順天堂大学がVR教材を共同開発 医学生向けOSCE対策に“自分の手”で挑む新体験

2025-06-04 08:00

診察の手順を頭で覚えるだけでは、本番の現場でうまくいかない。これは医学生に限らず、多くの実技試験を経験した人なら一度は感じたことがある悩みではないでしょうか。特に、医師になるための重要なステップである「OSCE(オスキー)」では、限られた時間内に的確な診察や対応を求められるため、机上の知識だけで太刀打ちするのは難しいと言われています。

そんな中、医学生の試験対策に新しい風を吹き込むVR教材が登場しました。それが、株式会社ジョリーグッドと順天堂大学が共同開発した「OSCE試験対応VR」です。特に注目したいのは、VR空間に“自分の手”が現れるというリアルな体験。まるで本当に診察しているかのような臨場感の中で、身体を動かしながら学べるのが最大の特徴です。

実際の診察シーンを再現した実写VRと、手の動きを反映するハンドトラッキング技術を組み合わせることで、医学生たちは自分ごととして診療手順を身につけられるようになります。教科書では得られない「体験を通じた学び」は、まさに本番直前の“不安”を“自信”に変える鍵になるのかもしれません。

OSCEとは何か?試験対策の課題

医師を目指す学生にとって、学びの最終段階に立ちはだかるのが「OSCE(オスキー)」と呼ばれる実技試験です。OSCEとは「客観的臨床能力試験」のことで、実際の患者と向き合う前に、医師として必要な診察や問診の技術をチェックする重要な場とされています。

この試験では、限られた時間の中で患者役の相手に対して正確に質問をしたり、体を診たりする力が問われます。ただ単に知識があるだけでは評価されず、診療の流れを理解し、実践できるかどうかがカギになります。

しかし、そうした力を身につけるための練習環境は、意外と整っていないのが現実です。多くの医学生が「何から始めればいいか分からない」「実際に体を動かして練習する機会が少ない」といった不安を抱えながら試験に臨んでいるといいます。

特に、臨床実習に入る前に受ける「Pre-CC OSCE」では、模擬患者やシミュレーターを使った実践的な評価が行われるため、経験不足を痛感する学生も少なくありません。現在の教育現場では、ロールプレイや紙の教材、2Dの映像学習などが主流ですが、診療の流れを「体で覚える」ことは難しく、限られた時間でどこまで実力を伸ばせるかが課題となっていました。

OSCEはまさに「現場に出る前の最終チェックポイント」。その重要性が高まる一方で、実際の練習機会が限られているというジレンマが、長年にわたり教育現場で指摘されてきました。

OSCE VRの内容と特長

こうした試験対策の課題を解決するために、順天堂大学とジョリーグッドが共同で開発したのが「OSCE試験対応VR」です。このVR教材の最大の特長は、実際の診察シーンを360度の映像で再現し、あたかも自分がその場にいるような臨場感の中で、手を動かしながら繰り返し練習できることにあります。

教材は、医学生が身につけるべき診察スキルを「医療面接」「胸部診察」「頭頸部診察」「腹部診察」「神経診察」「四肢脊柱」の6つに分け、それぞれを3つのステップで学べるようになっています。

最初の「基礎編」では、診察の手順を音声ガイド付きで確認しながら、流れを理解します。次に「応用編」では、学んだ手順を復習しながら、実際に医師として患者と向き合っているような視点で診察を体験できます。最後の「模擬試験編」では、本番と同じスピード感で実践形式のトレーニングができる構成です。

この3ステップを通じて、診察手順を頭で覚えるだけでなく、実際の流れとして体にしみこませることができます。特に応用編や模擬試験編では、ただの映像を見るだけでなく、自分の手を実際に動かして診察の動作をなぞることができるため、まさに“自分でやって覚える”感覚が得られます。

さらに特徴的なのが、VR空間に自分の手が表示される「ハンドトラッキング機能」です。診察中の医師の手の動きに、自分の手を重ねて動かすことができるため、視覚と動作が一致しやすく、学習の定着にもつながります。これは従来の2D教材や動画では得られなかった、没入感と実践感をもたらします。

学ぶ内容が多く、手順が複雑なOSCE対策において、こうした“見て、動いて、覚える”スタイルは、限られた時間の中でも効率的に実力を身につける手助けとなりそうです。

自分の手が現れるVR体験

VRで学ぶ――そう聞くと、まるでゲームのように映像の中に入り込む感覚を想像するかもしれません。一方、この「OSCE VR」では、それだけにとどまらず、自分の“手”までもがそのVR空間に登場するという、これまでにない学習体験を実現しています。

この仕組みを支えているのが「ハンドトラッキング機能」です。VRゴーグルを装着すると、カメラがユーザーの手の動きをリアルタイムで読み取り、画面上に自分の手が表示されます。これにより、ただ映像を見るのではなく、自分自身の動きと診察の手順とを重ねながら学ぶことができるのです。

たとえば、医師が患者の胸に聴診器を当てる映像が流れているとき、自分の手もその位置に動かすことで、「どのように動かすのか」「どのタイミングで何をするのか」が、より深く体に染み込んでいきます。頭の中だけで流れをイメージするのではなく、視覚と動作をリンクさせることで、知識を「体験」に変えることができます。

この「自分の手を重ねる」というシンプルな行為が、驚くほど高い没入感を生み出します。まるで自分がその場で実際に診察しているような感覚になり、VR学習でありながら、実地に近い学びが可能になるのです。

これまでの学習方法では、動画をただ眺めるだけ、あるいは紙の資料を読むだけというスタイルが中心でした。しかし、このVR体験では、「自分が動く」ことが学びの中心となるため、特に実技系のスキル習得において、効果的なアプローチとなっているのが印象的です。

OSCE VRのように、身体を動かしながら学べる教材が広まっていけば、医療教育はより実践的な方向へ進化していくかもしれません。

教育現場からの評価

左から順天堂大学 医学部総合診療科学講座
主任教授 内藤 俊夫氏、准教授 森 博威氏、教授 西﨑 祐史氏

このVR教材の監修を務めた順天堂大学の医師たちも、OSCE VRの教育的な価値に手応えを感じています。

主任教授の内藤俊夫氏は、「臨床医として現場に出る前に、問診や身体診察のスキルを繰り返し練習することは非常に重要」と話します。患者ごとに症状も対応も異なる現実を考えると、さまざまなケースを体験的に学べるVRは、従来の教材とは異なる意味を持つといいます。

また、准教授の森博威氏は、「OSCE VRは基礎→応用→模擬試験という流れで自己学習が完結できるように設計している」とコメント。特に自己学習が求められる時代背景の中で、個人で反復できる教材の必要性が高まっていることを示唆しています。

教授の西﨑祐史氏も、医学教育が大きな変革期を迎えている今、VRの活用が「指導と学習の効率化」に寄与すると述べています。短い時間で効果的に学べるツールとして、VRは新たな学習の選択肢になり得ると語っています。

教育者の目線から見ても、「映像を見るだけのVR」ではなく、「自分の手で診察の流れを体験できるVR」である点が、OSCE VRの大きな特長と言えるでしょう。試験対策という枠にとどまらず、将来の医療現場を見据えた学びのあり方としても、今後の展開に注目が集まります。

今後の広がりと可能性

試験本番の“あの瞬間”に備えるための学習は、知識を詰め込むだけでは不十分です。体を動かし、繰り返し体験することでしか得られない感覚や判断力があります。OSCE VRは、そうした学びの本質に正面から向き合い、テクノロジーの力でそれを補おうとする試みだと感じます。

もちろん、すべての医学生がすぐにVRを活用できるわけではありませんし、実際の診療経験に勝るものはありません。しかし、時間や場所に縛られず、繰り返し自分のペースで練習できる教材があるというのは、非常に心強い選択肢のひとつになるでしょう。

今後は、AIとの連携により、VRの中で模擬患者と会話できるようになるなど、さらに実践的なトレーニングへと進化していく可能性も示されています。医療教育の現場だけでなく、他の専門職や技能訓練の分野にも応用が広がっていくかもしれません。

「見る」だけでなく「やってみる」ことで身につける——そんな学び方が当たり前になる未来は、もうすぐそこまで来ているのかもしれません。

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