キッチン、太陽系、街の景色――『フェイクマミー』美術デザイナーが語るキャラクター像【ドラマTopics】

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2025-12-05 17:00
キッチン、太陽系、街の景色――『フェイクマミー』美術デザイナーが語るキャラクター像【ドラマTopics】

現在放送中の金曜ドラマ『フェイクマミー』(TBS系)の世界観は、細部にまでこだわった美術設計によって支えられている。演出・撮影・照明との議論を重ねながら、キャラクターの暮らしが自然に立ち上がる空間が形作られた。物語の説得力を下支えする美術デザイナーの古積弘二さんに画面には映らない制作の工夫を聞いた。

【写真で見る】“画として印象に残る”美術セットの数々・・・金曜ドラマ『フェイクマミー』より

ドラマ×CMの感性が交差した、美術作りの“原点”

『フェイクマミー』の美術作りは、CM撮影を多く手掛けてきた演出のジョン・ウンヒさんとの対話から始まった。ドラマ撮影とCM撮影の違いを意識しながら、「日常の自然さを損なわずに、でも画として印象に残る家」を目指す作業が最初のテーマとなったという。

「ジョンさんとは『家そのものが語るような美術を作りたい』と何度も話しました。家具の配置、壁紙の選び方、生活感の出し方まで、住む人の価値観が反映される家にしたかったんです」と古積さんは振り返る。インテリアの色味や家具の素材、子ども部屋の小物に至るまで、キャラクターの性格や日常の動きに寄り添うための議論が重ねられた。

打ち合わせには撮影監督の片村文人さん、照明技術の太田宏幸さんも参加しており、普段のドラマ美術では見えにくい部分まで考慮されている。こうして、日常的な生活空間が、カメラを通すと“普段とは違う印象的な画”として映る仕組みが生まれた。

「話しているうちに、『この家族ならここに何を置くだろう?』という場景が自然に浮かんできました。ジョンさんたちとのディスカッションが、それぞれキャラクターの世界観とつながっていったんです」と古積さんは語る。

こうして、家の隅々にまで物語性を宿らせる美術作りの方向性が、この段階で固まった。CM的な計算の光とドラマ的な生活感が融合した空間は、視聴者に自然に寄り添いつつ印象に残る画面を作り出している。

台本に潜む“暮らしの温度”を、空間に落とし込む

具体的なプランニングが進む中で、台本に散りばめられた細かな描写が美術チームに多くのヒントを与えた。古積さんは、「どの作品でも台本から人物の価値観や背景がにじみ出てくる感覚があります。それをどう空間で表現するかを考えると、今回は家そのものがキャラクターの一部になる感覚がありました」と振り返る。

例えば、ベンチャー企業の社長である主人公・日高茉海恵(川栄李奈)の家は、成功者としての余裕を漂わせながらも、どこか肩の力が抜けた“生活者”としての表情を見せる。これは台本を読み込む中で自然と導かれたバランスであり、「豊かさを見せつつも、視聴者が感情移入できる温度感を大事にしました」と古積さん。

撮影現場でのセット作りは、想像以上に複雑だった。「リアルを追い過ぎると撮影の自由度が落ちるし、ドラマ的にデフォルメすると生活感が消える。その中間を探し続ける作業でした」。家具の高さや導線、カメラの動き、役者の動線など、全てを絡み合わせるため、椅子一脚の置き場所を決めるだけでも何度も議論が重ねられたという。

特にリビングは、“行き過ぎた豪華さ”を避けるため苦心した。「由緒正しい家柄の(田中みな実、笠松将が演じる)本橋家のようなハイエンドな家庭も出てくるので、茉海恵の空間が豪華になり過ぎると対比が消えてしまう。その絶妙なバランスを整えるのが大変でした」と明かす。

削ぎ落とし、選び取りながら組み上げる作業が、セットの“美術の密度”を生んでいる。

“食へのこだわり”が宿るキッチンという物語装置

茉海恵の人物像を最も強く反映したのがキッチンセットだ。古積さんは「茉海恵には“食へのこだわり”が深く根付いているんです」と語る。キャラクターシートから、忙しい毎日の中でも“手作りの料理が人を育てる”という信念を大切にしている人物像が読み取れ、「娘への愛情と、食に対する誠実さが自然ににじむ空間にしたかった」と話す。

そうしたキャラクター像を踏まえ、キッチンは“実用性と温もり”を併せ持つ形に設計された。調味料や調理器具の配置も、料理の流れを想像しながら「忙しいけれど手を抜かない人」という生活の質の高さが、空間からも伝わるよう意識したという。

中でもこだわったのが、劇中で存在感を放つ“古い冷蔵庫”だ。台本に明確に記されていたアイテムで、実家感のある佇まいを再現するため、美術チームが時間をかけて探し当てた。そういった細やかな判断が、あの“実家のようなキッチン”を成立させている。

壁から床へ広がる“宇宙”──いろはが描いた世界

茉海恵の一人娘・いろは(池村碧彩)の才能に、もう1人の主人公で東大卒の元エリート・花村薫(波瑠)が気づくきっかけとなったのが、いろはによって日高家のリビングに大胆に描かれた太陽系の落書きだ。単なる装飾ではなく、キャラクターの個性や想像力を映す重要な要素として位置づけられている。

「演出部と話しながら、惑星の距離や比率をざっくりと計算しました。太陽から地球の距離を1として、他の惑星をどう配置するかを図面に落とし込み、子どもらしい感覚を残しながら、アートになり過ぎないよう調整しています」と古積さん。

この太陽系は壁だけでなく、床まで広げる方向に固まり、クレーンカットを想定した空間設計として完成度を高めた。色の違いや反復のリズムによって、各惑星にいろはなりの個性を持たせる遊び心も加わっている。「天才児っぽくなり過ぎないように、でも見栄えは良く。シンプルに、でも遊び心はしっかり入れる、というバランスです」。

いろはの部屋に吊られたモビールや小さなオブジェもまた、彼女が宇宙に憧れを抱くキャラクターであることを優しく示す存在だ。「太陽系のモビールが吊るしてあるのですが、画的に映ることで彼女の興味が自然と伝わるようにしています」。

さらに、1人で過ごす時間が多いいろはの“心の居場所”として、照明や電飾にも細やかな配慮が込められた。「1人で寝るのは寂しいだろうなと思って、小道具さんが見つけてきてくれたネオン管や、暗くしても安心感のあるライトを置きました」と古積さんは振り返る。

こうした積み重ねによって、いろはの部屋は“子ども部屋”にとどまらず、彼女の個性と家族の温度が立ち上がる、物語に寄り添う空間として成立している。

人気作で磨かれた技術も 都市の風景を生む美術設計

劇中で印象的なのは、窓の外に広がる自然な街の景色。しかし実際にはロケではなく、スタジオ内で“幕”を使って作られた背景だ。古積さんは、「特殊なプリントで制作された幕を使用してデイシーンとナイトシーンの両方を撮影しています」と明かす。

しかし、スタジオスペースが限られる中でこの幕を使用したため、照明の角度や光量の微調整に苦戦したという。幕に使用した写真は片村さんに依頼し、DTP(パソコン上で印刷物のデザインやレイアウト、印刷用データの作成を行うこと)処理は古積さん自身が担当。「ビルの明かりだけが自然に浮き上がるようになっているんです。あのサイズの幕でここまでやるケースは珍しいと思います」と語る。

景観選びも慎重に行われた。舞台となるマンションが“都内のタワマン”と聞いた時点で候補は浮かんだそうだが、キャラクターの「達成度」や「生活レベル」が過剰に伝わらないよう配慮が必要だった。

「背景は単なる記号ではなく、そのシーンの“ムード”を規定する大事な要素なんです」。その言葉どおり、窓の外に広がる景色は、物語の空気そのものを静かに支えている。

美術チームの緻密な設計は、ドラマにおける生活空間を単なる背景ではなく“情報を伝える装置”へと昇華させた。光や構図の計算、空間の密度といった要素が組み合わさり、視聴者に違和感を覚えさせないリアルさと、印象的な画作りが両立されている。現場で積み上げられた技術と判断が、作品の完成度を裏側から支えている。

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