「誰も見たことがない佐々木希」が挑む復讐劇──韓国人脚本家が解き明かす“モンスター”の創作プロセスとは

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2025-01-13 11:45
「誰も見たことがない佐々木希」が挑む復讐劇──韓国人脚本家が解き明かす“モンスター”の創作プロセスとは

韓国出身の脚本家、イ・ナウォン氏がドラマ『地獄の果てまで連れていく』で完全オリジナル脚本に挑戦。本作は生まれつき悪魔的な性格を持つ麗奈(渋谷凪咲)に人生を壊された主人公・紗智子(佐々木希)が、壮絶な復讐に身を投じるスリリングなドラマだ。

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1988年韓国生まれのナウォン氏は、茨城県やアメリカ・ポートランドで幼少期を過ごしたのち、韓国中央大学で劇作を専攻。2016年に日本に渡り、東京藝術大学大学院で坂元裕二氏に師事した。テレビシリーズ『明日、私は誰かのカノジョ』や映画『熱のあとに』など数々の話題作に携わる彼女は、日韓両国の映像制作の違いを知る稀有な視点を持つ。

異なる文化で脚本を学び、それぞれのドラマ制作現場を経験してきたナウォン氏。韓国と日本のドラマ制作の違いをどう見ているのか。そして、彼女がオリジナル脚本で描きたかった“人間賛歌”とは何か。その答えを、創作プロセスを通じて紐解いていく。

日韓の制作スタイル、その違いと生まれるメリット

──韓国のご出身ですが、日本と韓国のドラマ制作の違いを感じることはありますか?

韓国では、一度に複数の作品を同時進行することがほとんどありません。私がアシスタントを務めていた時期も、脚本家、監督、役者のすべてが一つの作品に専念するスタイルが基本でした。映画やドラマは、それぞれの現場に全力で集中するのが暗黙の了解とされているんです。韓国の同業の友人に「日本では同じタイミングで複数の作品に参加しているよ」と話すと「どういうこと?」と驚かれることが多いですね。

──制作スタイルの違いは、クオリティに影響がありますか?

どちらにもメリット・デメリットはあると思います。個人的には、一つの作品に専念するのは、丁寧に脚本作りが出来る、達成感が凄いというメリットがありますが、制作期間中に人間関係や制作環境に疲れたとき、逃げ場がないのはつらいかもしれない…と感じます。日本のように、ほかに関わっている作品があれば、気分を変えて仕事ができるメリットもあるのかもしれません。それはそれで作品ごとに執筆スタイルを切り替えないといけないので、結構大変なところもあります。

佐々木希の写真から受けるインスピレーション

──本作の執筆プロセスを教えてください。

プロデューサーの天宮沙恵子さんからいただいた企画書に「復讐劇」というテーマが記されており、それをもとに物語を組み立て始めました。最初は漠然としたアイデアだったものが、モンスターのような人物とその復讐者の対決へと具体化していき、天宮さんと相談しながら第1話と第2話の構想を固めました。その後、3話以降の脚本は「自由に書いてください」と任され、プロデューサーの皆さんと練った全体プロットをベースに進めていきました。

──脚本の構成では、どのような工夫をされているのでしょうか。

本作に限らず、キャラクターシートを作成しています。どの作品でも作る資料で、私は脚本を書く際に必ず作ります。キャラクターシートとは、「この人はこういう人物像」という情報を具体的に伝えるための資料です。たとえば主人公・紗智子の場合、好きな料理や子どもの頃の夢など、彼女の背景や性格を細かく設定していきます。改めて考えてみると、私は人間が好きなんだと思います。登場人物の詳細を掘り下げながら、キャラクター設定を考えていくと「よっし、始まった」とドキドキするんです。

──実際に演じる俳優陣のイメージは、執筆に役立てられていますか?

脚本を書き始めて中盤に差しかかった頃に、本作のキャストが決定しました。それからは、キャラクターイメージを役者さんに重ね合わせています。執筆する前に、その方の写真に話しかけてみたり、ですね(笑)。たとえば佐々木希さんだったら、いちばん紗智子に近いと感じる写真を探すんです。あくまでも、私の感覚ですが…。その写真からインスピレーションを受けて「この人は紗智子として、どう話すだろう」と想像しながらセリフを考える。それぞれの特徴や声のトーンひとつにも癖があって、動画も参考にしています。やはり、その方に合う言葉を選び抜きたいんです。演じることが難しくなるような話しにくい言葉やフレーズを避けて、キャラクターに合わせた脚本を書きたいし、そんなふうに脚本を作る工程はとても楽しいですね。

脚本執筆を支えた異様なフォルダ名

──復讐劇は初めてとのことですが、苦労された点はありますか?

復讐を計画する紗智子と、モンスターと化した麗奈。その二人の行動原理や感情のラインを描くことは非常に難しい作業でした。単なる復讐劇としての「見せ場」を意識するだけでなく、それぞれの感情が劇中の事件に説得力を持ってリンクしていなければ、物語が成立しないと考えたからです。キャラクターの感情と事件の展開が矛盾しないよう、何度も調整を重ねました。「事件はこう発生して、こう展開させていきたい」と思っても、人間の感情をどうリンクさせるか、その点で苦労しました。プロデューサーや犯罪心理の監修者と議論を重ね、「このシーンではどうしたら効果的に人を傷つける描写が成立するか」を徹底的に検討しました。その過程で、自分でも膨大なリサーチを行い、現実の犯罪事例や心理研究からヒントを得て脚本に落とし込みました。

──行動原理や感情のラインには、どのような軸を持たれたのでしょうか?

それぞれに軸がありますが、「この人にとって、何がいちばん大切なのか」を基準として考えていきました。紗智子は自分の大切なものを奪った麗奈への復讐がいちばんの目的。麗奈は、一見感情のないモンスターのように映りますが、彼女の中にも「大切なもの」があります。物語が進んでいくと、麗奈の内に秘めているものも少しづつ明らかになっていきます。それぞれの“大切なもの”に対して、どのように行動するのか。その主軸を常に意識しました。連続テレビドラマとしても、1話ではこういった感情が起こり、それが中盤ではどう展開して、さらに後半でどうなっていく…と、回を重ねることによる感情のゆらぎのラインを繊細に表現することを心がけました。

──凄惨な事件の創作は考えるだけで病んでしまいそうですが…

感情の振れ幅を緻密に追いかける作業は、想像以上に困難でした。特に異常な心理や行動を持つキャラクターのリサーチでは、「こんな行動は現実にはありえない」と思うたびに、精神的な負担を感じることもありました。脚本を書く際、デスクトップに資料用のフォルダを作るのですが、今回は特に異様なフォルダ名が並びました。「殺し方1」「殺し方2」など、自分でも苦笑してしまうほどでした。

“もっと知りたい”のあくなき探求

──脚本執筆時に、大切にされていることはありますか?

脚本を書くことは、人間を理解するための作業なのではないかと考えています。カッコいいセリフを書きたいとか、そういう気持ちはないんです。世の中には本当に多様な人がいますが、私は「この人はこういう人だ」と決めつけるのではなく、その奥深くにある本質を知りたいと思っています。上辺だけではなく、“もっと知りたい”と思って接すると、もしかしたら初めのイメージと違う人間的な一面に出会えるのかもしれないなと。私は人が好きなんです。

「人間の奥深さを知りたい」と語るナウォン氏。その探求心こそが、脚本執筆の原動力だ。人間の深層に向き合いながら物語を紡ぐ作業は、ときに過酷で精神を削る。それでも彼女は「人が好き」という情熱を胸に、日夜リサーチを重ね、物語を形にしてきた。その熱意は観るものの心を深く揺さぶり、作品に命を吹き込んでいる。

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