「売れにくい本」は誰が残すのか――出版市場の効率化で見えにくくなる“小さな声”

2026-08-13 17:50

出版市場の縮小や書店数の減少が続くなか、大手出版社の流通網には乗りにくい、小規模なテーマの本をどのように読者へ届けるかが課題になっている。地域の歴史、個人の体験、少数者の記録などは、必ずしも大きな部数を見込めるテーマではない。一方、出版されなければ記録そのものが残りにくいという側面もある。

こうしたなか、「つくりましょう、『あったらいいな、こんな本』を10部から!」を掲げ、小部数の出版にも取り組む「読書日和」の福島憲太代表に、独立系出版社が担う役割や、小規模出版を継続する難しさについて話を聞いた。

縮小する出版市場で残りにくい「小さな記録」

出版科学研究所の統計などによれば、国内の紙の出版市場は長期的な縮小傾向にあり、書店数も減少している。

デジタルメディアやスマートフォンの普及などによって、情報に触れる手段そのものが変化するなか、出版社にとっては限られた市場の中で、一定の販売部数を見込める企画を選ぶ必要性も高まっている。

その一方で、大量販売を前提とした出版では扱いにくいテーマも存在する。地域に残された資料や、特定の立場にある人の体験、個人が長年書き残してきた記録などは、内容に価値があっても、読者層が限定されることがある。

こうした記録をどのような形で残し、必要とする読者へ届けるかは、小規模な出版社や自主出版の分野で以前から議論されてきたテーマでもある。ただ、小部数出版には、1冊当たりの製造コストや流通、認知拡大といった課題もある。出版できることと、読者に届くことは必ずしも同じではない。

当事者の「声」を本にする独立系出版社の試み

こうした市場環境のなかで、個人や当事者の記録を本として残す取り組みを続けているのが、出版社「読書日和」だ。

同社は2018年の立ち上げ以降、比較的小規模なテーマや、当事者自身の経験を扱う書籍を企画・発行してきた。

これまでに、長崎の戦災孤児の手記をまとめた『いっしょうけんめいきょうまで生きてきたと!』や、精神保健福祉の領域で減薬に取り組んだ当事者と医師の対話を記録した『サバイバーと医師のゆっくり減薬ものがたり』などを出版している。

また、代表の福島氏自身も弱視の視覚障害があり、障害を抱えながらさまざまな職種で働く人たちの事例をまとめた『あまねく届け!光』を手がけている。

福島氏によれば、発行する書籍の一部では、視覚障害のある読者にも利用しやすいよう、音声読み上げソフトに対応したテキストデータの引換券を付けたり、「UD(ユニバーサルデザイン)教科書体」を採用したりしているという。こうした工夫は、読者の幅を広げるための一つの方法といえる。一方、小部数での制作は大量印刷と比べて単価が上がりやすく、継続的な事業として成立させるには、価格設定や販路づくりも課題になる。

「社会的意義」だけでは読者に届かない難しさ

小規模な出版においてもう一つ難しいのが、テーマの重要性と読者の関心をどう結び付けるかという問題だ。

福島氏によれば、障害者の多様な働き方を紹介する書籍をビジネス層に届けようとメディアにアプローチした際、「特定の層向けであり、一般的な関心と合致しない」という主旨で紹介を断られる経験もあったという。情報が個人の関心に合わせてパーソナライズされる現代において、自分とは異なる境遇にある他者の実態や課題に触れる機会は、かえって得にくくなっている側面がある。

必要なのは、単なる同情や過剰な特別視ではなく、本という客観的な媒体を介して「他者が直面している現実」を冷静に共有することである。地域に根ざした記録や当事者の声が、一過性のニュースで終わらずに書籍として形に残ることは、社会の多様な厚みを保持するために不可欠な営みとされる。

一方で、テーマの社会的意義を前面に押し出すほど、読者側が「自分とは無関係な世界の難しいテーマ」として捉えてしまう心理的障壁をいかに乗り越えるかという、市場側の不確実性も存在する。

小部数出版はどこまで持続できるのか

読書日和では、歴史的な記録や当事者の体験だけでなく、純粋に読むことを楽しむための書籍も含め、幅広い企画を進めているという。

小規模な出版社だからこそ、大手では採算を合わせにくいテーマを扱えるという強みはある。その一方で、部数が限られれば売上規模も小さくなり、編集や制作、流通にかかるコストとのバランスを取る必要がある。

出版市場全体が縮小するなかで、「多く売れる本」と「少部数でも残す意味のある本」をどう両立させるのかは、独立系出版社だけの問題ではない。本として残すことで初めて後世に伝えられる記録もあれば、読者に届かなければ存在自体を知られないまま終わる本もある。

小部数出版が担える役割と、それを事業としてどう継続するのか。読書日和の取り組みは、出版市場が縮小する時代に「どのような本を残すのか」を考える一つの事例といえそうだ。

【取材協力】
読書日和
代表 福島憲太
https://dokubiyo.com/ 

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