小泉今日子60歳の生き方「みんな怖いなら、私が先に行ってみる」 還暦で選ぶ休養はこれからのための“旅人”の時間【news23】

小泉今日子さんと、筆者である、私、上村彩子(TBSアナウンサー)はTBSラジオ「サステバ」で2年ほど共演していて、普段は「キョンさん」「さえちゃん」と呼び合っています。
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小泉さんは、いつも自然体で、でもぶれない芯があって、とにかくかっこいい。
世間では「老化」と呼ばれるものを「進化」と捉え、年齢を重ねることを前向きで希望のあるものとして見せてくれる存在です。
そんな憧れの存在だったからこそ、「自分でキョンさんのことを伝えたい」と思いご本人に直談判し、独占インタビューが実現しました。
還暦という節目のいま、何を思うのか。放送では時間の都合で入りきらなかった部分も含めてこの記事でお伝えできればと思います。
「存在自体がジャンル」小泉今日子さんが語るアイドル論
アイドルデビューから44年。1982年に歌手デビューした小泉さん。「キョンキョン」の愛称で親しまれ、トップアイドルへと駆け上がりました。
上村
「今、全国ツアーの真っ只中ですが、60歳になっても歌っていると思っていましたか?」
小泉今日子さん
「思っていなかったですね。(デビューした)16歳にとって10年後もすごい遠い未来に感じていたから、10年歌うと思っていなくて、その頃。でも、それが積み重なっていって、今44年になって。人生の途中ではもっと別のことを学ばなきゃと思ってあまり公で歌っていなかった時期も多少あったりして。今また歌うことというか、ライブが楽しくてですね。いい仲間がたくさんいて、みんなで同じ方向を向いて何か作っているという環境が今とても幸せなんです。だから、(今でも歌っているとは)思っていなかったけど、『すごいいい場所にたどり着いたな』という感覚はありますね」
上村
「ラジオでは共演していますが、私は誕生日当日のNHKホールで初めてスーパーアイドルとしての小泉さんを間近で見させていただいた。まだまだ現役のアイドルとご自身で捉えていますか?」
小泉今日子さん
「自分では私は『アイドルです』と歌の中でしか言ったことがない。違和感とは言わないけど、若い頃に『アイドルって何なんだろう』と思って、辞書で調べたら『偶像』というふうに出てきて、その『存在自体がジャンルなんだ』と納得をして、だとしたら、どんな音楽をやっても、どんなお洋服を着てもアリなんじゃない?という、勝手に持論を自分の中で見つけて、色んなことにチャレンジ出来た。だからそういう意味では、未だに私はアイドルなのかもしれないです」
上村
「『ChatGPT』に『小泉今日子さんはまだアイドルですか?』と聞いてみたんです。そうしたら『アイドル性を再構築した存在』『若さを売らないアイドルのロールモデルで日本でほぼ唯一成功させた人』と出てきました」
小泉今日子さん
「ありがたいです。嬉しいです。形としてのカテゴライズというのは、本当はその言葉に当てはまらないんじゃないかなというのはずっと感じているので。だからそれを更新していけば、ずっとその言葉で呼ばれるってことでいいのかなという気はしています」
『別に昨日と変わらない今日』迎えた「60歳」 これからは旅人?
全国ツアーのさなか、迎えた誕生日。本番前、取材に応じてくれました。
上村
「日付が変わる瞬間は何をされていましたか?」
小泉今日子さん
「寝てました。本当に誕生日とか、あまり意識しないようにしていて」
それでも、ネイルは“還暦”を意識した赤に。少し色味の異なる2色の赤が交互に塗られていました。普段はご自身でマニキュアを塗られていますが、全国ツアー中はなかなか時間がとれないからと、人生3、4回目くらいのジェルネイルにされたそうです。
小泉今日子さん
「60歳になると、人によっては定年退職を迎える年。だからきっと私にとっても、何かの節目なんだろうなと思って生きていて、なんか迎えてみると『別に昨日と変わらない今日が来た』という感じだった」
「5月までこのツアーがずっと続く。それが終わったら少し久しぶりに休養期間をいただいて、その間に『これから何をしようか』と考える時間をちょっと設けてみようかなと」
「どうしても日常的に仕事をしていると、インプットよりアウトプットの方が多くて、でもそれで苦しいときもあるんですね。なので完全にインプット期間という感じで。若い頃は色んなところに旅をして、そこで見たもの感じたものが作品に繋がっていくような感覚があったんですけど、それを久しく味わっていないので。ツアーが終わったら、私は旅人になろうと思ってます」
上村
「そこで自分がどんなことを吸収して、どんなことを表現したいと思うのか。心の思うままに?」
小泉今日子さん
「なんか計画を立てるのがあまり好きじゃないというか苦手で、なので割とピンボールみたいに、ポンってこっち行って、ここでこっちに跳ね返ってというような生き方が好きなので、旅もきっとそんな感じになると思います」
『ルール内の中で違うことを考える』小泉今日子さんの原点とは
上村
「小泉さんが軽やかに還暦の歳を飛び越えていった。それまでに不安はなかったのか、歳を重ねることについてどう思われますか?」
小泉今日子さん
「私は子どもを持たなかったんですけど、30代40代になると、周りみんな子育てをしていて、みんな大変そうだけど、自分はそこに入っていなくて。こんなことでいいんだろうかとか、体の変化も大きくあったりして、もちろんずっと不安なんですよね。だけど、その後から歩いてくる人はもっと不安だから、自分が体験したこと、感じたことをきちんと発信したり残して、安心させてあげたいっていうのはあって。『みんな怖いんだったら、私先に行ってみるよ』という感覚があります、いつも」
上村
「“ファーストペンギン”ってことですね?怖くないですか?」
小泉今日子さん
「怖いけど、失敗しても、そこを飛んだことはみんな評価してくれるだろうみたいな」
小泉さんは、俳優としても数多くの作品に出演。さらに、執筆家、プロデューサー業など活躍の場を広げてきました。
仕事の原点にあるのは、「当たり前を疑う」姿勢です。
小泉今日子さん
「普通こうだからっていう価値観でできる仕事じゃないとは思っていて、その概念みたいなことを、必ず1回見直してみるというのはある。ルール内の中でちょっと違うことを考えるみたいなのが、いつも発想の原点にはなってますね」
「行きますとも!」有言実行 被災地の能登へ
2025年12月。小泉さんは、能登半島地震の被災地にいました。
訪ねたのは、「臨時災害放送局」として地域の情報を発信する町野町のラジオ番組。きっかけは、2025年3月にTBSラジオ「サステバ」宛てに届いた、ラジオ番組の立ち上げメンバーであるお米農家の山下祐介さんからのメッセージです。
「町野がいまどんな状況になっているのか肌で感じていただきたい。開局したあかつきには町野にお越しいただき、ラジオにもご出演いただけたら大変嬉しい」という言葉に対し、「行きますとも!もっとお話を伺ってみたい気もしますし、5月以降だったら、ドラマも終わってるし。私は、こういうことは、本当に大事だと思うんです。私たちができること」と応えたのです。
小泉今日子さん
「楽しかった一瞬、幸せだなと思った何秒。それを積み重ねて自分の人生ができていく。 なるべく楽しいと思うことや、『これ美味しい』『幸せ』ということを本当に積み重ねていって欲しいです。それが一番元気が出るかな」
小泉今日子さん
「ニュースって更新されていっちゃうけど、やっぱり行ってみるとまだまだ道路がグチャグチャになっていたりとか、いつも意識することは難しいかもしれないけど、やっぱり被害に遭った人たちのことを、その土地のことを、もうちょっと考える時間が、思う時間が、まだまだ必要なんだなと」
小泉さんが能登に残したメッセージは…
「元気でいてね。楽しい時間も過ごしてね。また来ます。小泉今日子」
一人一人に丁寧に対応し、暮らしの様子など直接質問され寄り添う姿が印象的でした。
「今やらないで どうする」小泉今日子さんの思いと生き方
上村
「今の世の中でどんなことが気になっていますか?」
小泉今日子さん
「もうたくさん気になることはありますね。小さいときから、日常の中に戦争の話があった。父は父で特攻隊に入りたいと思ったけど、歳がいくつか足りなくて自分は行けなかった。でも(特攻隊に)行けなかったから『今があって君たちがいる』というような話を聞いたりとか」
「だからこそ、すごく平和で豊かな未来があるという希望を大人たちに見せてもらいながら、のほほんと育った世代だと思っています。本当に誰かに任せておけば、未来は希望しかないんじゃないかと思いこんで生きてきたと思うが、今ってちょっと…そうではなくなってきている。私たちが無関心でいた時間というのも関係しているような気がして、本当に申し訳ないような気がしたり、取り戻せないものもあるかもしれないですけれど『今やらないで、どうする』という気持ちはすごく持っています」
「今やらないで、どうする」。その思いは、行動につながっています。
ライブツアーでは、近年のクマ出没を受け、山にどんぐりの植樹を行う寄付プロジェクトを実施。野生生物が豊かに暮らせる山を育むことで、人の暮らしと動物たちが共に生きられる関係を目指したいという思いからです。プレゼントや差し入れはすべて辞退し、「もしよかったら同じ未来を目指しませんか」と呼びかけ、多くのファンがこのプロジェクトに賛同し寄付しています。
また、「きみのとくとう席プロジェクト」では、文化的・体験的な格差の是正を目的に、施設の子どもたちなどを招待しました。
やった方がいいとはわかっていても、このように行動に移せる方は少ないと思います。
上村
「このようなことをフットワーク軽くできるのは、なぜなのでしょうか?」
小泉今日子さん
「外にも内にも、たくさんの仲間がいるということですよね。できることがあるのに、なかなか面倒くさくて踏み込めないことってあると思うんですよね。みんなそんなふうに感じていると思うけど、誰かが前例を作ったら、なんだ、できるじゃんっていうことになる気がして。」
「なぜできるかって言ったら、ピョンっと飛び越えるファーストペンギンになるぐらいのメンタルの強さと体の強さがありますよって感じかもしれないです」
上村
「私4、5番目くらいで見てるタイプです」
「力強いおばあちゃんになりたい」最後に語った一言
最後に、こんな質問をしました。
小泉さんの楽曲『100%』の歌詞に「とびきりカワイイおばちゃんに絶対なるから」という歌詞があるので、ご本人はどう思っているのか聞いてみたかったのです。
上村
「10年~15年先、どんなおばあちゃんになりたいですか?」
小泉今日子さん
「もう実際おばあちゃんなんですけど…きちんと自分が生きてきたことや見てきたことを、そういうものをちゃんと纏って、力強いおばあちゃんになりたいですね」
取材を終えて 4番目のペンギンにかけた言葉
かつてからラジオなどで還暦を迎える心境やその先の休養についてお話されることはありましたが、今回のインタビューでは、どのような思考から「小泉さん流の人生の選択」をされているのかをじっくりとお話を伺うことができました。
実は、ファーストペンギンのくだりで「4、5番目くらいで見てるタイプです」と言った私に、小泉さんからはこんな言葉がありました。
「でも、4、5番目で見ているひとには、見たことを伝えるという役割が。私とかは先に飛んじゃうから見てないから(笑)4番目で見てるひとは、こういうことが起こって、こうやって飛んでいきましたってちゃんと伝えてくれるから。飛ぶときにこうしたほうがいいよとか。みんなでやっぱりできることですよね」
こんなに優しく愛にあふれた言葉をかけてくださるのが小泉今日子さんという人です。私はまさに4番目のペンギンで、勇気あふれるファーストペンギンのことを世の中に伝えたい、その使命があると思いました。
休養を経た小泉さんが、どんなことを感じたのか。60代でチャレンジしたいことは見つかったのか。またいつか、ゆっくりお話を伺えたらと思っています。
そして私もいつか、憧れの眼差しで見ているだけの4番目ではなく、小泉さんのようなファーストペンギンになれるように年齢を重ねていきたいと思います。
取材:上村彩子、吉田謙治、横山菜穂、岸本万由子
編集:山本敦史