ある戦場記者のもがき~「豚野郎」そして「ヒラメとカレイ」~【調査情報デジタル】

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2024-08-31 06:00
ある戦場記者のもがき~「豚野郎」そして「ヒラメとカレイ」~【調査情報デジタル】

中東をはじめ数々の戦場を独自の視点で取材し、国際報道で優れた成果をあげた記者に贈られるボーン・上田国際記者賞の受賞者としても知られるTBSテレビの須賀川拓。彼が日々の取材活動の中で心に強く残ったことをオムニバス的に綴る(不定期連載)。

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豚野郎

「さっさと現場にいけ、豚野郎!」

X上(マスク氏による買収前だったので、当時はTwitter)でこんな内容のメッセージが届いたのは、忘れもしない2023年10月8日の夜のこと。ガザを実効支配するハマスが、イスラエル側に越境攻撃をした日の翌日だった。

現地メディアやSNS、そして現地の知人や友人から送られてくる断片的な情報。境界沿いの村だけでなく、救助に駆けつけた民間人をも標的にした、あまりに凄惨な犯行に私は絶句しながら、「これはとてつもなく、とてつもなく大変なことになる」とブツブツ口にしながら、パソコンに向かっていた。胃の中に突然ジャリを放り込まれ、体全体がずしりと重くなる感じ。周囲の音が小さくなり、今自分にできることは何なのか、私はその一点に集中していた。

そして、現地に入る便やコーディネーター、車両の手配などが終わった瞬間、さきほどのメッセージが流れてきたのである。私はSNSでもよく炎上するタイプで、「戦場記者」を文字られ、冗談半分で「炎上記者」と同僚から言われることもあるくらいなので、暴言や誹謗中傷はほとんど気にならない。むしろそれを、自分のモチベーションのためのガソリンに使いたくなってしまう。

この時もそうだった。なにしろ、海の向こうでは戦争が始まっている。これから何千、何万という命が失われるであろうことが分かっていて、その現場に近づこうとしている最中だから、こっちも頭に血が上っている。受けて立とうじゃないか。いやむしろこの人には、これからの報道をしっかりと受け止めてほしいという思いだった。

「行ってくるぜ豚野郎!しっかり見とけよ!」

勢い余って、こう返信してしまったのである。私としては、暴言ではあったが激励の言葉として受け止め、しかし少しばかり無礼な内容だったから、返す刀で同じ言葉を使ったまでなのだが、これがだいぶ炎上してしまった。

残念ながら、私に「豚野郎」と送ってきた方はアカウントが凍結されてしまい、いまは原文を見ることはできないが、実は「さっさと現場にいけ!」と檄を飛ばしてくれる視聴者の方は、とても貴重である。これは本音だ。だから私も悪ノリして「豚野郎」と返してしまったが、内心激励された気分だったのである。しかし、ここからが本題だ。

このポストにはたくさんの返信がついたのだが、その中に「CGを使うなよ」「どうせ落ち着いてから行くんだろ」といった内容が混じっていた。現場取材にいかず、戦争をCGで描いてコタツで記事を書くとでも、本当に思っているのだろうか。

こうした人たちは、私を以前からフォローしていて、これまで伝えてきた内容を見てきたであろう人たちだ。にも関わらず、荒唐無稽な批判を言葉に出し、またその発信に「いいね」が付く。

遺伝子レベルにまで染み込んでしまった根拠なきメディア不信と、“アルゴリズム”(注)によって侵食された言論空間が、そこには広がっていた。

(注)ここで言う“アルゴリズム”とは、Gooogleなどでの検索アルゴリズムやXなどでのSNSアルゴリズムのこと。機械学習したプログラムが、ユーザー個人個人の嗜好などに合わせた情報、動画や画像、広告などを優先的に表示する仕組みを指す。

ファクトは廃る フェイクは永遠

この出来事があった翌日に私はイスラエルに飛び、その日から地上波放送だけでなく、X上での報告を活発に行った。津波のように押し寄せる情報。その中には、極めて不謹慎なフェイクニュースも混ざり、公式な情報さえ疑わざるを得ないほど、ネット空間は汚染されていった。

イスラエル側、ハマス側の公式発表は意図的でなく間違って発信されたものだけでなく、恣意的に切り取られた情報や全く違う文脈の映像、画像が記事に添えられることが起きていたのである。

最もわかりやすい例が、イスラエル首相報道官の投稿だった。報道官は、ハマスが空爆被害の現場を映画の様に再現し、ドラマチックなフェイクで共感を得ようとしている、と断言。“撮影の舞台裏写真”まで載せた。この投稿は親イスラエルなアカウント間で瞬く間に拡散し、日本を含む世界中でハマスへの批判が押し寄せた。

しかしその直後、一連の写真は、実際にレバノンで撮影された短編映画の一部だったことが分かったのである。映画には、パレスチナ人が空爆に遭うシーンがあったため、イスラエル首相報道官はそこだけを切り取り、あたかもハマスが自作自演をしているかのように投稿したのだ。

実際に映画を撮影した監督ラムジィ氏と子役の少女はすぐに声明を出し、首相報道官を批判した。しかしこのフェイク投稿はしばらく残り、拡散を続けていった。報道官は謝罪も釈明もなく、投稿をいつの間にか削除した。公的な人物が投稿したフェイクに、実名を出して批判したこの二人について覚えている人がどれだけいるだろうか。

文字通り、ファクトは廃り、消えてしまった。しかし、あの時拡散された「ハマスは自作自演をする嘘つきだ」というフェイクのイメージは永遠と残り、今なお広がり続けている。

ハマス側も大概だ。自分たちが撃った可能性が高いロケット弾の誤射を、「イスラエルの空爆」と断言し、イスラエル側に批判が殺到した。自戒を込めて吐露するが、私だけでなく世界中のメディアが、ハマスの発表を鵜呑みにして報じたことで、この件はさらに加熱した。後に様々なメディアが検証・訂正記事を出し、私も現地の情報を元に訂正した。

まるで運動会の玉入れ

私は以前“アルゴリズム”について、人間の欲の放物線を予測するものだ、という表現をした。私たちが欲しがるであろう情報を先読みし、行き着く先に、あたかも自分で探し当てたかの様に欲しいモノが置いてある、そんなイメージだ。少しわかりづらいかもしれない。

例えばあなたが、5歳の子どもだとしよう。あなたはサンタさんに、どうしても頼みたいあるおもちゃがあった。それとなくあなたの願いを聞き取った両親は、「いい子にしていたらサンタさんがクリスマスにくれるかも」と耳打ちする。あなたは一生懸命良い子を演じ、親が買ってきたものだとはつゆ知らず、当日、枕元のプレゼントに歓喜する。

そう。自分が知らないうちに、最も欲しいものを、枕元にそっと置いておいてくれる。この場合で言う両親こそが、“アルゴリズム”なのだ。しかしいま、その様相がさらに悪質なものに変わりつつある。

Xというプラットフォームは、人間の知的好奇心や寄り道好奇心を知り尽くしている。そして、その背景を逆手に、ある革命(悪い意味で)を起こした。「インプレッション」である。その内容がリアルだろうとフェイクであろうと、見た人が多ければ多いほど拡散され、ある一定数を超えると収益に繋がる仕組みだ。

こうなると手に負えない。耳目を集める過激な見出し、過激な写真、極端な発言、事実の歪曲が氾濫しだした。悪質なユーザーに、倫理観を求めることなどできない。あらゆる手を使って金儲けに走る。

その情報が事実であろうがなかろうが、関係ない。人権侵害に繋がろうが、関係ない。どうでもいい。とりあえず情報を投げまくる。そのうち一つでも“アルゴリズム”というカゴに入れば、あとは知ったこっちゃない。まるで運動会の玉入れの様に、情報がぶん投げられているのだ。

さらに悪質なのは、こうしてギアが6段に入りフル加速状態で拡散する「毒」情報は、特定の人の枕元に届けられるのである。そうした人たちは、朝起きて真っ先にスマホを見る。そしてその情報を見て歓喜する。まるで自分がネット空間を検索し、探し当てたかの様に。

ヒラメとカレイ

2023年、年末。ハマスとイスラエルの戦争は長引いていた。ハマスによる人質の開放の見込みはなく、イスラエル側も攻撃の手を緩めない。幾度となく浮上した停戦の可能性も、泡の様に消えていった。絶望的な気分で迎えた新年、能登半島を巨大地震が襲った。

その2週間後、私は被災地で想像を絶する被害を目の当たりにしていた。多くの媒体でもニュースになった、「海底隆起」である。

この時も現場入りした当初から、「すでに報じられている現場にあなたはいらない」といったコメントがX上で寄せられた。しかし私は、「すでに報じられていること」であっても、伝え方によってはもっと多くの人に知らせることができるのだから、報じる価値があると思っている。

以前の報道記者の考えとは、少し違うのかもしれない。これまでであればすでに伝えられた内容を「後追い」するのは、どうしても必要な時だけで、それ以外は他社に先んじられたことを報じるのは一種の「恥」であるかの様に思われてきた。

しかし同じような内容であっても、届いていない人がいるのならそれを報じる価値は間違いなくある。何が目的なのか。報道記者は、そこを明確にする必要があると私は思っている。

他社が報じた後追いはしたくない、という自己満足が先なのか、現場で起きていることを少しでも多くの人に伝えたい、と思うことが先なのか。断じて後者である、と私は思っている。だから後追いであろうと関係ない。もちろん、スクープが大切であることは否定しないが。

そして、この時すでに出ていた報道では「ご覧ください。海底が隆起し、堤防が露わになっています」といった、映像を見れば誰でも分かるようなレポートばかりで、その規模だったり深刻さだったりはそれほど伝わってこなかった。少なくとも私はそう感じた。だから現場に着いた時、可能な限り、後退した海に近づいていくことを決めた。

完全に水が引いてしまった港から、海底だった場所をずんずんと進んでいく。余震があれば、当然津波の危険性もある。今の視聴者はリスク管理にも敏感だ。私はカメラマンに、背後にある丘を撮影するよう指示し、万が一の場合はそこまで走って退避できることを説明しながら、沖へと向かった。

すると、様々な海洋生物が干上がっているではないか。その一つが、カレイだった。魚体や口の形状、住んでいる場所などからヒラメではないと私は断定し、レポートした。ほとんどの視聴者は、気にも留めなかっただろう。ヒラメであろうとカレイであろうと、ぶっちゃけ関係ない。

しかし昨今、瑣末なファクトを蔑ろにしたレポートであっても瞬く間にネット空間に拡散され、仮に間違えていたら魚に詳しい人はすぐに反応するだろう。「魚の種類を間違えるやつがちゃんとした報道をできるはずがない」と。

実は私、少しばかりの軍事オタクでもある。そのため、軍用車両やミサイル等の種類を、写真から判別することもできる。しかし、戦争の現場に入る報道記者には、そういったことを気に留めず軍用車両であればなんでも「戦車」と表現したり、ミサイルの区別もつかずに報じたりするケースが散見される。

戦争を報じるのに、そうした兵器の知識がない状態で、どれだけ被害のことを語れるだろうか。兵器の殺傷能力を知らずに、その非人道性をどれだけ批判できるだろうか。

今のニュースは極めて賞味期限が短い。そして信頼されていない。しかし、ヒラメとカレイの差にこだわるような一見マニアックなレポートは、腐らない。そして、信頼される。この報告はYouTube上に6か月前に投稿されたが、再生回数は250万回を超えた。今も数日おきにコメントが投稿されている。

賞味期限が短く、信頼されていないのは、もしかしたら伝える側にも問題があるからなのではないか。ならば、どうすれば長く深く、視聴者に刺さる伝え方ができるのか。従来のやり方では、それが難しくなってきていることを認識する必要がある。それが、ニュースを今以上に信頼してもらうための、新たな一歩に繋がるのではないだろうか。

〈執筆者略歴〉
須賀川 拓(すかがわ・ひろし)
1983年3月21日生まれ。東京都出身、オーストラリア育ち。
2006年にTBS入社。社会部の原発担当、警視庁担当、「Nスタ」を経て、外信部中東支局長として紛争地を多数取材。現在はTBSのnews23専属ジャーナリスト。
担当した主な作品は「大麻と金と宗教~レバノンの“ドラッグ王”を追う」「天井のない監獄に“灯り”を ~パレスチナ暫定自治区ガザ 2019」など。

2022年、国際報道で優れた業績をあげたジャーナリストに贈られる「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。同年、紛争地帯の現状を伝えるドキュメンタリー映画「戦場記者」が劇場公開。

TBS系の紀行バラエティ「クレイジージャーニー」にも不定期で出演。
また、テレビでは伝えきれない紛争地の現状をYouTubeやSNS(XとInstagram)を通じて発信している。
*YouTube上の須賀川記者取材の過去動画は、「YouTube」「須賀川拓」で《検索》

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版(TBSメディア総研が発行)で、テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。2024年6月、原則土曜日公開・配信のウィークリーマガジンにリニューアル。

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