
女子駅伝日本一を決めるクイーンズ駅伝が11月26日に、宮城県松島町をスタートし、仙台市にフィニッシュする6区間42.195kmのコースに25チームが参加して行われる。前回優勝の資生堂は移籍と引退で、1区と2区の区間賞選手が優勝メンバーから抜けた。その状況でも青野宰明監督は「チームワークが高まれば優勝できる」と迷いなく話す。そのためには高島由香(35)の復活が前提だ。高島はリオ五輪10000m代表で、クイーンズ駅伝はエース区間の3区で、3回連続(14~16年)区間賞を獲得した選手。だが、19年以降は故障に苦しんできた。
しかし今年は10月に、5000mで9年ぶりに自己記録を更新。過去2年外れていた主要区間への復帰も確実で、高島とパリ五輪マラソン代表の一山麻緒(26)が前半区間でチームを上位の流れに乗せれば、インターナショナル区間の4区で前回区間賞のジュディ・ジェプングティチ(20)と、5区で2年連続区間賞中の五島莉乃(26)でトップに立つレース展開が期待できる。
故障で苦しみマラソン進出に失敗した高島
高島の9年ぶりの自己新は、全力を出し切るレースではなかった。10月21日の平成国際大長距離競技会女子5000m1組。「そこで出し切るのでなく、(1000m毎を)3分5秒で押して行って、駅伝につなげる走りをしようという狙いでした」。
チームメイトの五島と井手彩乃(24)も出場し、高島が1位で15分26秒33、五島が2位で15分26秒35。記録だけを見ると0.02秒差のデッドヒートが演じられたように見えるが、実際は2人が一緒に練習を走り終えたようなレースだった。
資生堂の3人は15~20分くらいの間隔で5000mの2組目にも出場し、3800mまで若手選手たちのペースメーカーを務めた。
高島の前自己記録は14年に出した15分31秒66。前所属のデンソーがクイーンズ駅伝で3連勝した2年目で、高島自身はその年から3区で区間賞を取り続けた。駅伝優勝チームのエース区間で区間賞。クイーンズ駅伝で最も輝いている選手だった。
16年に資生堂に移籍。リオ五輪10000mは18位、31分36秒44は自己記録に迫るタイムで、大舞台でも力を出し切った。
しかしマラソンへの進出でつまずいた。
初マラソンは18年4月のパリで2時間26分13秒の8位。まずまずの結果だったが、MGC出場権を得るため、故障を抱えながら19年3月の東京マラソンに強行出場した。だが35km付近で途中棄権せざるを得なかった。4月のハンブルク・マラソンにも挑戦したが、30~35kmでやはり途中棄権した。
17、18年のクイーンズ駅伝は3区で連続区間3位。区間賞ならずとも、区間3位は評価できた。だがマラソンで苦戦した19年は3区で区間7位。その後は故障が完全に治りきらない状態で駅伝に合わせるために無理をして、ケガを繰り返した。20年はメンバー入りできず、21年は6区区間4位。22年は6区区間2位。
資生堂に五島や一山といった選手も加わり、チーム成績は21年2位、22年優勝と上昇した。若手の活躍に高島のモチベーションが揺らいだこともあったが、「会社の150周年の22年に優勝すること」が走り続ける支えになった。
「デンソーの頃の優勝も嬉しかったですが、昨年の優勝は感慨深かったですね。入社した年から計画的に推し進めたことが、結果として現実になったうれしさがありました」
2年前の6区起用は主要区間を走る力がなかったからだが、昨年は夏から練習ができていた。6区起用は功労者の高島に、フィニッシュテープを切らせる意味もあった。
高島の復活にフォーム改善と高い意識での取り組み
高島の故障はハムストリングス(大腿裏)や座骨が中心で、そこから複数の部位に痛みが派生した。昨年夏には痛みがなくなった。多血小板血漿療法(PRP療法。患者の血液を加工して組織の再生に関連する成分を抽出し、疾患のある部位に投与することで患者自身の体がもつ修復力をサポートし、改善に導く治療)も活用したが、一番は20年以降のフォーム改善など、高島自身の取り組みが功を奏した。
「動きを改善するトレーニングを、リハビリ期間中に行いました。筋力がなかったこともありますが、昔は力任せのがむしゃらな動きでしたね。腰が反り気味の姿勢で走っていて、ヒザが内側に入って外向きに蹴っていました。それがハムストリングや座骨に負担になったと思います。ヒザが内側に入らないよう筋力を付けて、筋力が付いている部位を走りに生かせる動きを目指しました。今の方が軸がしっかりしてブレないフォームで走れています」
高島は今年で35歳。上の学年は、興譲館高で1学年先輩だった新谷仁美(35、積水化学)くらいだろう。新谷は一度引退し、5年近く競技を離れている。良く言えば休養期間があった。高島の頑張りは賞賛に値する。
睡眠や栄養、ケアなどをしっかり行っている。高島自身は「練習量もしっかりやっていますし、前までは出された練習だけをやっていた感じですが、今はスタッフと話し合って、練習の意図を確認したり、こちらの体の状態を伝えて調整して練習している」と言う。
青野監督はケアに対する姿勢が、しっかり身に付いているという。
「これはチーム全体に指導していることですが、日本の実業団のケアに関する環境は、外国では考えられないくらいに恵まれています。それに甘えず、まずは自分の体は自分で理解する、自分でケアできることは自分でやる。その上で自分ではできないこと、どういう状態に自分の体をしたいかをトレーナーに伝えさせています。高島はその部分をしっかりとできるようになりました」
疲労の抜け方は年齢とともに遅くなり、強度の高い練習の入れ方には工夫が必要になってきた。それは事実だが、今も「練習はチームで一番やっている」と青野監督は認める。「若い頃も意識は高かったのですが、さらに高くなっている」。高島の復活の裏には、彼女の人並み外れた努力があった。
チームにとっては“同じ意味”の優勝になるが、高島にとっては…
優勝メンバーから1区と2区の区間賞選手が抜けたが、昨年の優勝と、今年優勝することの意味に「何の違いもない」と青野監督は言い切る。
青野監督は立命大、デンソー、そして昨年の資生堂と、コーチとして優勝に関わった。それらの経験から「駅伝で一番大事なのはチームワーク」という信念を持つ。
「去年の1、2区選手がいても、必ず勝てるとは限りませんし、その2人がいないから勝てない、とも限りません。特に違いは感じていませんね。チームワークが高まれば優勝できる。我々がやるべきことは昨年の自分たちを超えること、自分たちの力をしっかり出すことです。周囲から戦力が落ちたと思われてもかまいませんが、逆に燃えてきます」
5区の五島は前回、「昨年の自分を超える」ことだけを目標に走った。2位に36秒差のトップでタスキを受けたが、前半の5kmを区間記録のときより12秒速く入った。セーフティーと言えるリードで走り始めたが、青野監督も前半を抑えるように指示しなかった。多少失速しても、ブレーキを起こさない選手に成長していたからだが、「抑えさせたら良さが消えてしまう選手もいる」という判断だった。
後半でペースが落ちて逆に12秒届かなかったが、資生堂の“昨年の自分たちを超える”戦い方を考えれば、五島の前半の速い入りは意味があった。今年も五島が5区で力を発揮すれば、資生堂は強い。5区に起用できるかどうかは、他のメンバーの状態次第になる。
一山のMGCからの回復が不十分なら、5000mで15分27秒98を持つ井手が1区か。だが理想は一山が1区、高島が3区だろう。高島が3区で区間賞を取れないまでも、ライバルの積水化学に大差を付けられなければ、4区のジェプングティチと5区の五島で逆転ができる。
高島にとっては、今年優勝できれば昨年とは意味が違ってくる。
「昨年は強い子がたくさんいて、本当に頼れる後輩たち、頼もしいチームで優勝できました。今年は“自分もまだまだ走れるぞ”というところを見せたいと思っています。走りでチームに貢献する優勝にしたいですね」
デンソー時代に初優勝した13年からちょうど10年。自身5度目、資生堂の選手として2度目の優勝を果たしたとき、高島は何を感じるだろうか。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)