製薬産業に共通する諸問題の解決をはじめ多面的な事業を展開している日本製薬工業協会が主催する「病いと生きる。希望と生きる。写真展 〜まだ見ぬ答えを、生み出す未来へ〜」の大阪展が、大阪市北区の梅田 蔦屋書店で3月25日に開幕しました。3月31日まで開催される本展は、医療が進歩した現在も治療法が見つかっていない、有効な薬が開発されていない病気などに対する「アンメット・メディカル・ニーズ」をはじめ、現代の医薬・医療領域が抱える課題を啓発するための写真展です。ここでは写真家のハービー・山口さんをゲストに迎えて行われた開催初日のオープニング発表会の様子をお伝えします。
病いと向き合いながら挑戦する人々のポートレートを展示
アンメット・メディカル・ニーズ、オーファン・ドラッグ、ドラッグ・ラグ…、こうした言葉をご存知の方はどれだけいるでしょうか。実はこれらは、今まさに医療や製薬の現場で諸問題になっている現象を指す時に使われる言葉なんです。
昨年12月に東京・原宿で行われた第1回展覧会に続いて、大阪での開催を迎えた本展。公益社団法人日本臨床腫瘍学会、一般社団法人日本癌学会、一般社団法人日本癌治療学会、一般社団法人CancerXという4団体の協力を受けて企画された本展は、がん患者や医療従事者、製薬会社の関係者など、それぞれの立場で病気との闘いに挑んでいる人々の姿や想いをポートレートやメッセージの形で伝え、視覚を通して同領域の抱える課題に関心と理解を持ってもらうことを目的としています。
開幕初日に行われたオープニング発表会では、まず初めに主催者を代表して日本製薬工業協会の上野裕明会長が挨拶。
同協会の取り組みを紹介した上で、「薬品のない疾患はまだまだ多くあります。特にこれからの製薬業界は、希少疾患といわれるような患者数の少ない疾患に対しても薬品を提供することに挑まなければなりません。そういった疾患を患っている患者さんの思い、あるいはそれを治療しようとしている医療従事者の思いをよく理解してこそ初めていい薬品ができるものだと考えて、こうした会を企画させていただきました」と本展にかける思いを語りました。
写真家のハービー・山口がトークセッションに登場
続いて行われたトークセッションでは、本展のポートレート撮影を担当し、自らも幼少年期に腰椎カリエスという病気を患った経験を持つ写真家のハービー・山口さんをゲストに、本展で被写体になった日本癌治療学会所属の高橋剛さん、ダカラコソクリエイト発起人・世話人の谷島雄一郎さんを交え、上野会長との四者によるトークが展開されました。
「生まれて2ヶ月半で腰椎カリエスを患い、10年間以上コルセットが必要な生活だったので、幼稚園には行けませんでしたし、小学校と中学校でも体育の授業に出られない特殊児童だったんです。それが10代の終わりの健康診断で、お医者様から『骨も固まってきたから、コルセットを外してもいいし、激しい運動しなければ生きていけるよ』って言われて、初めて生きる希望を感じました。その頃ついたあだ名が“ハービー”で、本名は病気とともに捨てて、ハービーという名前で生き直してみようかなって思ったんです」
最初の挨拶で、自らの病気体験を絡めながら、ハービーという個性的な名前が生まれたエピソードを語ってくれたハービーさん。今回の展覧会で見られるポートレートは笑顔で撮影されていますが、そこにも幼少期に医師の笑顔に元気付けられてきた自らの体験が反映されているといいます。
一方で、大阪大学大学院医学系研究科医学科教育センターに勤める高橋さんと、がん経験者らの生きづらさを“嗜む”場として運営されている社会実験カフェ&バー「カラクリLab.」のオーナーでもある谷島さんは主治医と患者という間柄。司会者からそれぞれの活動と現在の課題について訊ねられた二人は、次のように話しました。
「今の日本では、五大がんのようなメジャーながんにおけるしっかりとした治療が全国津々浦々ほぼ均一に提供されているのに対して、患者数の少ないがんの治療はまだまだ確立されていません。私が研究しているGIST(ジスト/消化管間質腫瘍)も10万人のうち患者数が1人か2人という希少がんで、欧米で認められている薬剤治療はあるものの、日本にはまだ入ってきていないのが現状です。本展を通じて、そうした点に少しでも目を向けていただけたら嬉しいです」(高橋さん)
「私は12年前からGISTの患者で、なかなか完治が難しい状況の中、今も治療を待ち望んでいます。この経験を活かして、がんの経験を新しい価値に変えて社会に活かすということをテーマに活動しています。ダカラコソクリエイトでは、がん患者とがん経験者が、クリエイターや医療者やメディアの方などと協奏して、さまざまなプロダクトやプログラムをプロデュースしています」(谷島さん)
その上で、がん経験者が言われて嬉しかった言葉からLINEスタンプを制作したり、がん経験者がお世話になった医療器具をガチャガチャにしたり、がん患者と医療者がウェルビーイングに感じることからデジタルアートを作ったりと、さまざまな取り組みを紹介してくれた谷島さんは、続けて、そのユニークな活動の意義を次のように語ってくれました。
「がんの治療というと、昔は恋愛だったり仕事だったり家族の時間だったり、いろいろなことを諦めなければなりませんでしたが、今では医療の進歩によって医療機器もどんどん増えてきて、癌を抱えながらも日常生活を両立できるようになってきました。そうなると、がんの課題というのは病院の中だけではなくて日常の中で発生してくるので、医療だけではなくて、教育やアートなど社会の中のいろいろなものが関わって聞かないと、その課題は解決していきません。今回こうして写真というクリエイティブの力を使って、ドラッグロスなどの課題と社会との関わりを作っていく活動に参加できたことは本当に嬉しいし、今後もこういう企画が広がってほしいと思っています」
そうした二人の言葉を受けて、上野会長は「我々は患者さんがどういう思いでいるかというのをもっともっと知って、製薬会社としての使命を果たしていかなければならないと思いました」とコメント。製薬業界を牽引する一人として改めて決意を強くした表情を見せていました。
笑顔を引き出すハービーさんの想い
幼少期の経験から「生きる希望を撮る」ことを人生のテーマとし、人物写真を撮る際は常に「相手の幸せを願ってシャッターを切ること」を大切にしているハービーさん。続いての質問では、今回の撮影で“笑顔”を引き出しながら感じたことについてハービーさんから次のようなお話が。
「患者さんに『笑ってください』とお伝えするのは簡単なことですが、その時に患者さんがどういう気持ちになるのかをよく考えました。ただ、がんではないけれど、自分も長いこと病気を患った経験があるので、そこは無理なく対峙できたと感じています。一方で、お医者様については、自己犠牲のもとに人の命を救うという神に一番近い方々なので、その方々の凛々しさ、優しさ、大きな心などの人格を写せたらいいなと思いました」
そして本展に来場する方々へのメッセージをそれぞれに訊ねた後、上野会長の「こういう機会を通じて、病気に対する理解、それを治療しようとする医療従事者の方々、そして患者の方々の思いを共感し合いながら、この世の中が少しでも良くなるように、私ども製薬業界も貢献してまいりたいと思います」という閉会の挨拶で締め括られたオープニング発表会。医療や医薬の領域が抱える課題と向き合う当事者たちのリアルな言葉の数々は、会場に集まった観衆の方々にも強く響いたはず。
「命」と向き合う方々の笑顔から希望を
本展の会場では、ハービー・山口さんが撮影した18点のモノクロポートレートがそれぞれのメッセージとともに展示されています。その中には、この日のトークセッションに登壇した高橋さん、谷島さんを含め、関西で活動されている4名の方々の姿も。
展示の中には、冒頭にお話ししたアンメット・メディカル・ニーズ、オーファン・ドラッグ、ドラッグ・ラグについての解説もあり、現代の医療・製薬が抱える課題を言葉と写真で理解することができます。
仕事、お金、人間関係など、生きていく上での悩みは決して病気だけではありません。しかし「命」とダイレクトに向き合う人々の笑顔は、生きる強さを与えてくれる光として、今は病気の当事者ではない人にとっても心を強く打つものがあるのではないでしょうか。
写真展「病いと生きる。希望と生きる。写真展 〜まだ見ぬ答えを、生み出す未来へ〜」は、大阪市北区の梅田 蔦屋書店 シェアラウンジで3月25日から31日まで開催中。なお、日本製薬工業協会の特設ホームページでは本展の紹介コンテンツが掲載されているので、期間中に会場に足を運べないという方はぜひそちらをご覧ください。
【概要】
「病いと生きる。希望と生きる。写真展 〜まだ見ぬ答えを、生み出す未来へ〜」
会場:梅田 蔦屋書店
日程:2024年3月25日(月)〜3月31日(日)
時間:10:30〜21:00
入場料:無料
展覧会ホームページ:https://www.jpma.or.jp/thema/photo_exhibition/index.html