本当に絶滅?九州のツキノワグマ(1987年)【TBSアーカイブ秘録】

『九州地方のツキノワグマはすでに絶滅していると考えられる』(※)
【クマ類の分布図】九州地方は真っ白で生息情報がない 環境省パンフレット『クマ類の生態と現状』より抜粋
環境省の資料には前述のような表記があります。現在、日本の各地でクマによる人身被害、農作物や家畜への被害が報告されていますが、本当に九州にはクマはいないのでしょうか。
TBSの映像アーカイブには九州で捕獲された最後(?)のツキノワグマの映像が残っていました。
※環境省『特定鳥獣保護・管理計画作成のためのガイドライン(クマ類編・平成28年度)』より
(アーカイブマネジメント部 木暮健介 立花成樹)
1987年、大分でツキノワグマが捕殺される
1987年11月24日、大分県の祖母・傾山系笠松山の中腹で猟師がイノシシと間違えて、ツキノワグマを捕殺しました。九州でツキノワグマが捕獲されたのは実に1941(昭和16)年以来のことでした。
「九州のクマ」は、1957(昭和32)年にツキノワグマの子どもの死体が発見されて以降、確実な目撃例は途絶えていたのです。
捕殺されたツキノワグマは九州生まれ?それとも…
捕殺されたツキノワグマは詳細に調査が行われました。
その結果、推定4歳のオスで、人工飼育の経験のない野生の個体と結論されました。
しかし、頭蓋骨を他の地域のクマと比較すると「西中国山地産もしくはそれより北を産地とする」(※)とされ、他の地域から運び込まれた可能性が否定できないとされました。
※大分県 1988 『大分県祖母・傾山系で捕獲されたツキノワグマについての緊急調査報告書』より
DNA解析の結果は?
このツキノワグマは九州で生息し続けてきたものなのか、由来を明らかにするためDNAの解析が行われました。2010年に発表された論文によると、捕殺されたツキノワグマは北陸~中部地域から移入された、もしくはその地域から移入されたメスの子孫であると結論づけられました。
では、ツキノワグマはどこからやって来た?
捕獲直後の大分県の調査でもツキノワグマの歯が、檻から出ようとして齧り付いたためなのか、著しく摩耗していることが確認されていて、生きているときに捕獲された経験がある可能性も指摘されていました。
聞き込み調査でも、九州の養蜂家が本州に採蜜に来た際に捕獲したクマを観光施設に譲り渡したという話もありました。
これらのことから、このクマは本州で捕獲され九州に運ばれた後、短い期間で逃亡もしくは山に放されたものではないかと結論づけられました。
DNA検査の結果、九州のクマは絶滅。
そもそも「絶滅の基準」とは、「過去50年間前後の間に、信頼できる生息の情報が得られていない」(※)とされています。
1987年に捕獲されたツキノワグマが九州に生息していたクマではないとすれば、その前の確実な目撃例は1957年となります。そのため九州ではクマは絶滅したと環境省も結論づけているのです。
※『環境省レッドリストカテゴリーと判断基準(2020)』より
九州にいまクマがいない理由として、九州の山はそれぞれが分断されており、広い面積を生息地とするクマが生きにくかったからのようですが、九州の山は人工林が多く、クマが冬眠する際のエネルギー源となるどんぐりが実らないということも大きな要因となっているようです。
1987年に大分で捕殺されたクマは、結局のところ九州のツキノワグマの最後の一頭ではなく、本州から連れてこられた可能性が高く、故郷から遠く離れたところで、一頭でさびしく暮らしていたのでしょう。九州のツキノワグマはもっと前に絶滅してしまっていたのですから。
参考文献:哺乳類科学 50(2):177-180,2010『九州で最後に捕獲されたツキノワグマの起源』