
2021年2月、中国の習近平政権は全国12万8000の村が貧困から抜け出した、として「脱貧困」達成を宣言した。しかし、その実態は「嘘の数字」の上に成り立っている可能性があることが、証言によって浮かび上がってきた。
【写真を見る】12万8000の村「脱貧困」の実態 中国・習近平政権は「ウソを言っている」
所得が10倍に。「脱貧困」を達成した「モデル村」に行ってみると・・・
中国南部、湖南省の十八洞村。
中国政府主催のツアーで私たちが連れていかれた「脱貧困」のモデル村だ。
「党の話を聞き、党に感謝し、党とともに歩もう」。
巨大なスローガンが掲げられた村の人口は1000人足らず。以前は農業を主な産業とする、貧しい農村だった。現金収入を得るため、農作物を売ろうにも、道路が整備されていないため、市場にもっていくまでに腐ってしまう。そんな悩みを抱えていた。
しかし、2013年11月に習近平国家主席が訪れたことで生活は一変する。道路や住宅、水や電気などのインフラ整備に大量の資金が投入され、村は一気に近代化。
農産品をインターネットで販売したり、観光業に力をいれたこともあり、村民1人あたりの所得は1668元(2013年)から2万167元(2021年)と10倍以上に増え、今では年間60万人もの共産党員が視察に訪れる「優良村」へと変貌を遂げた。
村の共産党幹部は「この村は、全国で初めて脱貧困を実現した」と誇らしげに語る。「村に就職先ができたことで、若者も村を離れることなくお金を稼げるようになりました」。
「習近平総書記に感謝します」
私たちの前に現れたのは、73歳の女性。2013年に習氏に会ったという。家の壁にはその時の写真が飾られていた。
ガイドの説明はこうだ。「習総書記(国家主席)と会ったとき、おばあさんは64歳でした。テレビもない生活ですから、おばあさんは習氏を知らなかった。習氏に『あなたは誰?』と聞くと習氏は『人民に奉仕するものです』と答えました」。
女性は言う。「生活がどんどん良くなり、健康にもなり、習総書記(国家主席)と共産党に感謝しています。今では孫たちを大学に入れることができました」。
中国政府は2021年2月、12万8000の村が貧困から抜け出したと宣言。
しかし、私たちが訪れた別の村では、全く異なる光景が広がっていた。
氷点下なのに暖房なし 「貧困を脱した」村の男性が語ったこと
その村は、険しい山をいくつも超えた先にある。
私たちの前に座っている30代の男性は、じっと焚火の火を見つめていた。
この日の気温は氷点下。しかし家に暖房はない。しかも男性は、裸足だった。「この村では、どこの家にも暖房はありません。寒いときは薪をくべる。ただそれだけです。数年前、政府が電気と水道を通してくれましたがガスはありません」。
男性は祖母と父親と妹、妻と子ども2人の7人家族。収入が足りないため、夫婦は子供を残して、ほぼ1年中出稼ぎに出ている。
「脱貧困」を達成したとされる村の男性:
「若い人はみな、村の外に働きに出ます。農業をやろうにも土地はないし、商売をする資金もない」。
6年前、私たちは彼を訪ねていた。当時に比べ、生活は良くなったのか尋ねてみると。
「脱貧困」を達成したとされる村の男性:
「今でもほとんど変わりません。6年前と同じです」。
この村もまた、公式には「貧困を脱した」とされている。そう告げると、彼はおもむろに立ち上がり、私たちを家の外に連れて行った。
「政府の言っていることは嘘です」実際とは異なる収入
彼が私たちに見せたのは、家の外壁に貼られた1枚の紙。一家の家族構成、収入などが事細かに記されていた。
「ここに書かれている収入と、私たちの実際の収入は、全然違うんです」。そう切り出した男性。
記者:
「この数字は嘘ということですか?」
「脱貧困」を達成したとされる村の男性:
「私もよくわかりません。出稼ぎから戻ったらこう書かれていました」
困惑した表情で、なぜこのようなものが壁に貼られているのかわからないと繰り返した男性。紙には1人あたりの収入は1万元近くとあるが、実際は7、8000元程度だという。
また、父親は体に障害があり、働けないにも関わらず、農業での収入があると書かれていた。
政府が達成したという「脱貧困」は、実はこうした嘘の数字の上に成り立っているのではないか?そう問いかけると、男性は一言。
「脱貧困」を達成したとされる村の男性:
「そういうことでしょうね」
彼の夢は、2人の子供を大学に行かせることだ。
「脱貧困」を達成したとされる村の男性:
「私は、中学校を卒業してすぐ働きに出ました。しかし、学歴がないと仕事を見つけるのはとても難しい。貧困から抜け出すには、教育が大事なのです」。
「脱貧困」のもと積み上げられる“嘘の数字”
2023年の全人代=全国人民代表大会で習近平国家主席は「共同富裕を推進することでさらなる成果を出さなくてはならない」と演説した。
中国ではかつて、官僚たちが「嘘の数字」を中央に報告し、結果、多くの餓死者を出したという歴史がある。「大躍進政策」(1958-61年)である。
今回私たちが見たものは、「脱貧困」という名のもと、地方の官僚たちが偽った数字を積み上げている姿だ。
自身への権力集中を完成させ、建国以来誰も成し遂げなかった3期目をスタートさせた習近平国家主席。しかし、その権力を恐れた官僚たちが、「嘘の数字」を積み重ねているのであれば、いずれその嘘は、習氏の体制を揺るがすことになるのかもしれない。
北京支局長 立山芽以子
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