随分と早いタイミングだな、と思いました。日銀の植田和男総裁が朝日新聞の単独インタビューに応じ、夏から秋にかけて次の利上げを判断するかも、と発信したのです。
【写真を見る】植田総裁が早くも発信、追加利上げに前のめり【播摩卓士の経済コラム】
インタビューで「夏から秋にかけて」
朝日新聞は4月5日付朝刊で日銀の植田総裁の単独インタビューを報じました。この中で、植田総裁は、春闘での賃上げが「夏から秋にかけて物価にも反映され、物価目標達成の可能性がどんどん高まる」との見通しを示しました。その上で「確度が上がっていけば、金利を動かす理由の一つとなる」と述べて、夏から秋にも、追加利上げを行う可能性に言及しました。
日銀は3月に、マイナス金利解除などの「異次元緩和の終結」に踏み切ったばかりです。間髪を入れず、植田総裁がこうした発信を行ったのは意外でした。4月末には、日銀としての新たな物価見通しを公表することになっているので、「発信」はその後になるだろうと勝手に思っていたからです。
植田総裁がこの時期に単独インタビューに応じたのは、異次元緩和の終結を市場の混乱なく終えたという自信の表れでもありますし、想定外に進んだ円安をけん制したいという思惑もあるように思います。
利上げしたのに 想定外に円安進行
日銀の思わぬ誤算は、マイナス金利を解除して利上げしたにもかかわらず、一段と円安が進んだことです。
異次元緩和の終結によって、市場の長期金利が急騰することを恐れ、植田総裁は「今後も緩和的な状況が維持される」と繰り返し強調しました。折しも、アメリカの利下げが遠のきそうだとの観測が強まっていたこともあって、外国為替市場では、しばらく利上げがないと受け取られ、円高に傾くどころか、逆に、一時1ドル152円台目前まで円安が進みました。
円安の進行でコストプッシュ型のインフレが再燃し、実質所得が目減りして、消費の停滞が続く事態を日銀は恐れているのです。
朝日新聞のインタビューで植田総裁は「為替の動向が、賃金と物価の循環に無視できない影響を与えそうだということになれば、金融政策として対応する理由になる」と、かなり踏み込んだ表現を使って、市場をけん制しています。
植田総裁の言う「緩和的な状況」とは
植田総裁の言う「緩和的な状況」とは、実質金利が、景気を熱することも冷やすこともない「中立金利」を下回っている状況のことだと思われます。
今の日本は、名目金利は0.1%、インフレ率(の目標)が2%ですから、実質金利はマイナス1.9%です。一方、中立金利を求めることは簡単ではありませんが、潜在成長率がゼロ近辺まで落ちている今の日本では、若干のマイナス圏に入っていると見る向きが多いようです。仮に、中立金利がマイナス0.5%だとすれば、マイナス1.9%という今の実質金利は1.4ポイントも低く、「十分、緩和的」ということになります。
従って、仮に名目金利をさらに2回利上げし、0.5%まで上げたしたとしても、実質金利はマイナス1.5%にしかならないので、依然として「十分、緩和的」というのが、植田総裁の理屈なのでしょう。
焦点は物価上昇の中身、本当に基調は上向くか
円安傾向が一段と強まり、原油価格も再び騰勢を強めています。また、岸田政権は電気ガス代の補助を5月使用分をもって打ち切る方針で、物価上昇率は当面、高めに推移しそうです。その意味で表面上、2%の物価目標達成の持続性は高まっていますが、賃金上昇や需要増大を背景にした物価の基調が本当に上昇するかが、最大の焦点です。
コストプッシュ型インフレの予想外の継続に、むしろ家計が負けてしまうことはないか。好調な春闘の数字が、広い世帯の実質所得の増加に、どこまでつながるのか。植田総裁の「前のめりの姿勢」とは裏腹に、むしろ、難路が待ち構えているように思えます。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)