検討数は急増も成約はわずか? スタートアップのM&Aが直面する「デッドロック」の構造

TBS NEWS DIG Powered by JNN
2025-12-23 07:00
検討数は急増も成約はわずか? スタートアップのM&Aが直面する「デッドロック」の構造

スタートアップの出口戦略(イグジット)として、主に挙げられる「IPO(新規公開株式)」と「M&A(合併・買収)」。近年、東証の上場基準引き上げなどの影響により、IPOの難易度が高まる中、M&Aへの注目が集まっています。

データ上ではM&A件数は増加傾向にあるといわれていますが、現場の実感はどうなのでしょうか。スタートアップM&Aの「リアルな現状」と、成約を阻む「資本政策の歪み」について、シニフィアン株式会社共同代表の村上誠典さんに伺いました。

東京ビジネスハブ

TBSラジオが制作する経済情報Podcast。注目すべきビジネストピックをナビゲーターの野村高文と、週替わりのプレゼンターが語り合います。今回は2025年11月16日の配信「村上さんに訊く、スタートアップM&Aのリアル(村上誠典) 」を抜粋してお届けします。

データと実感のギャップ。M&Aは本当に増えているのか?

野村:スタートアップの出口戦略といえば、基本的にはIPOかM&Aによる売却といわれています。昨今は東証のいわゆる「100億円基準」など上場維持基準が上がったことで、M&Aを選択する企業が増えているという話も聞きますが、現状はいかがでしょうか。

村上:統計データを見ると、確かに国内企業によるM&Aは金額・件数ともに過去最高水準で推移しており、ポジティブな見方がされています。しかし、私の肌感覚としては全く違っており、実際に成約している件数はかなり少ないと感じています。

野村:数字上は増えているのに、実感としては少ないと。それはどういうことでしょうか。

村上:重要なのは「検討している数」と「成約した数」の違いです。M&Aの可能性を検討している、いわゆるパイプラインにある案件はここ数年で急増しています。しかし、成約に至る件数は一次曲線的に少しずつ増えている程度です。つまり、検討数という分母に対して、成約という分子の割合はむしろ下がっているのが実態です。

野村:なるほど。検討はするものの、実現には至っていないケースが多いのですね。

村上:もう一つの要因は、IPOの減少です。IPOの難易度が上がり件数が減っているため、相対的にM&Aの比率が計算上上がって見えているだけという側面もあります。スタートアップの総数や投下された資金量に対して実際に成約している割合で見ると、決して「増えている」とは言えないのが私の感覚です。

なぜ今、M&Aの検討数が急増しているのか

野村:実際に成約するかは別として、M&Aを検討する企業自体が一気に増えた背景には何があるのでしょうか。

村上:大きく分けて、「起業家側の事情」と「投資家側の事情」があります。まず起業家側ですが、5~10年前は「IPO以外は負け戦」という認識が強く、M&Aを検討する人は稀でした。しかし近年、IPOの年間枠は限られている上に、審査基準やバリュエーション(企業価値評価)の維持が厳しくなっています。IPO一本槍では事業成長や資本政策が続かないと合理的に判断し、M&Aを現実的な選択肢として考え始めています。

野村:投資家側の事情についてはいかがですか。

村上:ファンドの満期問題があります。日本のスタートアップエコシステムに資金が大きく還流し始めたのが2017年頃からですが、ファンドの運用期間は大体10年です。つまり、2027~28年頃には資金を回収しなければなりません。

現在、多くのファンドが「含み益(アンリアライズド・ゲイン)」はあっても、実際に現金化(リアライズ)できていない状態です。出資者からの回収圧力も高まる中で、IPOがすぐにできないとなれば、ファンド側としてもM&Aによる回収を望むようになります。起業家も投資家もM&Aを必要とし始めている、これが検討数急増の背景です。

成約を阻む「デッドロック」…利害調整がつかない構造

野村:起業家も投資家もM&Aを検討しているのに、なぜ実際には成約件数が伸びないのでしょうか。買い手との金額が折り合わないということですか。

村上:金額の折り合いはもちろん大きな論点ですが、より深刻なのはスタートアップ特有の複雑な資本構成による「デッドロック(膠着状態)」です。

野村:デッドロック、ですか。

村上:分かりやすくタワーマンションの総会で例えてみましょう。500戸のマンションで、皆同じ間取りに住んでいるとします。しかし、購入時期によって価格が違い、ある人は1000万円、ある人は1億円、ある人は10億円で買っています。このマンションをデベロッパーが「一律5000万円で買い取ります」と提案したらどうなるでしょうか。

野村:1000万円で買った人は喜びますが、10億円で買った人は大損なので絶対反対しますね。

村上:その通りです。スタートアップも同様で、シリーズA、B、Cと異なるタイミング、異なる株価で株主が入ってきます。さらに優先株などの条件も異なります。M&Aの提案があった時、「自分にとっては利益が出るが、あの人にとっては損になる」という状況が生まれ、利害調整がつかなくなるのです。

「全員が拒否権をもつ」というガバナンスの罠

野村:そのような利害の不一致が起きた場合、どのように意思決定をするのでしょうか。

村上:ここが最大の問題点です。日本のスタートアップ投資契約では、初期の投資家も含めて多くの株主が「拒否権」を持っているケースが多々あります。全員が「イエス」と言わないと進められない構造になっているのです。

野村:それは身動きが取れなくなりますね。

村上:本来であれば、M&Aのような重要な決定は取締役会の多数決などで決めるなど、シンプルな意思決定プロセスを設計しておくべきでした。しかし、過去10年間の慣習として、投資家全員にいい顔をして、それぞれの権利を維持したまま進めてしまった結果、いざという時に「説得しなければならない人が多すぎる」という事態に陥っています。

野村:従業員のストックオプション(SO)などの扱いも難しそうですね。

村上:おっしゃる通りです。M&A時にSOが買い取られない、あるいは権利が消滅するような条件だと、従業員を守りたい経営者は反対します。経営者自身も、優先株主への分配を優先すると手元に一銭も残らないケースがあり、そうなると売却のインセンティブが働きません。

エコシステムを停滞させないために必要なこと

野村:お話を伺っていると、IPOも厳しい、M&Aも調整がつかないとなると、スタートアップはどうなってしまうのでしょうか。

村上:結果として、消去法的に「もう少し粘ろう」という選択にならざるを得ません。幸い、市場には待機資金(ドライパウダー)があるので、資金を繋いで成長を目指すことは可能です。しかし、出口が詰まったまま会社だけが溜まっていく状況は、エコシステム全体の新陳代謝として不健全です。

野村:今後、この状況を打破するためには何が必要だとお考えですか。

村上:根本的な契約ルールやガバナンス構造の見直しが必要です。「お互いやりたいけれどできない」という不幸な状態を避けるために、初期の投資家の拒否権を段階的に解消する、あるいはM&Aの決定権を集約するといった設計を、最初から組み込んでいく必要があります。

スタートアップが社会に統合され、次のサイクルを生み出すためにも、この「出口戦略のデッドロック」を解消することは非常に重要な課題だと感じています。

<聞き手・野村高文>
Podcastプロデューサー・編集者。PHP研究所、ボストン・コンサルティング・グループ、NewsPicksを経て独立し、現在はPodcast Studio Chronicle代表。毎週月曜日の朝6時に配信しているTBS Podcast「東京ビジネスハブ」のパーソナリティを務める。

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