことが分かってきています。頼朝が伊豆で挙兵したのが1180年。翌年、西日本では未曽有の飢饉が発生しました。この養和の飢饉の惨状については鴨長明が「方丈記」に記している通りです。
大河ドラマを見ていた方は、大泉洋さん扮する頼朝が小さな観音像を想いながら必死に逃げ隠れた石橋山の戦いを覚えていますか?実はドラマで登場したあの観音さまは今でも鎌倉の神社に安置されているそうなのですが、それはさておき石橋山の戦いのすぐ2か月後の富士川の戦いで源氏は勝利を収めています。平家が水鳥の羽音に驚いて逃げ帰ったという逸話がありますが、一方で平家は拠点の飢饉による兵糧不足で撤退せざるを得なかったという説もあります。平家一門が壇ノ浦で滅びたのは1185年のことでした。
そんな中、政権を握った鎌倉幕府も続く異常気象に苦しめられます。1230年には異常な冷夏となり寛喜の飢饉に。1258年には、インドネシアでの火山の大噴火の影響で、正嘉の飢饉となります。これに対して、鎌倉幕府は1232年、御成敗式目を発布し武家と農民との米や土地の取り合いについてのルールを作ったほか、二毛作の普及を後押ししました。
鎌倉には極楽寺というお寺があります。鎌倉幕府2代執権・義時の、3男・北条重時氏が開基した寺院です。行ってみると、町中にぽつんと現れるお寺で、大きすぎず狭すぎず、ごく一般的なお寺という印象を受けます。しかし最盛期は大寺院で、施楽院・悲田院・療病舎などの建物が並び、大勢の病人を収容し、貧者には無料で加療・施薬を行っていたそうです。名前からは想像できませんが、極楽寺があった場所はその昔、地獄谷と呼ばれ、死骸が放置され、病人や貧民が集まる場所だったそうで、寺院が極楽の地になってほしいとの願いから極楽寺の名が付けられたといわれています。その創建は1259年。ちょうど大飢饉が起きていた頃でした。気象の激しい変化にどう立ち向かうか、これからの私たちは鎌倉幕府から学ぶところがあるかもしれません。
さて、今回は、小さな疑問から壮大な歴史の話になってしまいました。素人の調べ物で、認識違い等がありましたら申し訳ありません。ただ、今分かっていることから思いを巡らせてみるのは結構楽しいので、ご興味あれば皆さんも是非、本や資料を読んでみてください。私は今年も頑丈なマンションの中でぬくぬくと年越ししたいと思います。
参考:
「気候で読み解く日本の歴史 田家康」
「気候の語る日本の歴史 山本武夫」
「歴史を変えた気候大変動 ブライアン・フェイガン著」
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