持久力の高い高齢者は作業記憶も優れる:新たな脳内メカニズムを解明

2024-05-29 14:00

公益財団法人 明治安田厚生事業団の兵頭 和樹研究員、中央大学の檀 一平太教授、筑波大学体育系の征矢 英昭教授らの研究グループは、高齢者の有酸素能力(持久力)と認知機能の一つである作業記憶能力の関連性について、脳の前頭前野の活動パターンを近赤外光脳機能イメージング装置を用いて解明しました。

研究のポイント

有酸素能力(持久力)と作業記憶能力の関連性
- 有酸素能力が高い高齢者は、認知機能の一つである作業記憶能力が高いことが既に知られていましたが、その脳内メカニズムは未解明でした。
- 本研究では、近赤外光脳機能イメージング装置を用いて、この関連性を検証しました。

代償的な脳活動の発見
- 作業記憶能力テスト中、特に難しい課題に取り組む際に、高齢者の前頭前野では若年成人に比べて多くの領域が活動していることが確認されました。
- これは、加齢による一部の脳機能の低下を他の領域が補う代償的な脳活動を示しています。

有酸素能力と前頭前野の活動の関係
- 有酸素能力が高い高齢者ほど、前頭前野の代償的な活動が顕著であり、作業記憶能力テストの成績が優れていることが確認されました。

研究概要

本研究では、高齢者の有酸素能力(持久力)と認知機能の一つである作業記憶能力の関連性について、脳の前頭前野の活動パターンを近赤外光脳機能イメージング装置を用いて検証しました。作業記憶能力テストを行った結果、高難度の課題に取り組む高齢者において、若年成人では動員が見られなかった前頭前野の部位が活性化していました。これは高齢者が脳機能の低下を補うように前頭前野の多くの領域を代償的に動員していることを示しています。また、有酸素能力の高い高齢者では作業記憶能力テスト中の代償的な脳活動が特に活発であり、有酸素能力の高さが作業記憶能力テストの高成績につながっている可能性が示されました。このことから、高齢期に作業記憶能力を維持するためには、有酸素能力を維持・向上させる習慣的な運動が効果的であると推測されます。

本研究の成果は、神経科学系の国際学術雑誌「Imaging Neuroscience」に2024年5月10日付で公開されました。

研究の背景

作業記憶能力は情報を一時的に貯蔵・操作する能力で、主に前頭前野がその働きを担っています。会話や計算をする際に必要な能力であり、日常生活を営む上で重要な役割を果たしますが、加齢に伴い低下しやすい機能です。これまでの研究から、有酸素運動が作業記憶能力を高めることがわかっており、有酸素能力が高い高齢者は作業記憶能力が高いことも報告されてきましたが、その脳内メカニズムについては十分に解明されていませんでした。本研究では、高齢者の前頭前野の代償的な脳活動と有酸素能力との関連性を近赤外光脳機能イメージング装置を用いて検討しました。

研究対象と方法

本研究は、高齢者47人(65-74歳、女性29人)と若年成人49人(18-24歳、女性23人)を対象に実施しました。作業記憶能力の評価のため、参加者はパソコンで言語性および空間性Nバック課題を行い、課題成績として反応時間と正解率を評価しました。課題中は近赤外光脳機能イメージング装置で前頭前野の酸素化ヘモグロビンおよび脱酸素化ヘモグロビン濃度の変化を測定し、脳活動を評価しました。また、高齢参加者の有酸素能力評価のため、自転車エルゴメーターによる運動負荷試験によって換気性作業閾値を測定しました。

結果

高齢者と若年成人で言語性および空間性Nバック課題の成績や課題中の脳活動を比較した結果、高齢者は若年成人よりも成績が低く(反応時間が長く、正解率が低い)、さらに高難度の課題中、高齢者では若年成人よりも前頭前野の多くの部位が活動していることがわかりました。この結果から、高齢者が脳機能の低下を補うために前頭前野の広範囲を動員していることを確認しました。次に、高齢者において有酸素能力と課題成績、脳活動の関係性を見ると、有酸素能力が高い高齢者ほど、高齢者特有の脳活動が活発であり、それが課題成績の高さと関連していることが示されました。

まとめ

本研究により、高齢者は若年成人に比べて前頭前野の広範囲を代償的に動員して高難度の課題を遂行しており、有酸素能力の高い高齢者ではより前頭前野の代償的な活性度が高く、優れた作業記憶能力を発揮していることが確認されました。この成果は、有酸素能力の高い高齢者の作業記憶能力が高い理由を解明する脳機能メカニズムの理解に寄与する可能性があります。今後、運動トレーニングによる有酸素能力、作業記憶能力、脳活動の変化の関係性をさらに調べることで、これらの因果関係が解明されることが期待されます。

発表論文

掲載誌:Imaging Neuroscience
タイトル:Neural mechanisms of the relationship between aerobic fitness and working memory in older adults: an fNIRS study
著者:Kazuki Hyodo, Ippeita Dan, Takashi Jindo, Kiyomitsu Niioka, Sho Naganawa, Ayako Mukoyama, Hideaki Soya, Takashi Arao
DOI番号: https://doi.org/10.1162/imag_a_00167

用語解説

有酸素能力:全身持久力とも呼ばれ、長時間にわたり一定の強度の運動を続けることができる能力。
作業記憶能力:頭の中に情報を一時的に保存しながら情報を処理する能力で、会話や暗算などに必要。
近赤外光脳機能イメージング装置:近赤外光により血中の酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化をモニターし、脳神経活動によって引き起こされる局所的な脳血流の変化を計測する機器。
Nバック課題:作業記憶能力を測定するために広く使用される認知心理学のテスト。当研究で用いた言語性2バック課題ではパソコン画面にランダムにひらがなを表示し、2つ前に表示された文字と同じかどうか回答するよう求めた。
換気性作業閾値:運動中に徐々に負荷を上げていく際、体に取り込まれる酸素と出ていく二酸化
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