放送中のドラマ『西園寺さんは家事をしない』。コミックス累計発行部数450万部を誇る『ホタルノヒカリ』を描いた、漫画家・ひうらさとる氏による同名漫画が原作だ。
ドラマ好きを公言し、“ドラマウォッチャー”としての顔も持つひうら氏にインタビュー。原作誕生秘話や、本作はもちろん『ホタルノヒカリ』でも重要なシーンで度々登場してきた“縁側”の秘密など、ひうら氏が描く漫画の舞台裏に迫る。
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感情と行動を切り離した新しい主人公像が話題に
――本作を描いたキッカケを教えてください。
最初、「シンプルな暮らし方を題材にしたエッセイ漫画を描きませんか?」というお話をいただきました。面白いアイデアでしたが、こういうティップスは単行本化される頃には新しい情報がアップデートされているのが相場。それなら、もっと情報を集めて物語にしましょうとアレンジ案を出しました。そこから話が転がったり膨らんだりし、この作品が生まれました。
――物語を考える上で、アイデアノートみたいなものは作っていますか?
アイデアノートはありませんが、日記のようなメモ書きのノートが何冊もあり、小学生の頃から“メモ魔”でした(笑)。今はアプリで気になった記事を管理したり、この感情のときはこうだったと気持ちの整理をするメモ書きをしたりと、記録することで定着させます。するとシナプスが働いて、セリフが浮かんでくるんです。
――西園寺一妃はこれまでの主人公たちとは一線を画す存在ですが、何かキッカケのようなものがあったのですか?
西園寺さんは最初、「高層マンションに住んでいるバリキャリの元に、年下エンジニアが転がり込んでくる」という設定でした。取材を重ねる過程で、それを西園寺さんと同世代の方に話したら反応がイマイチで(苦笑)。
そこで一般の方たちが漫画やドラマで描かれている“働く同性・同世代の主人公たち”に対して、違和感を抱いていることを知ったんです。広い家に住んでいることもなければ、行きつけの店はもちろん、会社帰りに同僚が来るような場所で愚痴を言うこともない。それをドラマ制作スタッフさんにお話ししたら、考慮してくださったのか、漫画同様、西園寺さんや陽毬、洋介が飲みに行く店が、毎回違う場所になっていましたね。
――SNSでも「共感できる!」という声が多く寄せられています。
よくエゴサーチやパブリックサーチをするんですけど、そう言っていただけていることがとてもうれしい。特にドラマウォッチャーの方たちから「“火ドラ”特有のイケメンが転がり込んでくる話かなって思っていたけど、そうじゃなかった。レベルが高い」という意見をいただけて。私自身がドラマ好きだからこそ、「でしょ?」って(笑)。
――ただ、作品を描き上げる際にやはり苦労されたこともあったとか。
西園寺さんや楠見俊直はこれまで私が描いたことのないキャラクター。今までの主人公だったら、「好きだから助けたい」とエモーショナルな理由で行動していたことを、今回はやめようと思って。コンセンサスを得たあとに感情がくる面倒臭い人たちなんです。話がなかなか進まないし、「いいじゃん、好きならいきなよ!」と、描きながら何度思ったことか(笑)。でもそれに耐えて頑張ったが故に、面白いキャラクターになったなと自負しております。
実際に動いている登場人物たちに会って生まれた奇跡
――主演の松本若菜さん、松村北斗さんにお会いしていかがでしたか?
ポスター撮影の際、現場にお邪魔させていただいたのですが、ルカ(倉田瑛茉)を含め3人とも漫画から飛び出してきたみたいにソックリで驚きました。それはドラマからも伝わってきていて、3人の距離感が素敵です。ルカにどう接していいかわからない不器用な西園寺さんの姿は、この枠を観る独身の女性にも受け入れてもらえる、まさに漫画の狙い通りです。
――3人に実際に会ったことで、最終回のネームに素敵な影響があったとか?
登場人物たちに扮した3人の姿を見て、紙に描いたキャラクターが本当に生きていると感じ、セリフがよりリアルになったと感じています。特に倉田瑛茉ちゃんはルカと同じ4歳で、まだすごく小さい。そりゃ、お母さんが急にいなくなったら可哀想だよねって。3年間の連載中ずっと耐えてきたのかと思ったら、我がキャラクターながらに涙が出てしまって(苦笑)。
若菜さんからは、最終回が掲載された雑誌発売の翌日に感想をいただきまして。私が「これは降りてきた」と思ったセリフを指し、「この言葉をお守りに3か月間頑張ろうと思います」と言っていただきました。良いセリフが書けたときは、読者に届くなというのがわかるんです。久しぶりにそういった感覚に出会うことができました。
――そしてドラマ本編をご覧になっていかがでしたか?
“火ドラ”が大好きなので、その枠でドラマ化していただけることがまずうれしかったです。プロデューサーさんから、「西園寺さんが魅力的で、“偽家族”というチームになっていく。社会や人との繋がりに必要な作品だから、丁寧に描きたい」と伺い、「これはお任せしよう!」と。
そして監督さん、脚本家さんなど、私とは別ジャンルのクリエーター陣から、「この作品はドラマ化に値する」と思ってもらえたんだなって。キャストの皆さんが原作を読み込み、愛情を持って演じてくださっていることも、ひしひしと感じております。
――ひうら先生のドラマ“推し”エピソードは?
第3話の楠見と奥貫薫さん演じる義母・波多野里美のエピソードは、原作にはない展開ですが、あれがあることで楠見と義母、ルカとの関係が膨らみ、すごく良いお話になったと感じています。偶然だったのですが、薫ちゃんは私が結婚した頃からの友人で、こういった形でお仕事をご一緒できたのもうれしかったです。
――『ホタルノヒカリ』でもアイコン的な使われ方をしていましたが、今回も“縁側”が登場し、ファンの皆さんが歓喜に沸いていましたね。
私は、店ではテラス席で飲みたい派。外で飲むのが好き(笑)。縁側って対峙しなくていいじゃないですか? 並行に座り、外を眺めることで逃げ場ができるんですよね。だからこそ向き合った瞬間にドキッとする。同居しているけどベタベタしていない、良い感じの距離感を保てる場所です。
――今を生きる人たちにとって「生きやすさ」を提示してくれるひうら先生の作品。様々な形で世の中に浸透していく様をどのように感じていらっしゃいますか?
『ホタルノヒカリ』では雨宮蛍が面白く、共感されるだろうなと思っていたのですが、当時の編集部の男性はドン引きでした(笑)。でも今では干物女を飛び越えて「干物男子です」という男性もいて。社会に受け入れていただいたことで、名刺代わりの作品ができたなというのが率直な感想です。
また、西園寺さんをドラマ化していただくことで、漫画を読まない方にも作品を手に取っていただけます。「西園寺さんの続きが読みたいから買いました」とか、「初めて電子書籍を買ってみたわ」という同年代の友人もいて。西園寺さんは、読者を楽にさせたい、元気にしたいと思いながら描いた作品なので、たくさんの人に愛していただけたら漫画家冥利に尽きます。