なぜ都市部で「園庭を知らない子ども」が増えているのか? 私立保育所の7割が園庭なしの危機と、幼児教育が向き合う「体験格差」

2026-07-07 15:30

都市部を中心に待機児童対策が加速する一方、園庭の設置基準緩和に伴い、屋外遊びの場を十分に持たない施設が増加している。自然との接点や、自由な空間での集団行動から学ぶ機会の減少は、幼児教育における喫緊の課題だ。こうした中、東京都目黒区の学校法人久光学園 志のぶ幼稚園は、園庭を教育の根幹と位置づけ、多角的な自然体験を提供している。岡秀樹園長への取材を通じ、都市部の保育環境が抱える構造的課題と、園庭が果たすべき役割の本質に迫る。

「私立保育所の70.8%が園庭なし」がもたらす影響とは――都市部における幼児教育環境の構造的変化

目黒区では過去の待機児童解消を優先した結果、2026年4月時点で私立保育所の70.8%が園庭(屋上・駐車場除く)を保有していない。岡氏は、これにより「園庭を知らない子どもたち」がそのまま小学校へ進学するという、幼児期の体験格差が生じていると警鐘を鳴らす。

園庭は、遊びを通じて社会のルールを学ぶ場だ。岡氏は、近年、仲間と試行錯誤する遊びが簡略化され、自発的な活動が失われつつある現状に危機感を示す。また、植物に触れ、五感で自然を感じる体験は、レイチェル・カーソンの説く「センス・オブ・ワンダー」を養う基盤となる。OECDの報告書(2015年)では保育の質を「環境や経験」と定義しているが、現在の都市部の状況は、この世界基準から逆行している可能性を指摘する。

加えて、幼稚園と保育所の待遇格差も深刻だ。目黒区では保育士向けに手厚い家賃補助制度があるが、幼稚園教諭には適用されない。この格差が解消されなければ、教育現場からも「園庭を知らない教員」が増えていくという二次的な課題も懸念されている。

不動産価格の高騰や都市計画の制約により、個別の施設努力だけで園庭を確保するのは物理的な限界があるのも事実だ。しかし、幼児教育の本質を守るための制度的な議論が今、求められている。

植物との能動的関わりは子どもの記憶にどう定着するのか――「センス・オブ・ワンダー」を具現化する設計とプロジェクト


同園の「第二園庭」は、自然界の神秘に触れる子どもの傍らに、共感する大人が寄り添うことを重視している。その象徴が、園に存在する専属のガーデナーだ。植栽や草花遊びを通じ、保育者や子どもたちへ自然への関心を伝染させていく独自の役割を担っている。

活動は季節と連動し、収穫したベリーをジャムにしたり、ハーブをスワッグに加工したりと、園庭の体験を室内の活動へ繋げる。こうした一連のプロセスが、単なる一過性の遊びを、子どもの確かな記憶(中期記憶)へと昇華させていくという。

さらに今年度は、採取した植物を石鹸に封入するアートプロジェクトや、植物をキャラクター化して物語を届ける「Wonderland Story」を始動。デジタルメディアやファンタジーを入口に、実在する自然への興味を育む先進的な試みを展開している。

こうした取り組みには資金や企画力が必要であり、すべての園で模倣できるわけではない。しかし、モデルケースとしての同園の挑戦は、幼児教育の新たな可能性を提示している。

「114個」のブラックベリーが繋ぐ時間と子どもの成長――現場の保育者が目撃した五感の開拓


豊かな園庭環境は、子どもたちの行動に具体的な変化をもたらしている。現場の保育者からは、驚きに満ちた事例が数多く報告されている。

年少児が落ち葉の変化を自ら観察し、鳥の糞から「ブルーベリーを食べた犯人」を推察する。年中児が遊具から植物へと関心を移し、拾った実を分け合う社会性を見せる。そして年長児では、自ら育てた野菜を克服し「美味しい」と微笑む。環境が、子どもの知的好奇心と精神的成長を力強く後押ししている。

その影響は家庭へも波及している。創立年数と同じ114個のブラックベリーをジャムにして家庭へ届けたエピソードや、園での菜園活動を機に、野菜嫌いだった子どもが今では家でも野菜を好んで食べるようになったという保護者からの報告など、園での体験が家族の日常を豊かに変えている。

これらの変容には個人差や家庭環境の影響も含まれるが、園庭という「きっかけ」が子どもの可能性を広げる強力な装置となっていることは間違いない。

対極的な2つの園庭は何を育むのか――環境格差の是正に向けた「園庭シェア」の試み

岡氏は「子どもがその場所でどう学び、成長するかを具体的にイメージすることが園選びの第一歩」と語る。同園では、集団行動の場である「第一園庭」と、個が自然に没頭できる「第二園庭」を使い分けることで、子どもたちが自ら居場所を構築できる設計を施している。

今後の目標は「地域から園庭を知らない子を無くすこと」だ。その一環として、園庭のない近隣保育所と提携した「園庭シェア」を開始。同園のスタッフがガイドを務め、地域全体の体験格差の解消に乗り出している。また、週末の園庭開放「志のぶわいわいパーク」などを通じ、地域社会における「子ども文化」の再生を目指している。

「園庭シェア」という試みが、都市部が抱える構造的な教育格差をどこまで是正できるか。持続可能な地域資源としての幼稚園の新たなモデルは、行政や周辺施設との連携を深めながら、その輪郭を確かに描き始めている。

【取材協力】
学校法人久光学園志のぶ幼稚園
理事長・園長 岡 秀樹
志のぶ幼稚園 HP https://shinobu-kg.com
Wonderland Story HP https://shinobu-wonderland.com/

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