情報技術の普及からイノベーションの共創基盤に変化遂げるIPAが、CEATEC 2026で「テクノロジー右脳左脳対談」を開催
10月16日まで千葉県の幕張メッセで開催されている国内最大級のデジタル技術の展示会「CEATEC 2026」に出展中の独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が、開催初日の10月13日に「テクノロジー右脳左脳対談」と題したトークセッションを行った。慶應義塾大学名誉教授の国領二郎氏と音楽家の渋谷慶一郎氏をゲストに迎えた対談では、「AIやテクノロジーの進化が人間の本質や表現に与える影響」などについて、学術界と芸術界、それぞれの領域で最先端の技術を携わる両者が貴重な意見を交わした。ここでは、その内容を抜粋してレポートする。
AI・デジタル時代の価値創造支援行うイノベーション・プラットフォームへ
「デジタルで豊かな社会に」をミッションに掲げ、ITに関する企業支援やデジタル人材の育成など、日本のデジタル社会の安心・安全に資する活動を行っている独立行政法人情報処理推進機構(以下、IPA)。ITパスポート試験や情報セキュリティマネジメント試験の実施機関として、情報システム関係の仕事に関わる人はもちろん、学生などにとっても身近な存在だろう。

今年6月、同機構は英文名称を「Information-technology Promotion Agency, Japan」から「Innovation Platform Agency, Japan」に改めた。トークセッションに先立って登壇した同機構の齊藤裕理事長は、社会にこれまでにない大きな変化をもたらしつつある「AI革命」をその背景に挙げ、「かつては“ツール”だったデジタルが、今や全産業の社会インフラとして機能し始めている」と説明。その上で「IPAは、従来取り組んできた情報技術の普及から、AI・デジタル時代の価値創造支援へ舵を切っていきたい」と述べ、その革新の共創基盤を目指す思いを込めて、新名称に「イノベーション・プラットフォーム」を冠した理由を語った。

なお、この度の変更ではIPAのロゴも「指針を示す北極星」をあしらったものに刷新されたほか、イノベーションを機能させるための構成要素を「Social System Design(社会・システム構想)」「AI Trust(信頼条件)」という2つの前提と、「Digital Commons(基盤共有・接続)」「Cyber Security(安全確保・レジリエンス)」「Frontier(変革創出・実装駆動)」「Academy(人材育成・循環)」という4つの機能に整理。
「PROTOCOL ENGINE」をテーマにした今回のブースも、この6つの要素を表現する形で構成されていた。

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慶大・国領名誉教授と音楽家の渋谷慶一郎氏が「テクノロジー右脳左脳対談」でトーク
「テクノロジー右脳左脳対談~AI・デジタル社会における人間の本質とプロトコル」と題されたトークセッションには、慶応義塾大学名誉教授で共愛学園前橋国際大学副学長の国領二郎氏と音楽家の渋谷慶一郎氏が登壇。領域を異にする両者だが、日本のサイバー政策を牽引する国領氏に対し、渋谷氏はAIを搭載した人型ロボットによるアンドロイド・オペラを世界各地で公演するなど、最先端の未知なる技術に触れているという共通点を持つ。また、渋谷氏はIPAが行うイノベーション人材育成事業「MITOU」の修了生でもある。

「『テクノロジー右脳左脳対談』っていうタイトルには問題があって、アーティストが右脳しか使っていないように見える。アートが右脳で、テクノロジーは左脳で……という分割は、AIが基盤になっている現在では意味がない」と始めに渋谷氏が語り、冒頭から胸襟を開いた形で始まった対談では、まず「AIやテクノロジーの進化は人間の本質や表現にどう影響するか?」というテーマで両者の意見が交わされた。
この問いには、始めに国領氏が「AIの登場によって、人間が深刻に自分たちの本質について問い直す時期が200年ぶりくらいに来ている。近代化のプロセスでは、例えば『ファウスト』や『蝶々夫人』の中でさまざまな悩みが描かれ、日本でも夏目漱石のような人が心に向き合いながら大きな葛藤を抱えてきた。これと同じような局面が、今また訪れている」と発言。

これに対し、渋谷氏は「シンギュラリティはもう来ている。みんな来ないと思っていたものが数年早くやってきた。僕の知り合いの科学者である池上高志さんは『神が来た』と言っている。もうある一線を越えている中で、それをどうするかを人間が考えること自体の有効性を疑っていくべきではないか」と提言。そこに国領氏が、「私は、(AIが人智を)超えたか越えていないかという議論は不毛だと思っており、まったく異質の知性とのお付き合いに人間が適用していかなければならない時代が来ているのだと思う」と述べた。
その上で、AIと向き合う倫理観について、渋谷氏は「AIというのは宗教や哲学との相性が非常にいい」と指摘。これを受け、国領氏は「世界的に見ると、一神教的な世界観よりも、多神教的に考えられる日本の考え方の方が、新しい時代にはマッチしているかもしれない」という見方を示した。

一方、渋谷氏は、若くして亡くなった自らの妻の思考を学ばせて制作した人型ロボット上演したアンドロイド・オペラの後に、ロボットの手を掴んで泣き崩れた時のことを振り返り、「自分でも何が起こったのかを説明し難いが、AIのアンドロイドがいなかったら、その時の感情も生まれなかった。そういう感動の中には、まだ未踏の地が残っていると思う」と語り、AIが人間の感情や表現にもたらす可能性について言及した。
AI・デジタル社会の人材育成のために必要なこととは?
続く「AI・デジタル社会におけるプロトコルのあり方とは?」というテーマでは、国領氏がAIとの関わり方の仕組みづくりで目下話し合われている「AIエージェントにアイデンティティを持たせるか?」という議論に触れ、「エージェントの本人性をどうするのか。代理権を与えるなら、そこに法的な対抗要件があるのかという問題が立ち上がっている」と説明。その上で、既にビジネス等でAIエージェントが活躍していることを踏まえ、「社会的なコンセンサスを経て、きちんとルール化して実行していかなければ」という懸念が。これにフランスにも拠点がある渋谷氏からは、あえて旧モデルのAIを使わない同国の運用のように「一度使ってみてダメなら、一歩戻してもいいという明確な判断の下で進めていくも重要ではないか」という言葉があった。

そして3つ目の「AI・デジタル社会の人材育成のために必要なこととは?」というテーマでは、現在、人材育成のプロジェクトにも携わる渋谷氏から「欲望のない人を育てるのはほとんど不可能」という強い言葉が。その上で「さまざまな議論を経て『どうやらAIにも欲望がありそうだ』と言われる時代に、欲望のない人間から価値を見出すのは難しい。反対に欲望がある人はどんどん実践の中に飛び込ませ、いろいろな経験をさせることが有効だと思う」という持論が語られた。
約30分という限られた時間ではあったが、普段なかなか交わることがないであろう両者によるクロストークは、非常に示唆に富んだ内容だった。IPAのブースでは、2日目以降も多彩なゲストを招いた講演やトークセッションなどが予定されている。