
“ユーリー・コワルチュク”というロシア人の名を聞いてピンとくる日本人はまずいないだろう。政治家でも軍関係者でも、元KGBでもない。しかし、プーチン氏と最も親しい人物とされている。そして、彼こそがプーチン氏にウクライナ侵攻を進言した男といわれている。
決して表舞台に立たない“プーチン氏の親友”の正体に迫った。
【写真を見る】プーチン氏の“金と愛人の管理”をする男 その名は“コワルチュク”【報道1930】
「“お金の管理と愛人の面倒” ~プーチン大統領のプライベートを仕切ってきた人」
番組のインタビューに応じてくれたジャーナリストは、ロシア国内でもあまり知られていないユーリー・コワルチュク氏を取材してきた数少ない人物だ。彼曰く“コワルチュクは殆ど表舞台に出ない”が、“プーチン氏にとって特別な存在”だと話す。
ジャーナリスト ジェグリョフ・イリヤ氏
「プーチン氏は信頼関係に悩んでいて、コワルチュク氏と一緒にいる時だけリラックスできる。
(コロナ禍でプーチン氏が人と会うことを極力控えていた時)コワルチュク氏は2年近く大統領公邸でプーチン氏と一緒に過ごした。つまり大統領にとって家族のような存在だった。(中略)あるパーティーでコワルチュク氏がふざけてプーチン氏の皿にあった食べ物をつまみ食いする場面があった。彼はプーチン氏の皿にあるハンバーグを取って食べることができる存在なんだ。
これは最高に親しい関係を表すエピソードだ。想像してくれ、王様が自分の食べ物を取り上げられるんだよ。ハハハ…」
親しいだけでなくプーチン氏に強い影響力を持つコワルチュク氏は、極端な反欧米派だった。そのコワルチュク氏がプーチン氏にウクライナ侵攻を促したという。コワルチュク氏はこんな言葉でプーチン氏をその気にさせたと、イリヤ氏は言う。
ジャーナリスト ジェグリョフ・イリヤ氏
「欧州は今弱っていて、戦争することで新たな領土を獲得できて、欧州をさらに不安定化でき、ロシアを強くできる、って進言したんだ。(中略)コワルチュク氏はプーチン氏にとって一緒に楽しく時を過ごせ、ジョークを言い合い、笑って相談もできる人物。“親友”だ。彼以外のプーチン氏の親友を私は知らない。プーチン氏は大統領になって以来、過去に仲が良かった人に対し信頼を失った。親友であり続けた人、それがユーリー・コワルチュク氏なんだ」
プロフィールを見ておこう。
ユーリー・コワルチュク氏(71歳)
“プーチン氏の個人銀行”ともいわれるロシア銀行のオーナーの一人で“銀行王”と呼ばれる。
“メディア王”でもあり『チャンネル1』など23社のメディアを有する。ロシア最大規模のメディアグループのオーナーであり、そのグループの会長職にはプーチン氏の愛人とされるカバエワ氏の名もあった。個人資産は日本円で約3700億円とされる。
駒木明義氏によれば“お金の管理と愛人の面倒”をさせている、よほどの信頼関係という。
朝日新聞 駒木明義 論説委員
「プーチン大統領のプライベートを仕切ってきた人。カバエワさんとは別にもう一人愛人がいると言われていて、クリヴォノギクさんというんですけれど、2003年にプーチンの娘を産んだのではないかとされる。その女性はプーチンの個人銀行といわれるロシア銀行の大株主です。つまりロシア銀行とメディアグループとで2人の愛人の面倒を見て来たんじゃないかと…。さらにプーチン氏の娘の結婚式もコワルチュク氏が仕切ったと言われます」
コワルチュク氏は90年代、プーチン氏がまだ無名の存在だった時からの仲だというが、拓殖大学の名越教授によれば、90年代にオリガルヒになったセーチン、ローテンベルク、ティムチェンコらとコワルチュク氏も同等だったが、コロナ禍がプーチン氏とコワルチュク氏を密接にさせたと話す。
拓殖大学 名越健郎 特任教授
「コロナの時、コワルチュクとだけ頻繁に会っていた。コワルチュクはもともと物理学者なんですが、両親が歴史学者なんです。で昔から大ロシア主義が強い人なんです。90年代に物理学の世界からビジネスに入ってきた。それでプーチンの汚れ仕事をやって、裏を全部知っている人なんだと思う」
「(プーチン氏に)陰謀論的な世界観が刷り込まれていった」
コロナ禍の蜜月…。2020年春から夏までプーチン氏はコワルチュク氏を伴ってヴァルダイの別荘で隔離生活を送ったとニューヨークタイムズも報じている。
この時期に、陰謀論者でもあるといわれるコワルチュク氏はプーチン氏に色々なことを吹き込んだのだろうか?少なくともコロナの時期を経てプーチン氏が見た目も言うことも変わったと多くが語る。フランス・マクロン大統領は“別人のようだった”と言った。
朝日新聞 駒木明義 論説委員
「プーチン氏が変わった事は間違いない。2000年、大統領になる前は、『我々は西欧社会の一員になった』とまで言っていた。それが今は…。西側は衰退しつつあるとか、ロシアには100年の歴史を継承する特別な使命があるとか、神がかったことをしばしば口にするようになった。欧米の、あるいはアングロサクソンの退廃した文明から我々を守るのが我々の使命だとか…。陰謀論的な世界観が刷り込まれていったような気がする。これはコワルチュクの影響がかなりあると思える…」
国際情報誌『フォーサイト』元編集長 堤伸輔氏
「物理学や数学の博士号を持っているような人物が陰謀論にのめり込んだ。これはプーチンに対しては説得力があり、プーチンを陰謀論に引きずり込んだんだと思う。ただ結果としてコワルチュクが勧めた今回の戦争がうまく行っていない。これがどう影響するのか…?」
プーチン氏がシベリアの祈禱を呼んで戦勝祈願?
コワルチュク氏の進言がプーチン氏の背中を押したとされる、ウクライナ侵攻。これがうまく行っていないことでどんな影響が出るのか。かつてプーチン氏のスピーチライターを務めた人物に話を聞いた。
政治評論家 アッバス・ガリャモフ氏
「コワルチュク氏は役職は何もないが政治に影響を与える“プーチンの非公式な政治局”の唯一のメンバーだ。“影響を与える”と言うのは控えめな表現で、実際はかなり統括している。FSBのトップや内務大臣のように直接シロビキを指揮したわけではないが、実務を担う将校クラスに忠実な人がいたし、それらにポストを与える権限があった。将校たちはコワルチュク氏に呼ばれればすぐに駆け付け報告していた。それが普通だった。(中略)電撃戦が失敗に終わり、敗戦の可能性も見えてきてコワルチュク氏は困惑している。戦争と自分との間に距離を置こうとしている。将来的に財産を没収され刑務所行きになることをわかっている」
周囲のコワルチュク氏を見る目も変わってきたという。これまですぐに駆け付けていた将校たちも、戦況の悪化とともに駆けつけることはなくなった。将校たちはパトルシェフ氏や“石油王”セーチン氏の方を見るようになったという。しかし、名越教授の見方は違うようだ。
拓殖大学 名越健郎 特任教授
「クレムリン奥の院の暗闘はわからない。が、別の情報もあって…。コワルチュクさんの力がさらに増して、最近は神秘主義。シベリアの祈禱師を呼んできて戦争の勝利を拝んでる。僕が気になるのはプーチンさんが最近演説で新約聖書に触れる。神がかってきた。去年秋には戦死者の母親たちに対し『人は誰でも死ぬ。ロシアでは3万人交通事故で死ぬ。あなたの息子はいい死に方をした』と言った…。死生観に触れるようになった。その辺が気になる。核のボタンを握る最高司令官として神秘主義やキリスト教原理主義を信奉していいのか?それを焚きつけてるのがコワルチュクだという情報もある…」
神がかった人間に、普通の理屈は通用しない。確かにこれは、かなり怖い。
(BS-TBS 『報道1930』 5月29日放送より)