【2月12日はペニシリンの日】嫌われ者の「カビ」が人類を救う? アオカビの発見から98年、西表島の黒カビが脳梗塞治療の新たな希望へ

2026-02-13 11:10

寒さが厳しく、インフルエンザなどの感染症が猛威を振るう2月ですが、その感染症の治療に欠かせない治療薬の一つペニシリンをご存じでしょうか? 実は、2月12日は「ペニシリンの日」。1941年のこの日、イギリス・オックスフォード大学附属病院にて、世界初となるペニシリンの臨床試験が成功したのです。

一般家庭においては、食品を腐らせたり、掃除の手間を増やしたりと、とかく「嫌われ者」扱いされがちなカビ。しかし、医療の世界においてカビは、人類を救うスーパーヒーローとも呼べる存在です。

これまでにカビから発見された医薬品は、感染症治療のみならず、心血管疾患や寄生虫疾患など、多岐にわたる領域で画期的な治療法をもたらしてきました。

その代表格である「ペニシリン」は、1928年にアオカビから発見されました。偶然の発見から始まったこの物語、子供の頃に偉人伝の漫画や、医療ドラマなどで目にしたことがある人も多いのではないでしょうか?

そしてペニシリン発見から約1世紀。今、新たな「カビ」が、現代の難病である脳梗塞治療に革命を起こそうとしています。

医療の歴史を変えた「カビ」の功績

一見、好ましくない存在と思われがちなカビですが、実は人類の医療を大きく前進させてきた立役者。ここでは、カビが生んだ2つの偉大な発明について振り返ります。


◆ペニシリン(アオカビ由来)
1928年、イギリスの細菌学者アレクサンダー・フレミングがアオカビから発見した世界初の抗生物質。
それまで致命的だった細菌感染症の治療に革命をもたらし、第二次世界大戦中には無数の命を救いました。現在でも感染症治療薬の一つとして使用されており、20世紀最大の医学的発見の一つと評価されています。フレミングはこの功績により、1945年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

◆スタチン(アオカビ・青カビの一種などから発見)
1973年に遠藤章博士によって発見されたコレステロール低下薬。
肝臓でのコレステロール合成を抑制することで動脈硬化を防ぎ、心筋梗塞や脳卒中のリスクを減少させる効果があります。現在も世界で2億人もの患者に使用されている「スタチン」は、心血管疾患予防の切り札的存在。遠藤博士は、後述するTMS-007の生みの親である蓮見惠司氏(株式会社ティムス)の恩師でもあります。

西表島の黒カビから誕生! 脳梗塞治療薬「TMS-007」とは

世界自然遺産にも登録されている沖縄県・西表島の「黒カビ」から、ペニシリン、スタチンに続く新たな希望が生まれました。それが、株式会社ティムスが開発を進める脳梗塞治療薬の新薬候補「TMS-007」です。

現在、脳梗塞の急性期治療に用いられる薬は、発症から「原則4.5時間以内」の投与に限られています。しかし、TMS-007は血栓溶解作用に加え、炎症を抑える作用も併せ持っているのが最大の特徴。この2つの作用により、血栓を溶かしつつ、脳を保護的に働くことが示唆されています。

これまでの臨床試験(前期第2相臨床試験)で示された、TMS-007の3つの画期的なポイントを解説します。

①安全性

TMS-007を投与した群とプラセボ(偽薬)群を比較した解析において、好ましくない兆候や症状(有害事象)の増加は認められませんでした。高い安全性が期待されています。

②治療可能時間を拡大

既存薬の「4.5時間以内」という厳しい制限を大きく超える、「12時間」の枠で臨床試験を実施。平均的な投与時間が発症後9時間程度であったにもかかわらず、プラセボ群と比較して脳出血などの副作用は増加しませんでした。
現在はさらに、発症後最大24時間まで投与時間を拡大した国際臨床試験が進められています。

③後遺症を抑える

脳梗塞発症90日後に「後遺症のない状態(自立して生活できるレベル)」まで回復した患者の割合は、プラセボ群18.4%に対し、TMS-007投与群では40.4%。統計学的にも有意な差となり、予後の改善に大きな期待が寄せられています。

超高齢社会・日本の救世主となるか? 専門家が語る期待

脳卒中(脳梗塞含む)は日本人の死因第4位であり、要介護原因の第1位となる重大疾患です。超高齢社会を迎えた日本において、脳卒中後の後遺症軽減は、患者本人のQOL(生活の質)向上はもちろん、家族の介護負担軽減や医療費抑制の観点からも喫緊の課題。そこに登場したTMS-007が秘める可能性について、開発者と専門家は次のように語っています。

微生物がつくる生理活性物質の探求研究について
株式会社ティムス 取締役会長 農学博士 蓮見惠司氏


ペニシリン発見から約100年、カビは今も人類を救い続けています。フレミングがアオカビから抗菌作用を見出したように、私たちは西表島の黒カビから血栓溶解促進作用を発見しました。微生物は長い進化の過程で多様な化合物を生み出してきました。その中には、人類が直面する医療課題を解決する鍵が隠されています。このような探索研究は画期的な医薬品を生む強力な武器であり、TMS-007の発見と開発もその系譜に連なる成果だと考えています。

TMS-007の位置づけについて
東北大学大学院 医工学研究科 神経再建医工学分野 新妻邦泰先生


SMTP化合物(TMS-007)はカビが生産する天然物で、血栓溶解に加え抗炎症・抗酸化など“脳を守る”多面的作用を併せ持つ血栓溶解薬として、従来薬とは異なるアプローチが可能です。脳梗塞は時間との闘いで、治療の遅れが後遺症に直結します。私自身、動物モデルで顕著な効果を確認し、国内の前期第2相試験にも携わりました。治療可能時間を拡げ、より多くの患者さんに届ける新しい選択肢として、早期の実用化と国際試験の成功を期待します。

大学発ベンチャー「ティムス」の挑戦

この画期的な新薬候補「TMS-007」を開発しているのは、2005年に設立された東京農工大学発のベンチャー企業、株式会社ティムスです。同社は、スタチンの発見者である遠藤章博士の研究の流れを汲む蓮見惠司氏らが、微生物由来の医薬シーズを実用化するために設立しました。

2018年には、米国の製薬大手バイオジェンと総額3億5,700万ドル規模のオプション契約を締結するなど、日本のバイオベンチャーとして世界的な注目を集めています。現在は20ヶ国に及ぶ大規模な国際臨床試験(ORION試験)にて、TMS-007の効果を検証中です。

ペニシリンの発見から98年。かつてアオカビが感染症から人類を救ったように、今度は西表島の黒カビが、脳梗塞という現代の脅威から私たちを救ってくれるかもしれません。

2月12日の「ペニシリンの日」をきっかけに、普段は嫌われがちな「カビ」が秘めた無限の可能性と、そこから生まれる新たな医療の未来に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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