<インタビュー>榎本クリニック会長 榎本 稔氏に聞く、精神医療の今と未来

2025-02-06 09:30
<インタビュー>榎本クリニック会長 榎本 稔氏に聞く、精神医療の今と未来

精神科医として60年以上のキャリアを持ち、日本におけるデイナイトケアの草分け的存在として知られる榎本クリニック会長の榎本 稔氏。今回は、90歳を超えてなお精力的に活動する榎本氏の精神医療への熱い想いを聞いた。

貸屋の息子から精神科医へ。現代社会に巣食う心の病と向き合う

―― 先生は精神科医として60年以上、改革の時代を歩んでこられました。

私が医者になった昭和36年当時は、精神病患者を隔離するのが当たり前でした。しかし、社会が変われば病気も変わる。医療も変わらなければいけない。そう考えて、患者の社会復帰を目指すデイナイトケアを日本で初めて開始しました。当初はわずか60名だった患者も、今では1日1000人を超えるまでになっています。

―― ご自身の生い立ちが、今の仕事に影響を与えていると思いますか?

そうですね……今、私が精神科医療、特にデイナイトケアに力を入れているのは、まさに私の生い立ちと関係があるのかもしれません。

本当に貧乏な貸屋の息子として育ち、様々な人々を見てきました。精神的な病を抱える人たちが社会から疎外され、家族にも負担をかけている現実を目の当たりにしてきました。だからこそ、彼らが社会の中で生きていけるように、支える必要があると思ったのです。

―― 近年、患者数が増加している背景には何があるのでしょうか?

現代社会は、新型うつ病、依存症、発達障害といった「心の病」を生み出しています。大家族から核家族、そしてバラバラ家族へと変化する中で、家族によるサポートが難しくなり、孤立する人が増えていることも要因のひとつです。また、戦後80年間の平和と豊かさも、心の病を生み出す土壌になっていると考えています。「平和ボケ」とも言うべき状況の中で、生きがいを見失い、心のバランスを崩してしまう人が少なくありません。これらは社会が作り出す現代病だと私は考えています。19世紀にはヒステリー、20世紀には統合失調症が流行しましたが、21世紀は新型鬱病の時代です。少しのことで休職する人が増え、自殺者も3万人に上っています。

――依存症にはどのような種類がありますか?

アルコール、ギャンブル、薬物、性、ゲームなど、さまざまな依存症があります。万引きを繰り返す人も、一種の依存症と言えるでしょう。昔は個人商店で顔見知りだったから万引きは少なかった。今はスーパーで商品が並んでいて、つい盗みたくなる。ストレス解消に万引きをする人もいます。

―― 闇バイトなども心の病と言えるのでしょうか?

弱い立場の人々が、簡単に闇バイトに引きずり込まれる背景には、依存症と同様の心理が働いていると考えられます。自分で考えることを放棄し、依存することで心の隙間を埋めようとする。これは現代社会における心の病のひとつの形と言えるでしょう。

―― 性犯罪の低年齢化が進んでいるそうですが?

以前は性依存症の患者は大人でしたが、最近は大学生、高校生、中学生も来るようになりました。ある中学生の男の子は、年上の女性に誘われて性行為をし、お金をもらっていたそうです。それが原因で退学になり、私たちのクリニックに来るようになりました。このようなケースは、今後ますます増えるでしょう。

天才と精神障害:才能と苦悩の境界線

―― 発達障害は、天才と紙一重という話を聞きますが?

モーツァルト、アインシュタイン、野口英世も発達障害だったと言われています。野口英世は医学の天才でしたが、アルコール依存症で賭け事にも興じていました。発達障害の人は特定の分野に突出した才能を持つことがあります。その才能を活かせるかどうかが重要です。

―― 他に才能と精神疾患を抱えていた偉人はいますか?

ゴッホの絵は精神分裂病の症状が現れているようにも見えますが、彼の弟は「天才の絵だ」と言って売り歩き、ゴッホは有名になりました。誰か家族が支えてくれる存在がいれば、才能が開花することもあるのです。

またモーツァルトは音楽の天才ですが、王様の面前で汚い言葉を使い、女性関係も派手で、酒や賭け事にも溺れていました。誰が彼を見出したのかは分かりませんが、おそらく父親でしょう。ヨーロッパ中を連れて回り、モーツァルトを有名にしました。ベートーベンもそうです。才能ある人は、私生活では問題を抱えていることが多い。周囲の人は大変なのです。

三島由紀夫も天才的な才能の持ち主でしたが、周りの人から見れば困った存在だったでしょう。祖母に育てられ、幼い頃から漫画ばかり読んでいたそうです。東大を卒業後、父親のすすめで大蔵省に就職しましたが、すぐに辞めて作家になりました。その後、楯の会を作って「男らしさ」を主張しましたが、自衛隊が期待に応えてくれなかったことに落胆し、自決しました。

―― 天才と精神障害は、どのように関係しているのでしょうか?

精神障害を持つ人の中には、天才的な才能を持つ人もいます。しかし、同時に困った存在でもある。社会生活を送る上で困難を抱える人も多い。誰が彼らを支えるべきなのでしょうか。地域社会が支えるべきだと言われていますが、都会では難しいのが現状です。

宗教と精神医療

―― 先生は宗教と精神医療の関係について、どのようにお考えでしょうか?

精神医療は、とかく宗教とぶつかりやすい傾向にあります。昔は、心の病はすべて神がかりとされ、祈祷やお祓いで治癒を試みていました。近代科学の時代になっても、原子炉の建設現場でお祓いをするなど、日本人の宗教的感性は根強く、人々は祈ることで病気が取り払われると信じてきた歴史があります。しかし、精神医学の発展とともに、宗教的アプローチだけでは解決できない問題も浮き彫りになってきました。

私は依存症の患者の治療を通して、精神医療の限界を感じた経験があります。彼らの希望や生きがいを奪うことが、本当に正しい治療なのかと自問自答しました。そして宗教と精神医療の両面から心の病にアプローチする必要性を感じ、東大の宗教学の先生と協力して「祈りと救いとこころ」という学会を設立しました。

海外に目を向けると、タイでは仏教が生活に深く根付いており、精神医療においても宗教が重要な役割を果たしていますが、その精神医療は患者を閉じ込めるという旧態依然とした方法に留まっています。精神医療への理解が進んでいないためか、お坊さんや占い師に頼る風潮が強く、社会復帰を支援するシステムが不足しています。

逆にイタリアでは精神病院を全廃し、デイケアや作業療法、グループホームといった地域医療に力を入れています。これは人権問題として精神病院の廃止を訴えたフランコ・バザーリアという人物が提唱した改革で画期的なものですが、日本の精神医療にそのまま適用するのは難しいと思います。宗教や文化、歴史の違いが大きく、キリスト教精神に基づくイタリアのやり方を、無宗教に近い日本に持ち込むのは無理があるのです。

―― 日本の精神医療の課題は?

社会が変化する中で、病気も医療も変わらなければいけません。しかし、日本の精神医療は変化に対応できていない。診断して薬を出すだけで、その後のケアが不十分です。家族も孤立しているため、患者を支える体制が整っていません。

そこで私は、日本型の精神医療を模索し、デイナイトケアという独自のシステムを開発しました。患者を社会から隔離するのではなく、地域の中で生活しながら治療を受け、社会復帰を目指すという考え方です。しかし、この取り組みは「金儲け主義」と批判されることもあり、精神医療への偏見を払拭するには、まだまだ努力が必要だと感じています。

―― デイナイトケアの重要性を教えてください。

デイナイトケアは、患者が社会と繋がりを保ちながら治療を受けられる、いわば大人の学校です。私たちは30年以上前に日本で初めてデイナイトケアを始めました。朝9時から夜7時まで患者を預かり、送迎や食事の提供も行っています。最初は無料送迎や食事提供で生活保護を食い物にしていると批判されましたが、患者が社会復帰し、税金を納めるようになれば、長い目で見れば国のためになるのです。

―― なぜデイナイトケアは金儲け主義だと批判されたのでしょうか?

デイナイトケアを始めた頃、無料送迎や食事の提供をしていたら、「生活保護を食い物にしている」とフジテレビの突撃取材を受けました。「私たちの税金だ」と詰め寄られ、生活保護の人がそのお金で飲酒やギャンブルをしていると非難されました。

―― フジテレビの報道は、どのような影響がありましたか?

大変な誤解を招きました。朝ジョギングをしている様子を「逃げ回っている」と報道され、反社会的な人物だと決めつけられました。今のマスコミは強気ですから、何を言っても聞いてくれません。

―― メディアは、精神医療をどのように報道すべきでしょうか?

精神医療の大切さを理解してもらうためには、正しい情報を発信し続ける必要があります。しかし、医療法人なので宣伝活動は制限されています。難しいところです。デイナイトケアの重要性、社会復帰支援の意義をもっと知ってほしいのですが。精神疾患は人権問題です。入院費も高額で、月に50~60万円、その半分は税金で賄われています。デイナイトケアの方が安価で、社会復帰も促せる。しかし、そういう事実はなかなか理解されません。精神科は偏見を持たれやすく、駅の近くにクリニックを作るだけで反対運動が起こることもあります。メディアには、精神医療の現状を正しく伝え、偏見をなくす努力をしてほしいですね。

デイナイトケアは日本を飛び出し海外へ

―― 海外展開も積極的に行っていると伺いました。

タイにクリニックを開設したきっかけは、タイ保健省からの見学依頼でした。視察の結果、タイは日本と似た状況にあると感じ、進出を決意しました。タイでも精神病患者は隔離される傾向にあり、社会復帰支援のシステムが不足しているので、日本のデイナイトケアのノウハウを生かし、患者さんの社会復帰を支援していきたいと考えています。

―― タイでの活動は順調ですか?

前述したようにタイではお坊さんや占い師に頼る人が多く、精神医療への理解はまだ十分ではありません。グランドオープン時にはマグロの解体ショーや茶道など、日本の文化を紹介することで、クリニックへの関心を高める努力もしました。言葉の壁や文化の違いなど、課題は山積していますが、一歩ずつ前進していくしかありません。

―― 最後に、精神医療の未来についてお聞かせください。

精神科医療は、まだまだ社会から誤解され、偏見の目で見られることも少なくありません。しかし、心の病を抱える人々を支えるためには、社会全体の理解と協力が不可欠です。私は90歳を超えても、患者さんと向き合い、精神医療の未来のためにできることを続けていきたいと思っています。

今回のインタビューに挑む際、90歳という事前情報から「どんなおじいさんが出てくるのだろう?」という不安を抱えていた。というのも、仕事の傍らで記者は認知症になった87歳の父の介護をしているから。事前に入手したプロフィール写真も「きっと若い頃の写真を今も使っているのだろう」なんて思っていたのだが、インタビュー室に現れた榎本先生の姿を見て驚いた。写真の中の姿とまったく同じだったからだ。そしてインタビュー中は、こちらがグイグイ押されるほど精神医療について熱く語られ、90歳を超えてなお衰えぬ情熱が伝わってきた。この記事を通して、精神医療の現状と課題、そして榎本先生が提唱するデイナイトケアの重要性が少しでも多くの人々に伝わることを願いたい。

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