「西洋医学×漢方×手相」という異色アプローチ 標準治療では救いきれない患者と”科学的根拠”の境界線

2026-07-08 17:00

標準治療が医療の中心である一方、検査では大きな異常が見つからない不調や、複数の症状を抱える患者への対応は、地域医療の現場で課題になっている。漢方などの伝統医療は選択肢の一つとして利用されているが、効果や適応には慎重な判断が欠かせない。福岡県柳川市のいくしま医院では、西洋医学、漢方、精神分析的な対話に加え、手相を参考情報として用いる診療を行っている。一見、従来の医療のイメージとは異なるこの試みは、標準治療だけではカバーしきれない不調に応える選択肢となるのか。その試みは、補完医療の可能性と限界を同時に問いかけるものだ。

検査数値や単一の病名では説明できない「不調の正体」

医療現場では、診断や治療の標準化が進む一方で、患者の訴えを検査数値や単一の病名だけで説明しきれないケースもある。慢性的な不調、心身症的な訴え、複数の症状が重なる状態では、標準的な治療に加え、生活背景や心理的要因を含めた見立てが必要になることがある。

福岡県柳川市のいくしま医院院長・幾嶋泰郎氏は、西洋医学を基盤にしつつ、漢方、精神分析的な対話、手相を組み合わせた診療を行っている。同氏は外科・産婦人科での研修や生命保険会社の診査医としての勤務を経て、1999年に父の診療所を継承した。

幾嶋氏によると、同院を訪れる患者の中には、複数の医療機関を受診しても不調の理由が十分に整理できなかった人もいるという。同氏は、そうした患者に対して、症状だけでなく性格傾向や生活背景を把握することが重要だと話す。

ただし、標準治療で改善しにくい患者に向き合うことと、科学的根拠が十分に確立していない方法を治療効果として断定することは別である。補完的な診療ほど、標準医療との関係、適応判断、安全性の説明が問われる。

「五臓論」と「エゴグラム」を掛け合わせる独自の試み

幾嶋氏が重視するのは、東洋医学の五臓論と、心理的傾向を整理するエゴグラムを結びつける見方である。エゴグラムは、人の思考や行動傾向を複数の要素に分けて捉える心理学的手法として知られている。

同氏は、五臓論における肝・心・脾・肺・腎と、エゴグラム上の傾向を関連づけ、患者の心理的特徴や不調の背景を整理する参考にしていると説明する。たとえば、怒りや緊張、不安などの感情が身体症状とどのように関係しているかを見立て、漢方薬の選択に生かすという。

日本東洋医学会は、漢方製剤の記載を含む診療ガイドラインや漢方治療エビデンスレポートを公開しており、漢方医療においてもエビデンスに基づく検証が進められている。一方で、漢方の適応は症状や体質、併存疾患、服薬状況によって異なり、すべての患者に一律に当てはまるわけではない。

もっとも、心理的傾向と身体症状を結びつける見立てには、標準化しにくい面がある。診療者の経験に依存しやすく、他の医療機関で再現できるか、どの程度客観的に評価できるかは今後の論点である。

医学の現場で「手相」をあえて活用する真意と、その境界線

いくしま医院の診療で特徴的なのは、手相を患者理解の参考情報として用いている点である。幾嶋氏は、手のひらにある膨らみや線の特徴を、東洋医学の五行説や心理的傾向と関連づけて読み解いていると説明する。

同氏によると、手相そのものを単独の診断根拠にするのではなく、問診や診察で得られる情報と合わせて、患者の性格傾向や緊張の出方を把握する補助線として位置づけているという。たとえば、対話だけでは表れにくい傾向を把握し、漢方処方や生活指導の参考にするという考え方である。

ただし、手相を医学的診断と同等に扱うことには慎重であるべきだ。医療広告規制の観点からも、客観的に証明できない効果や診断精度を強調する表現は避ける必要がある。厚生労働省の医療広告規制でも、治療効果の断定や誤認を招く表現には注意が求められている。

一方で、患者の語りにくい悩みや生活背景を引き出す入り口として、非言語的な情報を活用する試みには一定の意味がある可能性もある。重要なのは、それを確定診断ではなく、対話を深めるための補助的手段として明確に位置づけることである。

画面越しの限界をどう超えるか?オンライン漢方の可能性

いくしま医院では、オンライン診療にも取り組んでいる。幾嶋氏によると、県外からの相談もあり、対面診療が難しい患者に対してオンラインで問診を行う機会があるという。

漢方診療では一般に、脈診や腹診など対面で得られる身体所見が重視されてきた。そのため、オンライン診療では情報が限られるという課題がある。幾嶋氏は、手相や問診、心理的傾向の把握を組み合わせることで、限られた情報の中でも診療方針を検討できる可能性があると話す。

一方で、オンライン診療は利便性が高い反面、対面診療と同じ情報量を得られるわけではない。厚生労働省もオンライン診療の適切な実施に関する指針を示しており、患者の状態や疾患の性質に応じた適切な運用が求められている。

ただし、オンライン診療を広げるには、対象となる症例の選別、緊急時の対応、対面診療へ切り替える基準、処方後のフォロー体制が不可欠である。利便性が高まるほど、医療安全と適応判断の標準化が問われる構造にある。

補完医療は「自立」を支えられるか

幾嶋氏が掲げるのは、薬や医師に過度に依存しない医療である。同氏は、患者自身が自分の心身の傾向を理解し、生活や考え方を見直すことが重要だと話す。漢方薬を使う場合でも、それを長期的な依存先にするのではなく、自身の状態を把握する過程として位置づけたいという考えである。

この視点は、慢性疾患や不定愁訴の診療において重要な論点を含んでいる。患者が医療者に一方的に任せるのではなく、自分の状態を理解し、治療や生活改善に参加することは、近年の医療で重視される共同意思決定の考え方とも重なる。

ただし、患者の自立を促す医療は、医療者側の説明責任を軽くするものではない。漢方薬にも副作用や相互作用があり、既存の治療薬との併用には注意が必要である。また、症状の背景に重い疾患が隠れている場合もあり、必要に応じて標準医療につなぐ判断が欠かせない。

いくしま医院の取り組みは、標準医療では拾いきれない患者の語りにどう向き合うかという課題を映している。一方で、その有効性や再現性をどう評価し、医療安全と両立させるかが今後の焦点となる。

【取材協力】
医療法人いくしま医院
院長・理事長 幾嶋泰郎氏
https://www.ikushima.or.jp


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