「失敗してもいい」―子どもが夢中になる“学び体験”の設計術 子どもの心を掴む「エデュテインメント」とは

近年急速に注目されている、教育(エデュケーション)とエンターテイメントの掛け合わせ――エデュテイメント。社会が多様化し、未来予測が難しいVUCAと呼ばれる時代に重要とされる「自分の興味と向き合い、夢中になって探究する力」を育むカギとなっているのが、この領域だ。
まさに創世記を迎えているエデュテインメント業界の第一線で活躍する経営者たちが語る「子どもが夢中になる体験」の秘訣とは。「適切な制限」や「予想の裏切り方」など、新時代の学びコンテンツの設計に欠かせないエッセンスを深掘りする。
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「教育は無料」の呪縛から解放する。ビジネスチャンスはエンタメとの融合
「教育業界は『教育はタダ』『子供からお金を取るなんて』というボランティア精神のような文化に縛られている」。立命館小学校で、革新的なエデュテインメント教育を実践している現役教諭・正頭さんは、この固定観念が業界の発展を阻むハードルになっていると指摘する。
しかし、状況は変わりつつある。子どものワクワクを引き出す知育教材などをを手掛けるワンダーファイCEOの中村さんは「エンターテイメントとの組み合わせに、ものすごく可能性がある」と語る。楽しいことにはお金を払うというエンタメ市場の原理を応用し、「楽しいうえに学びの価値がある」という付加価値こそが、業界を変える起爆剤になるという。実際にコラボレーションの機会は増えており、大きなポテンシャルを感じていると述べた。
金融教育を楽しく学べるゲームの開発などを手掛けるSEGA XDのCOO伊藤真人さんも教育業界の変化を感じている。「教育はマーケットが大きいのに、苦労の割にリターンが少ないと見られる産業だったが、今はだいぶ変わってきて、プレイヤーも増えてる」
この変化の背景について現役教諭の正頭さんは、社会の多様化や探究学習などの浸透などで「学びのストライクゾーンが広がった」ことがあると分析する。これまで「あそび」としか見られなかったエンタメの中に、「学び」のポテンシャルが見出されるようになった。その象徴が、人気ゲームの「桃太郎電鉄」だという。「桃太郎電鉄」のプレイヤーは勉強だと思って遊んでいるわけではないが、結果的に日本の地理やカニbがどこの特産品か、などを自然に覚えてしまう。
エデュテインメントが再定義され、教育的側面を持つコンテンツが増えているが、成功のカギは「あくまでエンタメに軸にあること」と数々の学びゲームを手掛ける伊藤さんは強調する。勉強にゲーム要素を少し加えたような「なんちゃってゲーム」は、目が肥えた現代の子どもたちには見抜かれてしまう。そのため「エンタメ軸で考えた方が、結果的に良いサービスが作れる」と、コンテンツ作りの本質を語った。
「推し」と「制限」が学びのエンジンに。子どもの心を掴む設計の妙
では、子どもの心を掴むにはどうするのか?現役教諭の正頭さんは、コンテンツ設計にも工夫が求められるという。例えば、現代の子どもたちに根付く「推し文化」。「推しがいないと落ち着かない」という感覚が小学生にもあり、子ども自身が自分で選べるキャラクターを用意することがエンゲージメントにつながると分析する。伊藤さんも、開発に携わった金融教育アプリで、当初はキャラクターを1体しか用意していなかったが、子どもたちからの「キャラクターがもっとたくさん欲しい」という声を受け、キャラクターの数を増やした経験を持つ。ユーザーである子どもの反応を見ながらサービスを設計することが、子どもの心を掴むことに繋がるという。
子どもの心を掴むカギは「推し」だけではない。もう一つのカギは「制限」だ。子どもに「1時間後にまた遊べる」といった時間制限を設けることで、デバイスに触れていない時間もコンテンツについて考えさせ、ワクワク感を醸成する。中村さんが自社で展開する知育アプリ「Think!Think!」では、子どもの利用がより柔軟になるよう、あえて「1日3プレイ」から「週21プレイ」へと制限を変更。この変更で、子ども自身が1週間の使い方を戦略的に考えるようになり、「プレイに集中し、夢中になる時間を過ごしてほしい」という狙いが達成されたという。こうした「適切な制限」は、俳句の「5-7-5」のように、子どもの創造性を制限するのではなく、むしろ刺激すると現役教諭の正頭さんは指摘する。
失敗は最高のワクワクの種。次につながる「良質な失敗」をどう設計するか
「子どもの創造力を育むポイントは、いい感じの裏切りです。」正頭さんは、子どもの予想を少しだけ外すことで、「え、なんで?」という知的好奇心、つまり最高のワクワクの種が自然と生まれると語る。予期せぬ出来事が引っかかりとなり、「次こそは」と、人を夢中にさせていく。
アプリだけでなく、子どもたちの学び体験のワークショップ等も開催している中村さんは、子どもたちが何度も挑戦したくなる仕掛けをUXデザインに落とし込む工夫をしていると話す。例えば、子どもの答えが間違えていたときに、単に「バツ」を表示したり「ブー」という音で示すのでなく、クスッと笑えるような演出にすることで、子どもたちに「間違えることは怖くない」という前向きなメッセージを印象付けられるという。「考えていたのと違った」という体験を失敗ではなく、ポジティブに受け止められる体験にすることこそが、探究心につながるという。一方で、実際の学校教育の現場では「良質な失敗」をさせることが難しい現実もある、と正頭さんは指摘する。
「学校は、生徒に失敗させてはいけない、というのがベースにある。そのために細心の注意を払って教育を進めている。その中で、卒業生に『学校は、失敗を経験できない場所だった』と言われたことが深く心に残っている」
では、「良質な失敗」とは何か。伊藤さんは、「面白いゲーム」と「つまらないゲーム」の分かれ目は「負けた理由が分かるかどうか」だと解説する。理由が分からなければ「ああすればよかった」などの次に向けての考察が生まれず、そこで終わってしまう。しかし、理由が分かれば「次はこうしよう」と工夫が生まれ、もう一度挑戦したくなる。教育においても、次に繋がるヒントを含んだ「良質な失敗」を設計することが、子どもの学びを深める上で不可欠だと語った。
エデュテインメントは、「エデュケーション」と「エンターテイメント」のかけ合わせだが、決して「学びを“エンタメ風”にすること」ではない。エンタメの力で、子どもの本質的な興味を引き出し、子どもがワクワクしながら、自ら考えて挑戦する姿勢を育むことであり、第一線の経営者たちが語る子どもの心を掴む設計の秘訣は、これからの「学びの形」を変えていく大きなカギとなるだろう。