AIが「ボンカレーらしさ」を数値化!? 大塚食品が挑む「おいしさ」の継承

2026-06-14 08:00
AIが「ボンカレーらしさ」を数値化!? 大塚食品が挑む「おいしさ」の継承

昭和43年(1968年)の発売から、実に58年。昭和、平成、令和と日本の食卓をずっと支え続けてきた大塚食品の「ボンカレー」は、世代問わず多くの人々に親しまれている国民的カレーだ。

そんなお馴染みのカレーの裏側で、ちょっと驚きのニュースが飛び込んできた。大塚食品が2026年6月11日、味やレシピを学習して予測する独自のAIシステム『おいしさLENS(Logical Exploration Navigation System)』を開発し、ボンカレーの現場で使い始めたと発表した。

背景にあるのは、少子高齢化でベテラン研究員の持つ技術やノウハウをどう引き継ぐかという問題や、最近の原材料の高騰。これからの時代も変わらない味を届けるために、滋賀県にある琵琶湖研究所が立ち上げた取り組みだ。

「えっ、AIがカレーを作るの?」「あの親しみやすい味が変わっちゃうの?」と、少し不安になるかもしれない。でも心配はいらない。このプロジェクトが始まったきっかけは、「熟練者たちの貴重な開発資産を引き継ぎ、愛されてきた味を守りたい」という、現場の研究員たちの想いだったからだ。

「カレー感」って何だろう? 研究員の頭の中を可視化する試み

これまで、ボンカレーの絶妙なスパイス感やコクは、琵琶湖研究所の研究員たちが何百回もの試作を繰り返し、自らの五感を研ぎ澄まして作り上げてきた。まさに「職人の勘」の世界だ。しかし、この「おいしさ」は個人の感覚に頼る部分が大きく、世代交代のときに培ってきた知見がうまく引き継がれないという、食品業界共通の深い悩みがあった。

そこで始まったのが、その見えない感覚のデータ化だ。面白いのが、研究員の間で当たり前に使われていた「カレー感」という言葉の定義。ある人は「煮込み感を含む全体的なソースのイメージ」だと思い、別の人は「カレー粉のような複合的な香辛料のイメージ」だと思っていた。この曖昧な認識のズレを解消するため、なんと半年間で1,000食以上のサンプルを試作。「ボンカレーゴールド」の味を表現する218のフレーズを洗い出し、最終的に16種類の共通の「味の評価属性」へと落とし込んだ。

こうして整えられた研究員たちの経験と感覚のデータをベースに、いよいよ誕生したのが、美味しさと作り方の両方を予測できるようにした『おいしさLENS』だ。

外部のシステムには頼らず、自社の知見だけを詰め込んだ完全オリジナルのAIで、「レンズを通して焦点を当てるように、見えなかったものを鮮明に捉え、新しい美味しさを探究する」という意味が、その名に込められている。

このAIの実力がとにかく凄い。モデルの検証段階では、『おいしさLENS』の予測が熟練研究員の感覚とぴったり一致したのはもちろん、なんと研究員本人すら気づかなかった、新しい試作案まで提示してみせたのだ。

それを可能にしたのが、蓄積されたデータの厚みだ。集められたのは、過去約40年分、数十万ページにもおよぶ手書きや印刷の紙資料。これらを最新技術(AI OCR)で丸ごと電子化し、ボンカレーをはじめとする膨大な製品開発の記録をすべてデータベースに集約したという。

しかも、新しく作ったレシピや評価データも、登録すればそのままAIが自動で学習していく仕組み。ベテランの頭の中にあった「開発ノウハウ」という見えない資産が、いつでも誰でも引き出せる最強のプラットフォームとして生まれ変わったのだ。

ボンカレーから始まる、新しい味づくりの形

この『おいしさLENS』の導入によって、実際の開発現場はどのように変わるのだろうか。

大きなメリットは、それぞれの原材料がどれくらい「ボンカレーの味」に影響しているかが数値化されることだ。例えば、これから先、世界的な不作などで特定のスパイスが手に入りにくくなったとしても、「この材料を代わりにこう組み合わせれば、いつもの味を再現できる」とAIがすぐに予測を出してくれる。

さらに興味深いのが、消費者のアンケートデータと掛け合わせることで、「この試作品は、どんなタイプの人に好まれるか」まで予測できる点だ。データに基づいて試作の方向性を早期に絞り込めるため、時代の変化に合わせた新商品開発のスピードもグッと早くなりそうだ。現場の研究員からも「味の決め手がハッキリ証明されて、次にやるべき試作の優先順位が分かりやすくなった」と、確かな手応えの声が出ている。

ただ、テクノロジーがここまで進化するからこそ、向き合うべき課題も浮かび上がってくる。

ひとつは、現場で働く研究員の育成への影響だ。最初からAIが「正解に近いレシピ」を提示してくれるのは効率的な反面、若手研究員が何度も試行錯誤を重ねる中で「自分だけの味覚」や「直感」を育てるような、泥臭い経験のチャンスが減ってしまう懸念がある。

そしてもうひとつは、味の「多様性」だ。AIは過去の成功ルートをベースに答えを出すため、誰もが美味しいと思う優等生的な味は得意だが、データの枠を飛び越えた「人間が偶然やってしまった失敗や、思いつきから生まれるレシピ」のような、想定外のアイデアが生まれにくくなるリスクも否定できない。

大塚食品の狙いは、AIに開発をすべて任せてしまうことではない。テクノロジーを活用しつつも、大切にするのはあくまで人の経験や感覚だ。今後はさらに、味覚や香り、食感を測定する機器のデータも組み合わせることで、より精度の高い予測を目指していくという。

そして、このボンカレーから始まった取り組みは、今後他のブランドへも順次展開されていく予定だ。親しまれてきた味をしっかりと未来へつなぎながら、時代の変化に合わせた新しい「おいしさ」も追求し続けていく。

30年後も50年後も、私たちの食卓に驚きと安心を届け続けてくれる。そんな日本の食の、新時代を感じさせる心強い取り組みとなりそうだ。

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