「野球は仕事」と割り切った18年。鳥谷敬が語る、引退後に見えた新たな世界とセカンドキャリアにかける思い

2025-07-20 08:00
「野球は仕事」と割り切った18年。鳥谷敬が語る、引退後に見えた新たな世界とセカンドキャリアにかける思い

プロ野球選手として18年間の現役生活を終えた鳥谷敬氏。野球一筋の人生から一転、ファッションやさまざまな分野に活動の幅を広げるなか、月200kmのランニングや食事へのこだわりなど、現役時代に培った「継続力」を健康維持に活かしている。引退後のセカンドキャリアにかける思いや原動力、日々のライフスタイルで意識する健康法について、フリーアナウンサーの田中大貴氏が本人に話を聞いた。

「現役時代より楽になった」引退後の新しい生活リズム

── 本日はよろしくお願いします。現役引退されて少し時間が経ちましたが、生活のリズムはだいぶ掴めるようになりましたか?

現役時代は、シーズン中だと必ず3日間は同じ場所に滞在していたんですが、今は現役の時よりも移動が多くなっています。例えば関西に仕事で行って、その次の日にまた東京に戻ってきたりと短いスパンでの移動をする生活リズムになっていますが、だいぶ慣れてきたと思っていますね。

イベント出演や講演活動に加えて、野球の解説や取材対応もありますし、NPO法人の運営にも関わっていることから、その打ち合わせなどで動いているんですよ。全体的には、いろんな人と直接会って進める仕事が中心です。

── なるほど。月ではどのくらいの頻度で移動してますか?

1週間ずっと家にいられることの方が珍しくて、週に2〜3回は移動していると思います。感覚的には月の半分くらいは移動している気がします。でも僕自身は、飛行機でも新幹線でもすぐに寝られるタイプなので、移動は全然苦じゃないんですよ。移動中に本を読んだり、会う人に渡すものを準備したりと、時間を有意義に使えている実感もあって、むしろ快適に感じることが多いですね。

どんなことでも野球に比べたら負荷はずっと軽いなと考えていて。それこそ移動先で人生を左右するような大きな勝負が待っているなら、それは確かにプレッシャーになるかもしれません。その一方で、現在は移動先でこれまでの経験を話す場だったりと、特別に緊張を強いられるわけではないので、今の仕事はすべてが気持ち的にも体力的にも野球をやっていた時よりも楽に感じます。

── 現役中に移動する際、試合前のプレッシャーが待っていると思うんですけど、移動中の心境はどういう感じだったのでしょうか?

移動中は、ほとんど寝ていましたね。基本的にどこであっても寝られるタイプなんです。ホームでの試合のときも、練習が終わってからミーティングまでに1時間ほど時間が空くんですが、その間に15〜20分くらい仮眠を取るのがルーティンでした。食事をしてから少し寝て、ミーティングに行くという流れです。また、ホテルから球場へのバスの中でも寝ていましたね。

睡眠は、ちょっと“リセット”する意味でも、寝れるときはしっかり休んでおくのを意識していました。今でも睡眠が足りないときは、移動時間を睡眠時間としてちゃんと活用できています。

18年間貫いた“仕事”としての野球。プロとしてやり抜いた覚悟

── 現役時代に、引退後の生活や将来の人生について考えることもあったと思いますが、いざ引退してみて、当時の想像とのギャップや違いは感じますか?

自分は野球しかやってこなかったので、引退後も野球教室やファン向けのイベントを開いたり、野球関連のテレビに出たりと、自然と野球に関わる仕事が中心になるだろうという漠然としたイメージはありました。それが実際には野球以外のファッションなど、全然別の仕事にも多く関わらせてもらっていますし、まったく別の世界の人たちとも出会う機会が増えました。だから、当初自分が思い描いていたよりも、今のほうがずっと仕事の幅が広がっていると感じています。

── 現役時代には「連続試合出場記録」や「2000本安打」といった実績を残してきたことで、そこから派生している仕事とかもあったりするんですか?

これまでの野球での実績があったからこそ出会えた人や、呼んでもらえたイベントなどがたくさんありました。でも当初は、「野球は野球、日常は日常」といったように、完全に切り分けて考えていたんですね。

ただ、いろんな企業の方と話していくうちに、目標を立てて、それに向けて準備をし、地道に積み重ねていくという「野球でやってきたプロセス」と「事業計画を立てて実行する」ことがすごく近い部分があると気づいたんです。自分が野球で培った考え方や姿勢が、日常や仕事の中にも少しずつリンクし始めてきたなという実感がありますね。

── 引退後に現役時代の自分を客観的に振り返ったりする機会もあるかと思います。そうした中で、現役時代の「阪神タイガース・鳥谷敬」という存在を、あらためてどう分析しますか?

現役時代は、あえて日常とリンクさせないように意識していました。グラウンドでは笑顔もほとんど見せませんでしたし、多くを語ることもなかった。そういう姿を、自分なりに“演じていた部分”もあると思います。

あらためて当時の自分の成績を見ると、「この選手すごいな」と、まるで他人事のような感覚になるほど、本当に客観的に分析しているんですよ。もちろん、その実績があるから今の仕事につながっている面もありますし、そういう意味で当時のことを思い返すことはあります。ただ、決して簡単な道のりではなかったですし、「もう一度同じ人生を歩んで、同じ結果が出せるか」と言われたら、それは相当難しいことだと思います。

だからこそ、今プレーしている選手たちの大変さがよりわかるというか、まず試合に出続けるだけでも本当に大変だと感じますし、あの頃の自分を思い返すと、「よくあれだけ頑張れたな」と少し別の視点で見ている自分がいます。

── ある種、「野球は仕事」だと割り切ってやってきたという。

自分にとって野球は完全に「仕事」でした。うまくいかない時でも、仕事だからと割り切っていたので踏ん張ることができたんだと思います。もし「好き」だけでやっていると、結果が出ない時に気持ちが折れてしまって、どんどん面白くなくなっていくので、好きより仕事という意識の方が強かったですね。

自分はどんな準備をするべきか、どのように行動をとるべきか。この仕事がうまくいっていないのであれば、それをいかにして乗り越えるか。

というのを18年間ずっと突き詰めてきたように思います。引退後、ようやく自分の最初の仕事が終わったという実感があるので、今は次のステップに向けて少しずつ準備を進めているところです。

引退後のキャリアを見据えて習慣化した「読書」

── 引退する時に次のキャリアに向けて決めたことは何かありましたか?

ある程度、自分の引退が近づいていると感じたのは、やっぱり試合に出られなくなってきた頃でした。その時に一番意識して準備したのが、「本を読むこと」だったんです。

引退後に何をするか、明確なビジョンがあったわけではありませんが、野球は「思い切って振る」とか「足を使う」といったように感覚的な表現が多く、明確な言葉で説明するのが難しいところがあります。そのため、それを誰にでもわかるように伝える力が必要だと思ったんですよ。それまでの自分は、プレーを通して野球を表現してきたけれど、これからは「伝える側」になるかもしれない。

そのために必要なのは、言葉の選び方や、野球以外の視点から物事を説明する力を養う必要があると感じていました。なので、多くの本を読み、他の人の体験や言葉から学び、自分の中に取り込むようにしてきました。

ロッテ時代や阪神の最後の数年、試合に出られなくなってからの3年間は、そうした「伝える準備」のための大切な時間でした。自分の野球人生を、今度は別の形で活かすために本を通じて多くを学んできたんです。

── 引退後は今までずっと鍛え続けてきた体が、初めて止まるような感覚になると思いますけど、その辺に関してはどう考えましたか?

引退直後の2週間はあえて何もせずに過ごしてみました。運動をやめるのは少しもったいないと思いつつも、「一度しっかり休もう」と思って、体を一切動かさずにゆっくりしてみたんです。それが運動をやめると、おでこにできものができたり肌の調子が悪くなるなどいろんな変化が体に現れました。特に、何かの行動を起こすために立ち上がる瞬間の反応が遅くなるのを感じて、「このままでは老化が進む」と気づいたのです。

そう気づいてからは、自然と走ったりトレーニングを再開しました。やはり、健康維持には適度な運動が欠かせないと思いましたね。

── ちなみに「大阪マラソン」では3時間14分の記録を出しましたが、今はどのくらいの距離を走っているんですか?

今は「月に200km走る」と自分の中で決めていて、3日に2回くらいの頻度で10km走っています。走り始めたのは「太りたくない」というのが一番の理由になっていますね。それと、現役時代から何かを継続することが得意で、18年間朝早く球場に行って自分のルーティンをこなすという積み重ねてきたものが自分の力になっていると思っています。引退してからも、自分がまた何かを続けることで「継続すれば結果は出せる」という自信を持ち続けたかったんですよ。

そういう意味でもランニングは自分にとって大事な習慣になっています。また、継続する姿を子どもたちにも見てもらって、「やればちゃんと成果は出る」ということを体感してもらえたらいいなという思いもあります。

あとは「走れなくなるのが嫌だった」というのも理由の一つです。子どもの運動会とかで、お父さんが張り切りすぎて転んだり怪我をしたりする姿を見ると、“走れない”というのは衰えの象徴だと感じるんですよ。

野球でも「打てない」「投げられない」というのは身体的な衰えもあるので、どうしようもない部分もあると思いますが、「走れなくなる」ことだけは、何とか防げることだと思っていて。努力次第で維持できる部分が大きいですし、誰でも取り組めるはずなんですよ。「走る」というのは唯一、自分の努力次第で長く維持できる能力だと感じています。

現役時代から変わらない体調管理術とは?

── 現役時代の食事への考え方はどうでしたか?

一番意識していたのは、翌日に疲れを残さないようにすることでした。ホーム線の時は家でほとんど毎日温かい鍋を食べていましたね。鍋だと野菜もたっぷり摂れるし、肉や魚も選べるのでバランスがいいんですよ。味のバリエーションもあるから飽きないし、何より熱い料理だから自然とゆっくり食べることになる。食事の時間はすぐ済ませたくなりがちですけど、鍋にすることで自然と時間をかけて食べる習慣もできました。

基本的な栄養はその鍋でしっかり摂りつつ、不足しがちな部分はサプリメントで補っていました。サプリメントを飲み始めたのは2年目のキャンプぐらいからで、毎日の試合とハードな練習の中で、「疲労回復」の重要性に気づいたんです。季節の変化にも体が影響を受けやすいので、食事と睡眠をベースにアミノ酸などのサプリメントをうまく組み合わせて体調管理していました。

── 現在、特に健康面で意識していることがあれば教えてください。

今だとビタミン系のサプリメントや亜鉛なども日常的に摂っていますし、プロテインの「ザパス」やNMNでいえば「Refeelas(リフィーラス)」を朝と夜にプラスして継続的に取り入れていますね。

── サプリメントを選ぶ際の基準は何かあるんですか?

現役時代からドーピング検査を行っている背景もあって、現在飲んでいるサプリに関しては、インフォームドチョイスやインフォームドスポーツといったアンチドーピングプログラム認証を受けている製品を使うようにしています。

大きな目標を描き、限界を決めないこと

── 引退してからある程度時間が経って、次のステージでの仕事のペースも少しずつ見えてきたと思います。これから挑戦していきたいことについてお聞かせください。

野球に恩返しをするという意味では、セカンドキャリアの支援や野球を続けられる環境づくりなども、立派な恩返しの形だと思っているので、まずは自分がその部分をつくっていけたらいいですね。また、もともと好きだったファッションなどの分野も取り入れながら、新しいことにも挑戦していきたいと考えています。今はNPO法人を立ち上げたばかりで手探り状態ですが、変化の多い分野に挑戦しているからこそ、その変化自体を楽しみながら「自分がやりたいこと」「自分にできること」をやっていきたいと思っています。

── 最後に、野球をやっている子供たちや同世代の人たちに向けてメッセージをお願いします。

「できない」と決めつけずに、できるだけ大きな目標を描くことが大事です。例えば大谷選手のように、二刀流やホームラン王といった高い目標を本気で描いたからこそ、あそこまでたどり着けたんだと思います。僕たちの世代も「エースで4番」という二刀流が当たり前でしたが、ある時期から「どちらかを選ばなくてはいけない」と思い込んでしまった。それが大谷選手の存在が出てきたことで、無意識に当たり前と思っていたことが、実は自分で勝手に制限をかけていたことに気づいたわけです。

僕自身もメジャーを目指していたけれど、「日本人のパワーでは通用しない」と思い込んで、ホームランを捨てて出塁率を重視していました。でも今思えば、ホームランも出塁率も両立できるという可能性を、自分で閉ざしてしまっていたんですね。結果として、メジャーには届かなかったわけですが、たとえ周りが「無理だ」と思うことでも、「自分が本気で信じて描いた大きなビジョンを持つこと」が、大谷選手の姿をあらためて大切だと強く感じました。子どもたちには、ぜひ世界レベルを見据えて、限界を自分で決めずに挑戦してほしいですね。

同世代の人たちには、年齢を重ねたからこそ感じられる楽しさや、積み重ねてきた経験から生まれる言葉の重み、深みをもっと前向きに活かしてほしいと思っています。どうしても「今さら挑戦なんて」といった気持ちが先行してしまい、挑戦や行動をしなくなってしまいがちです。

僕が常に意識しているのは、「知らないことは正直に知らないと言う」「できないことは学んでできるようにする」というスタンスを持ち続けることです。

上の世代も下の世代も、挑戦することを恐れない雰囲気が広がっていけば、きっと社会全体がもっと元気になっていくはずですし、僕たち同世代がまず動いて、挑戦していく姿を見せることがすごく大事なんじゃないかなと思っています。

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