【獣医師執筆】赤み、フケ、激しい痒み…13歳のダックスが皮膚リンパ腫と向き合った769日
犬の皮膚リンパ腫は見た目は単なる皮膚炎のように見えながら、実は命に関わる腫瘍が潜んでいることがあります。今回紹介するのは、強い痒みと皮膚症状に悩まされた13歳のダックスが「769日」という長い時間を病気と共に過ごした症例報告です。新しい治療薬サイトポイントが、その生活をどのように支えたのかを丁寧に追っていきます(参考文献:獣医臨床皮膚科 31 (2): 89–94, 2025)。
「ただの膿皮症じゃない」違和感から始まった診断への道

13歳のミニチュアダックスが動物病院を訪れたのは、肩甲部に赤みと脱毛、そしてカサブタが広がったことがきっかけでした。もともと膿皮症の治療歴があったため、最初は細菌感染を疑って一般的な抗生物質で治療が始まりました。しかし数日後には、左右のお腹から背中にかけて同じような病変が広がり、次第に「何か違う」という感覚が強まっていきます。
詳しい検査を行った結果、腫瘍の存在が示されました。診断は皮膚リンパ腫。治療しても予後が短いとされる腫瘍であり、これまでの文献では数ヶ月の生存が平均と報告されています。
しかしこの時点での痒みは非常に軽度であり、飼い主は積極的な抗がん治療よりも様子を見ることを選択しました。けれども病気は静かに進行し、約2か月後には赤みやフケが増え、痒みも悪化。ここから、この犬の「769日の闘病」が本格的に始まります。
症状を和らげるために選ばれた“サイトポイント”という選択

病状が悪化した65日目、獣医師はサイトポイントという注射薬の使用を提案しました。この薬は本来アトピー性皮膚炎の痒みを抑える治療薬で、IL-31という“かゆみを起こす物質”を阻害します。皮膚リンパ腫でもIL-31が痒みに関与する研究が報告されており、この犬でも「まず痒みを抑え、生活の質を守ること」が治療の大きな目的となりました。
初回投与後、痒みは劇的に改善しました。しかし皮膚そのものの赤みやフケは残り、4週間たつと再び痒みが戻るため、注射を続けながら状況を見守ることに。112日目には感染を合併したため、抗生物質の注射も追加されましたが、それでも病気は波のように良くなったり悪化したりを繰り返します。
やがて腫瘍の進行に伴う皮疹の悪化が明らかになり、サイトポイントは少しずつ増量されました。興味深いのは、サイトポイントを増量するたびに痒みだけでなく皮疹も改善していったことです。これはIL-31が単に痒みだけでなく皮膚の炎症にも関わっている可能性を示しており、症例報告でもその点が考察されています。
ロキベトマブを中心に、必要に応じてステロイドや抗生剤を加えながら治療が継続され、皮膚の症状は悪化と改善を繰り返しつつも、日常生活を大きく損なうことなく長期間維持されました。皮膚リンパ腫は通常予後が極めて悪い腫瘍であるにもかかわらず、この犬は769日という、報告の中でも非常に長い生存期間を得ることができました。
暮らしを守りながら病気と向き合った「769日」の意味

この犬の最後の数週間、サイトポイントをさらに増量しても痒みや皮疹が徐々に戻りはじめましたが、再度の投与で多くの病変は落ち着きを取り戻しました。治療による明らかな重い副作用は認められず、身体への負担を抑えながら症状を管理できた点は、飼い主にとって大きな安心につながったはずです。
最終的な死因は皮膚リンパ腫ではなく急性膵炎でした。サイトポイントとの関連は明確でなく、臨床的にも重い消化器障害を起こす証拠はないと報告されています。ただし高用量使用は承認範囲外であり、症例の蓄積が必要である点も指摘されています。
それでも、この症例が示したものは極めて大きいと言えます。皮膚リンパ腫は完治が困難であり、病気の進行を完全に止めることは難しくても、痒みを減らし、赤みを落ち着かせ、眠れる夜を取り戻す。それが犬と家族にとってどれほど重要な意味を持つかは、13歳で発症し、769日を家族と共に過ごしたこのダックスが教えてくれます。
まとめ

皮膚リンパ腫は治療がむずかしい腫瘍ですが、症例によってはサイトポイントのような新しい治療が生活の質を大きく支えます。このダックスは痒みと皮疹を抑えながら769日を家族と過ごしました。完治が難しい病気でも、症状を和らげる治療は確かな希望になります。
(参考文献:獣医臨床皮膚科 31 (2): 89–94, 2025)
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