29日、元祖沖縄シンガーとして1960 年代の歌謡界、映画界で一世を風靡した仲宗根美樹(なかそね・みき)さんが、今月24日に肺がんのため都内の病院で亡くなったことを日本歌手協会が公表しました。79歳でした。
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日本歌手協会は、仲宗根さんについて「2022(令和4)年9月に品川区の自宅マンションで火災があったのを機に長女と生活を始めましたが、その頃から肺気腫に罹患し在宅療養をしていました。2024(令和6)年2月20日に肺疾患発作により病院へ緊急搬送、2月24日に帰らぬ人となりました。」と報告しました。
すでに通夜・告別式は行っており、「お別れの会」などは現在検討中とのことです。
仲宗根さんは1944(昭和19)年6月23日、東京都生まれ。
1961(昭和36)年に日本テレビ『東京物語』に出演し、同番組の挿入歌『愛に生きる』でキングレコードより歌手デビュー。2枚目のシングル『川は流れる』が100 万枚を超える大ヒットとなり、『第3回日本レコード大賞』新人奨励賞を受賞、同曲で翌年の『第 13 回 NHK紅白歌合戦』に初出場し、紅組のトップバッタ ーをつとめました。その後、『紅白歌合戦』には 1967(昭和42)年の『恋しくて』まで5回出場しました。
両親が沖縄出身ということもあり『島育ち』はじめ『奄美恋しや』(「紅白」2回目出場の年の歌唱曲)、『永良部百合の花』『安里屋ユンタ』『てぃんさぐの花』などの島唄、沖縄ソングを続々とヒットさせ、沖縄シンガーの元祖としてのその地位を確立。
1971(昭和46)年、結婚のため芸能界を引退し、その後は実業家としての道を歩み、自らが経営する銀座のクラブのママとしても有名でした。1998(平成10)年に請われてテレビ東京『年忘れにっぽんの歌』で25年ぶりに歌手復帰、歌番組のほかに 2017(平成29)年には『徹子の部屋』などにも出演しましたが、その後は病気がちでステージ、テレビ出演から遠ざかりました。
【担当:芸能情報ステーション】