医療現場の「見えない負担」を減らすには──人手不足の地域医療でAIが果たす役割
少子高齢化が進む中で地域の医療・介護を支える現場の人手不足は大きな社会的課題となっている。特に、都市部へのアクセスが良い地域における地域密着型医療機関では、人材流動性の高さから人材確保に苦慮するケースも少なくはない。医師や看護師などの専門職に加え、組織運営を支えるマネジメント人材の不足も課題となっている。
こうした状況下で、神奈川県相模原市で救急から在宅介護までを一貫して担う医療法人社団晃友会は、生成AIなどのデジタルツールを導入し、業務の進め方を見直す試みを始めている。限られた人的資源を活かし、地域医療の質を維持するための道筋を探る。
「スペシャリスト集団」の強みを活かす組織づくりの難しさ
医療法人社団晃友会の理事長である山瀬美紀氏は、国内外で循環器診療の経験を持つ。山瀬氏が医師を志した原点は、同法人会長である父・山瀬隆氏が、地域医療のパイオニアとして相模原で救急医療に尽力する姿を間近で見てきたことにある。 山瀬氏が日々の診療で掲げているのは「良医であり、名医であること」という信念だ。これは、患者一人ひとりに寄り添う「良医」としての姿勢と、専門的な知見と技術で的確な治療を施す「名医」としての責任を両立させるという決意である。
しかし、こうした個々の医療者の高い志や技術を、地域医療の現場で安定的に発揮し続けるためには、強固な組織基盤が不可欠となる。
一方で、医療・介護の現場は専門資格を持つ「スペシャリスト」が中心のため、組織全体を横断的にマネジメントできる人材が育ちにくいという課題がある。これが、広報やIT、総務といったバックオフィス部門の人材確保の難しさにつながり、結果としてDX推進や情報管理体制の整備が遅れる一因になっていると同氏は指摘する。
特定の医師の経験や体制に依存せず、地域医療を持続させていくためには、組織全体の運営を見直すアプローチが欠かせない。ただし、職種によって業務の性質が大きく異なる医療法人において、一律の改革を進めることは難しく、それぞれの現場に合わせた適応判断が必要となる。
事務作業をAIで効率化──現場のゆとりを生むための試み
こうした人手不足の課題に向き合う切り札として、期待を集めているのがAIの活用だ。同法人では、直接的な医療行為そのものではなく、まずは事務や管理といったバックオフィス業務の効率化からデジタルツールの導入を進めている。具体的には、会議の文字起こしや要約、院内の案内文やWeb記事の作成、動画づくりの構成整理などに生成AIを取り入れているという。また、データ整理のデジタル化により、職員の作業負担を減らす取り組みも進めている。

同法人の説明によれば、これまでは属人的になりやすかった業務を標準化し、組織内でスムーズに情報を共有する上で、これまで多くの時間を要していた間接業務を効率化できる可能性を見出している。
もっとも、生成AIが作成する文章などの正確性にはまだばらつきも見られるため、実際の運用においては、医療従事者による丁寧な確認や、どの業務に導入するかという見極めのルールづくりが前提となる。
便利さと安全性のバランス──情報管理を巡る現場の葛藤
デジタル化が業務を便利にする一方で、医療の現場では技術の導入に対して慎重な声も少なくない。山瀬氏も、患者の命や健康を預かる医療の現場だからこそ、安全性や個人情報の厳格な管理は何よりも最優先されるべきだと話す。医療機関を狙ったサイバー攻撃や、AIの誤利用によるトラブルが報じられる中、現場が警戒感を持つのは自然な流れと言える。
同法人では、業界全体でAI活用の明確なルールや運用体制の構築が途上であることから、現在は安全が十分に確保できる範囲に絞って活用している。ツールに任せる業務と、人間が責任を持つべき業務の境界線を整理すること。それが、これからのデジタル導入における大切なステップとなる。業務の効率化が進むほど、安全管理との両立がいっそう現場に問われることになり、学会や関連団体によるガイドラインの整備など、業界全体での知見の共有が今後の普及の鍵となる。
一方で、安全を期すためのルールが厳しくなりすぎれば、デジタル化による業務軽減の効果が薄れてしまう。このバランスの難しさと向き合いながら、一歩ずつ活用を進めていく必要がある。
新棟開設と病床拡大が描く、これからの地域ケア
同法人が運営する晃友相模原病院では、2026年8月に新棟のオープン、2027年4月には増床を予定しており、回復期病棟や地域包括ケア病棟の拡充に向けた準備が進んでいる。
高齢化が進む地域の中で、入院治療を終えた患者の受け皿を増やすことは、安心して自宅へ戻るためのステップとして大きな役割を果たすと期待されている。退院後のフォロー体制や、訪問診療・訪問看護といった在宅サービスとスムーズに連携することで、地域全体で患者を支える切れ目のない仕組みづくりを目指す構想だ。こうした病院の機能強化を形にするためには、デジタル活用による効率化を進めつつ、ともに働くスタッフが成長を実感できる環境づくりや、新たな人材の確保が大切になる。
ただし、地方から都市部への人材流出という大きな社会課題がある中で、ハード面の整備を地域医療の安定にどう結びつけていくかという課題は残されており、今後の採用市場の動きや同法人の運営体制の工夫次第で、その具体的な成果が見えてくることになりそうだ。

【取材協力】
医療法人社団晃友会 理事長 山瀬美紀氏
https://koyu.or.jp/noge/