オルツ粉飾決算事件が浮き彫りにした「VCガバナンスの限界」。スタートアップエコシステムが直面する構造的な課題とは

10月にAI開発を手掛ける株式会社オルツの元社長らが、金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載など)の疑いで逮捕・起訴された事件。循環取引を利用した大規模な粉飾決算は、スタートアップ界隈に大きな衝撃を与えました。
この事件を単なる「個人の問題」として片付けるのではなく、スタートアップエコシステム全体が抱える構造的な課題として捉え直し、シニフィアン株式会社共同代表の村上誠典氏に解説してもらいました。なぜこのような事件が起きてしまったのか、再発を防ぐために必要な視点とは何なのか、深く掘り下げていきます。
東京ビジネスハブ
TBSラジオが制作する経済情報Podcast。注目すべきビジネストピックをナビゲーターの野村高文と、週替わりのプレゼンターが語り合います。今回は2025年11月9日の配信「AI議事録”で上場したオルツの不正会計。そこから学ぶべきこと(村上誠典)」を抜粋してお届けします。
スタートアップエコシステムの「ど真ん中」で起きた衝撃
野村:AI開発を手掛ける新興上場企業で起きた大規模な循環取引と、それに伴う元社長らの逮捕というニュース。株式会社オルツの粉飾会計問題について、村上さんはどのように見ていらっしゃいますか。
村上:売上の大部分が粉飾決算であり、そもそも上場自体が不適切だったという点で、市場や株主、そしてスタートアップエコシステム全体の信用を大きく毀損させる極めて深刻な事案です。
私が特に注目すべきだと感じているのは、今回の元社長がエコシステムにとって「初見の人」ではなかったという点です。元々IT系の企業に長く関わっていたシリアルアントレプレナー(連続起業家)であり、そこに大手VC(ベンチャーキャピタル)や代表的な主幹事証券が関与して上場に至っています。つまり、エコシステムの「端っこ」ではなく「ど真ん中」のプレイヤーたちが関わっていたにもかかわらず、防げなかったという事実です。
野村:確かに、名だたる投資家や証券会社が関わっていましたね。
村上:世論としては「元社長たちが悪く、周りは騙された被害者だ」という見方が強いですが、それでは「悪い奴を排除すればいい」というトカゲの尻尾切りで終わってしまいます。エコシステム自体に欠陥はなかったのか、構造的な問題は何だったのかを考えなければ、本当の意味での教訓は得られないという危機感を持っています。
「悪い評判」と投資判断のトレードオフ
野村:元社長に関しては、以前からパワハラ報道などのネガティブな評判もあったようですが、それでも多くの投資家が資金を投じていました。これはなぜなのでしょうか。
村上:ここがVC投資の難しいところです。経営者が常に聖人とは限りません。多少強引でも突破力がある、あるいはビジネスモデルが魅力的であるといった場合、「人物面にリスクはあるが、事業価値を生むかもしれない」というトレードオフの中で判断せざるを得ないのが実態です。
野村:多少のリスクがあっても、成長の可能性を取るということですね。
村上:さらに今回のケースで特徴的だったのは、初期に信用の高い大手VCが投資をしたことで、その後の「信用の積み重ね」が起きた点です。「あのVCが出資している」「賞を取った」といった事実が積み重なることで、当初のリスクが見えにくくなり、後から入る投資家ほど本質的なリスクに気づきにくくなる構造がありました。
初期投資家がすべてのリスクを見抜くべきだという議論もありますが、彼らもまたトレードオフの中でリスクテイクをしているため、そこだけに期待するのは限界があるでしょう。
「乗りかかった船」から降りられないVCガバナンスの限界
野村:ガバナンスの観点からはどうでしょうか。社外取締役や投資家は不正に気づけなかったのでしょうか。
村上:虚偽の説明を受けていたため気づけなかった、というのが基本的な整理ですが、私はより根本的な「VCガバナンスの限界」を感じています。
上場株であれば「失敗した」と思えば売ることができますが、スタートアップ投資は一度投資したら原則として降りられません。「乗りかかった船」として一心同体になり、会社を応援することが合理的なスタンスになります。
野村:確かに、途中で抜けるのは難しいですね。
村上:そうなると、投資家としては「会社がうまくいっている」というポジティブな情報を信じたくなるインセンティブが働きます。逆に「売上がおかしい」といったネガティブな疑念を持って深掘りすることは、自己否定にも繋がりかねません。
悪い情報に対しては調査しても、例え虚偽の売上などとして良い情報と捉えられるものに対しては「うまくいって良かった」と目を瞑ってしまいがちになる。これが「乗りかかった船」であるがゆえの弱点であり、今回はそこを突かれてしまったのだと思います。
独立ガバナンスへの移行と「緊張感」のあるカルチャー作り
野村:では、こうした構造的な弱点を克服するにはどうすればよいのでしょうか。
村上:一つの解決策は、ある程度の規模になった段階で、利害関係のない独立社外取締役を中心としたガバナンス体制へ移行することです。例えばスマートHR社のように、初期のVCが取締役から外れ、独立した専門家が過半数を占めるような形です。独立した立場の人であれば、自身の評判を守るためにも、怪しい点があれば厳しく切り込むインセンティブが働きます。
野村:専門家を入れることで、チェック機能を働かせるわけですね。
村上:そしてもう一つ、本質的に重要なのは「カルチャー」です。起業家は往々にして、耳の痛いことを言う「うるさい株主」を敬遠しがちです。しかし、イエスマンだけで周りを固めてしまうと、今回のように不正の温床になりかねません。
「同じ船に乗る」ということは、馴れ合うことではありません。命を預け合う船乗り同士のように、お互いに厳しいことを言い合える緊張感を持つべきです。
自分事として捉え、エコシステムの自浄作用を
野村:最後に、今回の事件から私たちが学ぶべき最大の教訓は何でしょうか。
村上:ステークホルダー全員が、自分たちの在り方を見直すことです。起業家は自分にとって耳の痛いことを言ってくれる人をあえて仲間に引き入れること。投資家や関係者は、「乗りかかった船」であっても是々非々で議論できる関係性を築くこと。
他所で起きた事件として他人事にするのではなく、自分たちも加担してしまう可能性がある構造の中にいると自覚し、日々の行動やカルチャーを変えていくこと。それこそが、こうした事件を撲滅するための唯一の道だと考えています。
<聞き手・野村高文>
Podcastプロデューサー・編集者。PHP研究所、ボストン・コンサルティング・グループ、NewsPicksを経て独立し、現在はPodcast Studio Chronicle代表。毎週月曜日の朝6時に配信しているTBS Podcast「東京ビジネスハブ」のパーソナリティを務める。