“永遠の化学物質”消えないPFAS 一人の女性が命を賭して法を変えた【報道1930】

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2023-12-02 07:30
“永遠の化学物質”消えないPFAS 一人の女性が命を賭して法を変えた【報道1930】

ピーファス(PFAS)という物質がある。1万種類以上存在するといわれる有機フッ素化合物の総称だ。水や油をはじき熱に強いなど用途は多岐にわたり私たちの生活にもさまざまに活用されている。だがPFASの中には発がん性など人体に悪影響を及ぼすことが懸念され既に製造や使用が禁止されているものもある。日本では3種類。つまり少なくとも残る9987種の物質に網がかけられていないままなのである。人体に入れば排出されず蓄積し、水や土壌にあれば分解されることなく永久に残る“エターナルケミカル(永遠の化学物質)”といわれるPFAS。今年世界に先駆けてアメリカのある州でPFAS全面禁止を義務付ける法律が可決成立した。
実はそこには一人の女性の命を懸けた訴えがあった。番組は独自に取材した…。

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「学校の水は安全じゃないから飲んじゃダメ。死んじゃうよ」

日本では2010、2021年にPFOSとPFOAの製造・輸入が原則禁止となり、先日PFHxSも禁止されることが決まった。だがアメリカでは1万種類を超えるPFAS全てを禁止する法律が誕生した。ミネソタ州だ。取材すると“ある女性の物語”に出会った…。

今年1月24日、ミネソタ州議会で一人の女性がスピーチした。

アマラ・ストランディさん
「私は今20歳で15歳の時にステージ4の繊維層状肝細胞癌と診断されました。これは500万人に1人という非常にまれな肝臓癌です。これまで20回以上の手術を受けて、その中には2回の肝臓切除と胸部を切開する手術が1回含まれています。私に何の落ち度もないのに有害な化学物質にさらされてしまいました。そして私はこの癌で死ぬことになります」

アマラさんは幼いころ水遊びが大好きだった。その土地の水や土壌に有害なPFASが多量に含まれていることなど知る由もなく…。15歳で肝臓癌と診断され10時間もの手術の末に腫瘍を取り除いた。

父・マイケルさん
「腫瘍を摘出した後、腫瘍が完全に肝臓に蓄積していたことがわかりました、重さは7キロ近くありました」
妹・ノラさん(17)
「小さなバレーボールくらいの大きさだったそうです」
父・マイケルさん
「あの子はその後45日間、半昏睡状態になりました。その間何度も死にかけました。(中略~回復後)アマラは自分の癌には何か原因があると感じていました。しかしそれを特定できるものは何もありませんでした。PFASが彼女に癌の原因だと証明できるかというとできません。しかし、疑いはあるのです。」

妹・ノラさん
「アマラと私は闘病生活のかなり早い段階である疑いを持ちました。姉が癌と診断された翌年の夏こんな話をしたの…。『3Mは私たちから1マイルしか離れていないのよ。学校の水は安全じゃないから飲んじゃダメ。死んじゃうよ』みたいな…」

アマラさんが暮らしたミネソタ州ワシントン郡には1950年代からPFASを製造する世界的化学メーカー『3M』の工場があり、PFASを含む廃棄物の処分をワシントン郡で行っていた。実はワシントン郡、州内の他の地域に比べ10代の癌の発生率が1.7倍。アマラさんの高校ではこれまで彼女以外に4人もの生徒が癌を患っていた。

『3M』では有機フッ素化合物のうちPFOS、PFOAの有害性を認め2000年に製造中止を宣言した。しかし、それから間もなくして3M社員がPFASによる健康被害を訴えている。2002年には工場敷地内の地下水から有害なPFASが検出された。そして、まさにこの年アマラ・ストランディさんは生まれている。
ミネソタ州は飲料水の水源を調査。すると有害なPFASが検出され、14万人の住人がその水を飲んでいたことが分かった。
2010年、州は、環境と飲料水に損害与えたとして『3M』を提訴。
2018年、『3M』が汚染除去の費用として約1200億円を支払うことで和解。しかし…。

ミネソタ州公害防止局 クーデル副局長
「水の浄化には莫大な費用がかかることがわかった。下水システムからわずか450mlのPFASを除去するのに約4億から26億円かかる。PFASに完全に対処する唯一の方法は発生源からPFASを削減することだ。そのため業界に製造過程や製品でPFASを使うことをやめるよう求めている」

2015年ころから州議会は全面禁止を模索し始めた。するとすぐに圧力がかかったという。

PFAS規制法案を提出した ブランド下院議員
「ワシントンDCや他の州から支持基盤の弱い議員を脅すために来た人たちがいた。上院の議員には特に強い圧力がかかっていた。非常に攻撃的だったそうだ」

PFASを使う製品が主力商品の業界はいくらでもある。法案の審議は何度も停滞した。それを知ったアマラさんはついに自らが議会で証言することを決意した。

父・マイケルさん
「議事堂に行くたびに声が弱弱しくなっていくのがわかりました。娘は遠くまで歩くことができなかった。委員会室に彼女を連れて行くときは、前まで車椅子で行って、そこから演壇までは歩かせるようにしました。弱いと思われたくなかったんです…」
妹・ノラさん
姉はこの問題を終わらせる人になりたかったのです。私たちの州のため、彼女にコミュニティのため…。」
3月6日、アマラさん5回目の公聴会…。

アマラ・ストランディさん
「右腕・手・指が動かなくなりました。かつてのように髪を編んだりピアノを弾いたりすることもできなくなりました。今回はもう手術はできません。もう試せる治療法はないのです。私の人生は有害物質によってこうなりました。『3M』のような企業と協力することで難しいことも解決することができます。ミネソタ州はPFASの危機を解決するリーダーとして羽ばたくことができるのです。今が輝くチャンスなのです…」

喉にできた腫瘍のためにうまく声が出せない状態だったが、文字通り声を振り絞ってアマラさんはスピーチを全うした。
その思いは議会の背を押し、翌月ミネソタ州議会は全てのPFASを規制する法案を可決した。だが、その成立をアマラさんが知ることはなかった。法案成立の3日前、4月14日アマラ・ストランディさんは20年の生涯を閉じた。彼女が州を動かし成立させた世界で最も厳しいPFAS規正法は、“アマラ法”と呼ばれている。父親は最後に言った…。

父・マイケルさん
「ミネソタ州では『私たちはこんな化学物質には耐えられない』と声を上げました。他の州や国でもできるのです」

命を懸けて訴えた法律は成立した。しかしもう4人で家族写真をとる機会は永遠に失われた。

「日本の産業界はヨーロッパのPFAS規制提案に反対する最大のロビー団体」

アマラさんの命を懸けた訴えもあって、アメリカはミネソタ州が先陣を切って、世界で最も厳しいPFAS規制に動き出した。ヨーロッパはどうしているのか…。来日中のスウェーデンの環境NGOに話を聞いた。ヨーロッパではメディアが大規模な調査したところ、日本の基準値(1ℓ当たり50ナノ)より厳しい基準だったこともあるが1万7000箇所もの場所でPFASの濃度が高い場所が見つかり、PFAS規制の動きがより活発になったという。

国際化学物質事務局広報 ピーター・ピエル氏
「PFASは1つの化学物質だけでなく5000~1万に及ぶと推定される。EUが取り組もうとしているのはこれらの化学物質を1度に禁止することだ。そんなことはこれまで1度もなかった。全面禁止を目指すのはPFASに対し多くの権力者が本当に大きな問題と確信した証だと思う。リスクが非常に高いので大きな危機になる前に回避しようというのだ。それを拒み続けているのは産業界だ。この業界(PFAS使用サイド)には巨額の資金が動いており誰もが金の支配を理解している。日本の産業界はヨーロッパのPFAS規制提案に反対する最大のロビー団体の一つだ」

さらに日本は規制以前に危機意識も調査も進んでいないとプエル氏は言う。

国際化学物質事務局広報 ピーター・ピエル氏
「日本はPFASの対策が本当に遅れていると思う。もし日本でヨーロッパと同じような調査を行い飲料水のPFAS濃度を調べ、血液を測定したならば多くの人にPFASが高濃度で検出されるかもしれない」

規制以前に日本は状況を把握すらしていないと語るのは元厚労大臣の長妻昭議員だ。

立憲民主党政調会長 長妻昭衆議院議員
「日本は残念ながら現状の調査がほとんどなされてない。現状把握のための大規模な水質調査、土壌調査、そして血中濃度調査、健康被害調査これを全国規模で国が責任をもってまずやると。そうしないと規制を厳しくするって言ったってエビデンスがないと進まない」

米軍基地はPFASのブラックボックス?

「調査がされていない」と長妻議員が言う日本。実際PFASはどうなっているのか…PFASが使われているもので代表的なものの一つは泡消火剤。米軍や自衛隊で使用しているケースが目立つ。東京都が横田基地周辺を調査したところ、基地から東京湾にかけて土壌の汚染程度が濃いことが分かった。2012年には米軍基地内で泡消火剤が漏出していたのだが2019年には防衛省はその事実を知っていた。しかし非公表。米軍と公表についてすり合わせをしていたが、回答があった後も伏せていたのだ。公表されたのはようやく今年になってからだった。

東京都が調査した地下水のデータを見ると横田基地から東京湾に向けて濃度が高い地区が続いていく。さらに米軍基地周辺の血液検査をしたところ6割の人がアメリカの基準でいう「健康被害の恐れ」があるという数値を超えていた。しかし、日本政府は血液検査をする気配も、米軍の立ち入り検査をすることも1度もできていない。

「成長だけではない中に豊かさを求めていく…そういう価値観の転換が求められている」

便利で、生活を豊かにする商品にふんだんに使用されているPFAS、これを有害と立証されているもの以外まで使用禁止にされれば産業界は大きなマイナスだろう。
経済成長にも影響を与えるかもしれない。しかし、今こそ根本的な見直しが必要な時期ともいえる。
このPFAS問題を研究している京都大学の原田浩二准教授は現在の日本の基準値はあくまで暫定のもので、今後数値自体も変化するものだとしたうえでこう話す。

京都大学大学院 原田浩二准教授
「PFASを使わなければならない必須なものは猶予をするが、必須でないものに関しては少々便利さが劣ってもPFASを使っている商品を消費者がなるべく使わない選択をすることが企業を変えることになる。消費者が選ばないものは企業は作らないし、実際食品包装などではPFASを除去する動きも出ている」

立憲民主党政調会長 長妻昭衆議院議員
「経済の物差しを変えるべき。今までGDPという指標で競ってきた。環境を汚そうが、資源を無駄にしようが、有害物質を排出しようが付加価値が大きくなればプラスになると…。今研究しているのはGPI 既にある指標ですが環境を汚したりするとマイナスになる。そういう基準で競っていく…」

今のままの経済成長を追い求めていると気候変動、格差、戦争など複合的なリスクを被ると訴える「人新世の『資本論』」の著者、斎藤幸平氏はこのPFASもまさに人新世の問題だという。

東京大学大学院 斎藤幸平 准教授
「人類の経済活動が膨張していく中で地質学の概念になるくらい地球の在り方そのものを人類の経済活動が変えてしまう時代に突入している、これが人新世です。国際地質学会によると人新世は第二次世界大戦の後…。まさにPFASが大量に消費された時期と重なってくる。テフロンとかできて便利さ豊かさを享受してきた時代だった。21世紀に入って便利なものの本当のコストが環境破壊など様々な形で浮かび上がってきた。(中略)成長だけではない中に豊かさを求めていく…そういう価値観の転換が求められているのでは…」

(BS-TBS『報道1930』 11月28日放送より)