
クイーンズ駅伝3区は10.6kmの最長区間で各チームはエース、またはスピードのある準エースを投入する。どのチームも上位の流れに乗りたいため、ここで熾烈な争いが展開される。
女子駅伝日本一を決めるクイーンズ駅伝が11月26日に、宮城県松島町をスタートし、仙台市にフィニッシュする6区間42.195kmのコースに25チームが参加して行われる。
昨年の3区は“史上最高の競り合い”と言われた展開になった。10000mの日本記録保持者で13年世界陸上5位入賞の新谷仁美(35、積水化学)、5000m日本記録保持者(当時)で21年東京五輪10000m7位入賞者の廣中璃梨佳(23、JP日本郵政グループ)、そして東京五輪マラソン8位入賞の一山麻緒(26、資生堂)が火の出るようなデッドヒートを展開した。駅伝に懸ける思いが走りに現れやすい状況だったことで、見る側にもそこがストレートに伝わった。今年も3区は目が離せない戦いになる。
3区終盤のトップ交替 資生堂2度目の優勝につながった一山の踏ん張り
昨年の3区は終盤で、3人の選手が入れ替わりトップに立った。最初の首位交代は8.3kmだった。日本郵政・廣中がトップを走り続けていた資生堂・一山の前に出た。東京五輪の10000mとマラソンの入賞者同士。駅伝の実績では、中学生の時から全ての区間賞を取り続けている廣中が上だが、一山も意地を見せた。7.9kmで追いつかれたが、0.4kmほど前を譲らなかった。
そのシーンを一山は「一番で渡したい気持ちがありましたから」と振り返る。「(抜かれる覚悟もあったが)簡単に行かせたくなかったんです」。1分ほどしか粘ることができなかったが、一山が意地を見せ、そこで気持ちにスイッチを入れたことがよかった。8.9kmから廣中に引き離され、9.1kmでは新谷にも抜かれたが、差は大きく広げられなかった。
「抜かれてからは2人の背中を遠くに行かせないように、背中を見ながら粘りました」
一山はトップで中継した日本郵政・廣中から12秒差、2位で中継した積水化学・新谷から10秒差で4区にタスキを渡した。ジュディ・チェプンゲティッチ(20)が区間賞の走りでトップに進出し、続く5区の五島莉乃(26)も連続区間賞の走りを見せ、資生堂は2度目の優勝を確実にした。
今年も資生堂は区間配置が複数パターン考えられ、1区・一山、3区・高島由香(35)の可能性もある。新加入の井手彩乃(24)は2年連続2区で好走しているが、1区起用の可能性もゼロではない。しかし五島の5区は有力といわれている。五島が5区なら3区終了時点で、一番のライバルである積水化学から30秒くらいの差にとどめておけば、昨年のように逆転が可能になる。
新谷に追いつかれながらも突き放した廣中
第2中継所を3区の選手たちは、以下のような順位とトップからのタイム差で走り出た。
1位・資生堂(一山麻緒)
30秒差の2位・ヤマダホールディングス(筒井咲帆)
30秒差の3位・豊田自動織機(川口桃佳)
47秒差の4位・日本郵政(廣中璃梨佳)
50秒差の5位・積水化学(新谷仁美)
51秒差の6位・ダイハツ(加世田梨花)
すぐに新谷と加世田が廣中に追いつき、3チームが集団で前を追い上げ始めた。2km通過は廣中が6分09秒(非公式。以下同)で、トップの一山との差を10秒ほど詰めていた。だが意外にも、2.1km付近で新谷が後れ始めた。「懺悔しながら走っていました」と新谷。「体がまだ鈍っていた時だったので、スタートの時も不安だな、っていう感じはありました」。
廣中は3.6kmで2位争いをしていたヤマダホールディングスと豊田自動織機に追いつと、4kmからリードを奪って単独2位に。5kmは15分33秒で通過し、一山との差を20秒にまで縮めていた。そして7.9kmで一山に追いつき、8.9kmからリードを奪って単独トップに躍り出た。
だが一度後れた新谷が、一定の差を保ちながら立て直していた。そして驚くべきことに、10.3kmで廣中の前に出たのである。3区で2度目の首位交代だった。新谷は3年前の20年に3区の区間記録をマークし、その翌月には10000mの日本記録(30分20秒44)を樹立した。10km前後のスピードが最も高かった時期である。
しかし昨年は、世界陸上オレゴンで30分39秒71の日本歴代2位をマークした廣中の方が、スピードでは上だったかもしれない。一度は数m後れかけた廣中が、10.5kmで新谷に並んだ。10.6kmでタスキを取ると、10.7kmで腕を大きく振ってスパート。新谷を2秒引き離して4区に中継した。
「新谷さんが追い上げてきているのは、ラスト2~1kmくらいのところから感じていました。(並ばれてから新谷の様子を見る余裕は)ありませんでしたが、どこでタスキ取って、どこで仕掛けるか、見極めようとはしていましたね。1番でタスキをつなぎたい思いが強かったので、スパートでは絶対に負けない、という気持ちで走りました。1番でつなぐ気持ち以上に、1秒でも早く4区にタスキを渡すんだ、という気持ちの方が強かったですね」
結果的に新谷に1秒差で区間2位。廣中の中学から続いていた連続区間賞は途切れたが、そのことに悔いはない。廣中はチームのことだけを考えて駅伝を走っているからだ。駆け引きはいっさいしないで、チームのために1秒でもタイムを稼ぐ。自分の力を100%出し切る。それがチームの成績を上げることになる。日本郵政は4区で2位に、5区で3位に後退した。前年の4位から1つ順位を上げることには成功したが、V奪回はできなかった。
今年もクイーンズ駅伝には、前年より成長することをテーマに臨む。廣中自身は世界陸上10000mで7位と、東京五輪に続く入賞を成し遂げた。地元五輪は勢いに乗っていた側面もあったが、2度目の入賞で地力アップを証明した。2区終了時のトップとの差が昨年は47秒だったが、それを20秒程度の差にできれば、日本郵政が3区の廣中で大きなリードを奪う展開が可能になる。
新谷がスピードを武器とするマラソン選手だからできたレース展開
驚かされたのは序盤で後れた新谷が、後半でトップに立つまで持ち直したことだ。スピードで突っ走る3区では、珍しいと言っていい現象だった。新谷はどうして立て直すことができたのか。「対策という意味での練習はあまりしません」と新谷。一度後れてから追い上げるメニューをやっているわけではない。
「しかし調子が悪くて、ポイント練習のタイムがどんどん落ちていくことはあって、そこで持ちこたえなければ、と頑張るクセをつけておけば、試合につながると思います」
距離が短い2区や4区では、長距離選手では立て直せないという。一斉スタートの1区が一番、リズムが崩れても戻しやすいという。同じ10km区間の3区と5区では、3区の方が立て直しやすい。
「3区は差が付いても、後半区間ほどは大きくなりません。コースも直線なので前が見えるんです。5区だと曲がり角も多いし、コース自体が(起伏が多く)タフなので難しくなります。3区だからできたと思います」
メンタル面も前向きだった。スタート時に体の“鈍さ”を感じていたし、昨シーズンの成績から「スピードだったら廣中さんの方が全然上」と感じていた。それでも「ここで速い動きをできればマラソンに上手くつながる」とポジティブに考えられた。「私は実業団に入ってずっとマラソンをやっている選手ではなく、5000mや10000mをベースに練習を行っています。多少鈍くても、極端な不安はありませんでした」。
トラックのスピードを武器にマラソンに挑戦している新谷だからこそ、驚異的な追い上げと廣中とのデッドヒートができた。
クイーンズ駅伝が世界へのステップに
新谷はクイーンズ駅伝から2か月も経たない今年1月15日に、ヒューストン・マラソンで日本歴代2位の2時間19分24秒をマークした。駅伝のレース直後には「タイムも遅いし、序盤は懺悔しながら走ったくらいなので、マラソンにはつながりません」とコメントした。しかしスタミナではなく、スピードを基に42.195kmを組み立てている新谷の特徴が、昨年の3区で確認できた。それをヒューストン・マラソンにつなげたと言って、間違いではないだろう。
廣中は今年の世界陸上ブダペストで、これまでとはレーススタイルを変更し、ラスト勝負で世界に挑んだ。昨年の世界陸上オレゴンまでは、自身が先頭に立って先頭集団の人数を絞るレース戦術だった。21年の東京五輪と同じ7位だが、それを違うレースパターンで勝ち取った。世界と戦えた手応えは大きかった。
「2年前より、どの選手が強いのかわかっています。みんな1500mや5000mもやっているから強い。それをつねに頭に置いてやってきて、その結果として新しいパターンで入賞を勝ち取れたのは本当にうれしいです」
今年に入ってから短距離的なドリル(動きを作るためのメニュー)を取り入れたり、初めてサンモリッツ(スイスの高地トレーニング場所)で合宿し、スピードの高いメニューに取り組んだ。それらが2度目の入賞の要因になったが、昨年のクイーンズ駅伝もラスト勝負にトライするきっかけにはなった。
一山は10月のMGCで、23kmからスパートして独走に持ち込んだ。しかし終盤で脚が止まり、優勝した鈴木優花(24、第一生命グループ)に40km手前で抜かれて2位に終わった。勝負には敗れたがパリ五輪代表を獲得できたのは、鈴木に抜かれてからも粘ることができたからだ。一山自身はMGCを「粘れなかった」と納得していない。だが、MGC終盤の走りの片鱗を、昨年のクイーンズ駅伝で見せていたのは事実である。
昨年の3区でトップを走った3人は、完璧なパフォーマンスにはならなかったかもしれないが、23年シーズンで結果を出すことに成功した。駅伝で力尽きてしまわないトレーニングをすることが前提だが、駅伝のハイレベルの戦いは、世界と戦うことにつながっていく。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
※写真は左から新谷選手(積水化学)、廣中選手(JP日本郵政G)、一山選手(資生堂)