開発か保護か…「世界遺産条約」採択の契機となった「アブ・シンベル神殿」移築時から続く課題【世界遺産】

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2023-06-04 10:00
開発か保護か…「世界遺産条約」採択の契機となった「アブ・シンベル神殿」移築時から続く課題【世界遺産】

今年は、世界遺産が誕生して50周年です。正確に言うと、ユネスコの総会で「世界遺産条約」が採択されたのが1972年11月16日で、それから50年経ったということになります。
(執筆者:TBSテレビ「世界遺産」プロデューサー 堤 慶太)

【写真】壮麗…!古代エジプトの王・ラメセス2世が築いた「アブ・シンベル神殿」

世界遺産条約の“契機”「アブ・シンベル神殿」

世界遺産はユネスコが勝手に指定しているわけではなく、この国際条約に加盟している国々が自国のものを推薦し、それを加盟国で構成する「世界遺産委員会」で審議して世界遺産にするかどうかを決めています。まさに世界遺産というシステムの根幹なので、この条約の採択をもって世界遺産誕生の時としているわけです。

では世界遺産条約は、なぜ生まれたのでしょうか。契機となった古代遺跡が、エジプト・ナイル川上流域にある「アブ・シンベル神殿」です。3000年以上前、古代エジプトの王・ラメセス2世が築いたもので、岩山を掘り抜いて作られた壮麗な神殿です。

ラメセス2世はナイル川流域を統一したことから「最強の王」「征服王」と言われ、神殿や巨像などさまざまなものを建造したことから「建築王」とも呼ばれます。

アブ・シンベル神殿は、彼が作った中で最も美しいと称されるもの。番組で撮影したのですが、外側には高さ21メートルもある巨大なラメセス2世の坐像、内部には戦闘で敵を圧倒するラメセス2世の壁画、さらに神の姿をしたラメセス2世の立像が8体も並んでいるなど、もうラメセス2世だらけ。

放っておいたら水没の危機

この神殿はナイル川のほとりに建っていたのですが、1960年代、アスワン・ハイ・ダムの建設によって水位が上昇することになり、放っておいたら水没してしまうという危機が迫りました。このときユネスコが音頭を取って、50カ国が参加する国際的な救済プロジェクトが始まります。

各国がさまざまなプランを出した結果、神殿を800あまりのパーツに切り分け、それを65メートル上の水没しない場所で組み立て直す・・・というスウェーデンの移築案が採用されました。そして5年がかりの工事によって、アブ・シンベル神殿は現在の場所に移動したのです。

外側のラメセス2世の坐像は4体あって、正面左から2番目の像は崩れ落ちています。これは移築前から崩落していたもので、地面に落ちた部分は移築前と全く同じ位置に再配置されています。

突然、巨大なドーム状の空間が

また神殿の奥には古代エジプトの神々と共に並んでいるラメセス2世の像があるのですが、10月と2月の年に二回だけ朝日がこの像を照らすように設計されていて、これも同様に光が射すように計算して移築されました。

番組ではアブ・シンベル神殿の通常非公開の部分も撮影させてもらったのですが、正面のラメセス2世の坐像の横に作業用みたいな入り口があり、そこから内部に入って通路を行くと、突然、巨大なドーム状の空間が現れます。

神殿は空から見ると岩山みたいなのですが、実は内部は空洞。遺跡として必要な部分だけを切り出し、コンクリート製の巨大ドームの外側に組み上げた、壮大な張りぼてのような構造だったのです。60年前に移築工事を行った人々の苦労がしのばれます。

この国際的な遺跡救済プロジェクトをきっかけに、未来に残すべき自然と文化を「世界遺産」として登録しようという気運が高まり、1972年の世界遺産条約の採択へとつながっていきました。

プロジェクトの舞台となったナイル川上流域はヌビア地方といい、アブ・シンベル以外にも水没を免れるために移築された遺跡がいくつかあって、神殿と共に1979年に「アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群」という世界遺産になっています。

フィラエは「ナイルの真珠」と呼ばれた島の名前で、女神イシスを祭った神殿が建っていました。移築前の映像を見ると、2000年以上前に作られた貴重な神殿が水浸し・・・そのためイシス神殿は近くの他の島にまるごと移されたのです(移築後、島の名前もフィラエ島に改名)。かつてあった島は、ダムの建設によって今では島ごと水没してしまっています。

アブ・シンベルやイシス神殿のように移築して救われたヌビア遺跡はごく一部で、大多数の遺跡は水没してしまいました。一方、ダム建設にはナイル川の氾濫を防ぎ、水資源を管理することで農業の発展を図るという大義がありました。「農業をとるか、遺跡をとるか」、こうした開発と世界遺産の保護は常にせめぎ合ってきました。最近の例では、オーストリアのウィーン歴史地区で高層ビルの建築計画が持ち上がり、古都の景観が変わってしまうという理由で、危機に瀕している世界遺産「危機遺産」に指定されています。

開発か保護か・・・これは、世界遺産始まりの地ともいうべきアブ・シンベル神殿の移築の時から続く課題なのです。

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