宮城県南三陸町。高橋一清さん(63)は、同じ職場の仲間ら43人を、津波で亡くした。
それから13年、「あのとき、もしライフジャケットを着ていたら…」と考えてきた。
【写真を見る】同僚ら43人を失ったあの日の記憶ー 8年の開発を経て加速する「災害弱者も、支援者も救える」新ライフジャケット【DIG 防災】
災害から命を守る知恵を深掘りする企画『DIG防災』。日本初のGPS機能を搭載したライフジャケットの開発プロジェクトを取材した。
つい先ほどまでいた場所が津波に飲み込まれていく
2023年10月4日、南三陸町の志津川湾で行われたプロジェクトの第1回実証実験。
ダイバーが身に付けているのは、町などが開発を進めているGPS内蔵の特殊なライフジャケットだ。
実証実験では、海中に投げ出された人の位置をGPSの情報だけを頼りに陸上の離れた場所で特定し救助できるかどうかを確認する。
ダイバーを乗せた船は岸から5キロ離れた志津川湾の海上へ。そして、ダイバーが海に入ると、船はいったんその場から離れた。
一方、同じころ南三陸町役場では、GPSの情報を頼りに位置の解析を始めていた。
日本初というこのGPS機能付きライフジャケット。13年前の東日本大震災の教訓をもとに開発が始まった。提案したのは、町の元職員・高橋一清さん。
高橋さん
「思い返す中で、あのとき、もしライフジャケットを着ていたら、結果はどう変わったのだろうなと、ずーっと考えていたんですね」
高橋さんには震災当時の忘れられない記憶がある。
高橋さん
「ドンと大きな地震が起きて。これはもう津波がくるんじゃないかって思いました」
津波が押し寄せてくる危険を、発生の直後に感じた高橋さん。災害対策本部が置かれる、隣の防災対策庁舎の3階へ向かった。対策本部は、駆け付けた職員で“すし詰め状態”。
そんな中、耳に入ってきたのは上司からの指示だった。
高橋さん
「『この場所にこれだけ職員がいても仕方がないので、避難所運営や現場に走りなさい』という指示が聞こえた」
急遽、避難所の運営にあたることになった高橋さんは、1キロほど離れた高台の志津川中学校へ車で向かった。
地震発生からおよそ40分後。津波が南三陸町を襲う様子を志津川中から撮影した映像には、高台に逃れた高橋さんの姿が映っていた。
高橋さん
「次々街が津波に飲み込まれていくという恐ろしい風景でした」
つい先ほどまでいた防災対策庁舎は屋上まで津波に飲まれ、高橋さんは同僚や住民の無事を祈ることしかできなかった。
高橋さん
「起きていることがにわかに信じられなくて、ただただ『みんな早く逃げて』というような声をかけていた」
救助を待つ中、低体温症になったり、引き波で沖に流されたりした人も少なくなかった。高台に向かう直前までいた防災対策庁舎では、職員ら43人が犠牲になった。
高橋さん
「仲間たちの中に行方不明の人たちがいる。津波の場合、ライフジャケットがあれば海に流されても見つかる可能性は高いのでは。犠牲者を減らしたいという思いだ」
8年の開発期間を経て、実証実験へ
津波にあっても生存率を高められる方法はないか。高橋さんは以前から付き合いがあった災害支援事業の会社を経営する有馬朱美さんに相談した。そして生まれたのがGPS付きライフジャケットのアイデアだ。
ガーディアン72 有馬社長
「人がどこに流されているのかを見つけることができなければ、救助に時間がかかるというのがあって、GPSはすぐに浮かんだ。位置情報を取るためにGPSは要る」
開発に取り組んだのは8年前。早速、壁が立ちはだかった。GPSは、水中で電波を発信しづらくなるという弱点があったのだ。
試行錯誤を重ね、ライフジャケットにフードを付け、その中にGPSを内蔵させることを思いついた。
さらに、実用化を加速する動きも出てきた。2023年9月1日、有馬さんの会社と南三陸町が協定を結び、正式に官民一体のプロジェクトとして実用化を目指す態勢が整ったのだ。
第1回実証実験。町役場では、有馬さんらが、海にいるダイバーのGPS位置情報を解析する。高橋さんもその様子を見守った。
実証実験本部
「座標申し上げます。緯度が38度、39.28分、経度の方が141度、31.68分になります」
救助隊
「今、位置に入りました。これから救助に向かいます」
第1回目の実証実験では、ダイバーの位置をほぼ正確に捉え、無事、救助することができた。本部にもその情報が伝えられ、自然と拍手が起こった。
有馬社長
「位置情報の取得、これは間違いなくできた。それは本当に成功したと思います」
災害弱者も、支援する人も救えるように
GPSの位置情報の捕捉の成功から4か月後の2024年2月8日、第2回実証実験が行なわれた。この日は、災害弱者となる要介護者とその支援者を想定し、ライフジャケットの着用にかかる時間を計測する。
迅速な避難が難しい要介護者と、自身を優先しての避難が難しい職員のどちらも救える仕組みの構築を目指すためだ。
実験では、はじめに支援者役が自身のジャケットを着用。その後、要介護者役に、支援者役がジャケットを装着させる。
南三陸町福祉協議会 職員
「これからライフジャケット着ますよ。ちょっとモコモコしますからね」
ジャケットの伸縮性やチャックの形状、細かな箇所まで課題を洗い出す。
有馬社長
「介護する方々も命は守られなくてはいけない。危険にさらされる中でも、10秒、20秒でサッと着ることができたら、相手と自分の両方を守ることができる」
震災の教訓を未来につなぐため立ち上がった高橋さん。開発への試行錯誤の様子を、強い願いを込めて見守る。
高橋さん
「防災対策庁舎の上で、私の仲間たちが最後の最後まで住民を守ろうとしながら命を失っていった。東日本大震災でこれほど辛く苦しい経験をしたことを、それだけで終わらせてはいけない。また災害はいつ次に起こるかわからないから、1日でも早く完成させて、命を守る態勢を作っていってほしい」
防災対策庁舎で亡くなった仲間たちへの思いが注がれている、ライフジャケットの開発。
2024年5月末の実用化に向けて改良の日々が続く。