「小山田圭吾を擁護するプロジェクトではない」~「一発アウト社会」への違和感から生まれた共創、あるいは「共騒」

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2025-07-27 08:04
「小山田圭吾を擁護するプロジェクトではない」~「一発アウト社会」への違和感から生まれた共創、あるいは「共騒」

地下鉄を降り、灼熱を回避するためなるべく地下道を歩いて、銀座の一等地にある「HERALBONY LABORATORY GINZA(ヘラルボニー・ラボラトリー・ギンザ)」を訪ねた。ヘラルボニーは障害のある作家の作品を様々な形で世に送り出している企業だ。作品群をデザイン性の高い服や小物にあしらい、時には著名なブランドとのコラボレーションなどで知名度を上げてきた。映像などヴィジュアル展開にも秀でていて、銀座のこのギャラリースペースもとても洗練されている。現代思想用語のような社名は、創業者の松田さん兄弟(双子)の4つ上の兄で、重度の知的障害を伴う自閉症のある翔太さんが口にする言葉から取った。

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東京五輪・楽曲制作担当を辞任・・・小山田圭吾さんとの共創

障害のあるアーティストとモノづくりをしてきた「その」ヘラルボニーが、Corneliusすなわち「あの」小山田圭吾さんと音楽/映像作品を作った、というリリースが届いた。

お、と思った。行ってみよう、と。

4年前、小山田さんは過去に雑誌に掲載された「障害のある同級生をいじめたエピソード」が問題視され、東京オリンピック開会式の楽曲制作担当を辞任せざるを得なくなった。当時、私はその騒動をロンドン支局で見ていた。フリッパーズ世代としては複雑な心境だった。問題とされた雑誌のうち一冊は恐らく実家の段ボールのどこかに眠っている。

その後、一年の沈黙を経てCorneliusは公の場での活動を再開した。雑誌記事の内容と実際に行われた行為との間には大きな開きがあることを解き明かすルポも出版された(その中では「事実関係を取材することなく騒いだメディア」も批判されていた)が、小山田さんがこの一件をずっと背負っていただろうことは想像に難くない。

ヘラルボニーの松田崇弥さんが「その」小山田さんと一緒に作品を作れないだろうか、と、思いついたのは3年前だそうだ。当時、ヘラルボニーは、障害のある作家たちが日常的に繰り返し発する「声」や立てる「音」をサンプリングして曲を作る「ROUTINE RECORDS」というプロジェクト/レーベルを発表し、手ごたえを感じていた。その第二弾をCorneliusと共に創れないか、と考えたのだという。社内でも賛否両論があったそうだが、去年2月になって、松田さんは小山田さんに共創を持ち掛ける手紙を出した。SNSに公開されている松田さん直筆の手紙には「きっと素晴らしい音楽になると確信」していることと共に、「”炎上”という社会的制裁を受けると、誰しもが戻って来られないのではないか?と感じるこの社会にも大きな違和感があります」という「一発アウト社会」への問題意識も綴られていた。

小山田さんと障害のある13人の作家たち

ほどなくして小山田さん側から返事があり、打ち合わせが始まったという。小山田さんは手紙を受け取った時のことを、寄せたコメントの中でこう書いている。

「手紙の言葉に触れ、ずっと気にかかっていたことが頭に浮かびました。 過去に知的障害のある方々に対して、配慮を欠いた発言をしてしまい、批判を受けたことがあります。それ以降、自分なりにこの問題との関わり方を考えてきました。」

ヘラルボニーの展覧会に足を運んだ時のことを小山田さんはコメントで「内面がそのまま現れたような線や形にひかれました。描こうとして描いたというより、内側からこぼれ出てしまったように感じられました」と回想している。松田さんらとともに作家たちがいる施設を訪れ、彼らと時間を過ごしたり、施設のアートディレクターらと対話したりしながらプロジェクトを形作っていったようだ。

出来上がった作品「Glow Within」では、障害のある13人の作家の制作風景と「音」や「声」を記録した4時間ぶんの映像素材がカットアップされ、楽曲に詰め込まれている。音の断片と映像を編集して作っていく手法は小山田さんにとっては自家薬籠中のものだ。Corneliusそのもののサウンドに、作家たちのルーティン音や声がそれぞれの存在感を持って刻まれ律動を形成する。作家たちの、それ自体にリズムを感じる作品も散りばめられていて、明るく騒がしい5分弱だ。『Glow Within -Corneliusと13人の作家の声-』(~8月11日)と題された今回の銀座での展覧会では、作品がモニターで流れる中、それぞれの作家が使っているペンなど創作道具や椅子が展示されていて、彼らの呼吸を感じられるようになっている。

「擁護するためのプロジェクトではない」 一発アウトの社会への違和感

会場には作家が2人座っていた。

京都から来た木村全彦(まさひこ)さんは色鉛筆を使って紙を埋め尽くすように描く。モチーフは動物だったり建物だったりバスだったり様々だ。作品をよく見ると無数の「E」のような形の集合体であることがわかる。この「Eのようなもの」を木村さんは「キュニキュニ」と呼ぶ。木村さんがもともと小山田さんについて知っていたかどうかはわからなかったが、一緒に会場に来ていたお父さんによれば、仲の良い弟さんは知っていたそうだ。ちなみにお父さんは「今回言われて初めて知った」。過去の騒動については「あまり気にならなかった」という。

木村さんと一緒に「Glow Within」のMVを見た。自分の作品が登場すると「出て来た!キュニキュニー!」と教えてくれた。曲の転換点では、作品が完成した際に彼が発したフレーズが差し込まれる。これが効いている。

もう一人は三重県から来た早川拓馬さん。大好きな電車がぎっしり詰まった色彩溢れる作風が圧巻だ。「Glow Within」にフィーチャーされている作品は、電車で形作られた人物が3人、こちらを見ている。そのうち一人はおそらく、彼のもう一つのオブセッションである女性アイドルだろう。この作品がくねくねと動き出す瞬間はMVのクライマックスの一つだ。

自分の作品をあしらったTシャツを着用した早川さんに話しかけると、嬉しそうにアイドル雑誌を見せてくれた。隣にいたお母さんは小山田さんについて「誰でも掘り返せば色々なことが出てくるもんじゃないですか。私も含めて、ねえ」と柔らかい笑顔を見せた。

発表イベントで松田さんは「これは小山田圭吾を擁護するためのプロジェクトではないんです」と繰り返した。炎上リスクもあるだろう。それでも「一発アウトな社会」への違和感、そして「人間は変われる」というメッセージも込めた、と話していた。ローンチの日も、東京オリンピックの開会式と同じ7月23日を選んだ。

はたしてそれは「贖罪」か? 小山田さんの言葉から見える思い

Corneliusは演奏活動を再開していて、確固としたファンベースも存在する。作品も発表してきたし、雑誌のインタビューにも登場する。昨年の朝霧JAMで見た時もたくさんのオーディエンスがステージ前を埋めていた。オリンピックの件で大いに傷ついたのは確かだが、「一発アウト」ではなかったとも言えるだろう。(一方で「アウト」からカムバックする強さとリソースを持たない人たちもいて、彼らには厳しい社会であるという現実は厳然と存在する。)

「小山田圭吾が障害者と共創」という字面だけ見れば、人によっては「贖罪」との印象を受けるかもしれない。それは受け取る側の自由だ。ただ、小山田さんのコメントには、このプロジェクトで発見したことが極めて率直に記されている。

「知的障害のある方々の日常にある、繰り返される動作やふるまいに宿る音に目を向けるという考え方に、無理なくなじむ感覚がありました。ふだんあまり交わることのない人たちとのあいだにある距離が、少し変わるような感覚もありました。
この曲は、そうした表現や日常の断片に触れながら、自分なりの仕方で音にしてみようと考えて制作したものです」

「Corneliusと13人の作家の声」展には、Corneliusの名前を見て足を運ぶ人が多いと想像する。しかし流れるMVと、置かれている展示物を見れば、13人の作家たちにこそ強い印象を受けるのではないか。

訪れた人は、再び街に出たあと、通りや電車の中で時おり耳にする同様の「音」や「声」が、音楽のパーツのように聴こえ始めるだろう。そして、もしかしたら自分も同様に何かしら「音」や「声」をいつのまにか発していて、それが音楽のパーツになりうるのかも、なんて妄想が膨らんで、日常が少し違って聴こえてくる、かもしれない。

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