安青錦「それが分かっていれば、勝てた」綱とりの場所で味わった土俵人生初の屈辱 骨折判明&カド番で試練の夏場所に

快進撃を続けてきた大関安青錦(22)が初めての「屈辱」を味わった。昨年九州場所から2場所連続優勝して、綱とりを狙った3月の春場所(エディオンアリーナ大阪)で土俵人生初の負け越し。一転、5月の夏場所(東京・国技館)ではカド番を迎える。ウクライナ出身の青い目の侍は、浪速の春で相撲の奥深さを学んだ。
場所前は好調を伝えられていたが、2日目に幕下時代から過去4戦で1勝3敗だった苦手の義ノ富士の猛攻に初黒星を喫した。立ち合いの突っ張り合いから潜り込んだが、出し投げで崩され、上体が起きたところを寄り倒された。3、5日目は勝ったものの、6日目から自身2度目の3連敗。幕内で自己ワーストの5敗目を喫し、前半で綱とりの夢は立たれた。
敗戦は、頭を下げて低い体勢を維持する安青錦への対策が、十分に練られていることを感じさせる取組が多かった。6日目の王鵬戦は両差しを果たしたが怪力で極められ、先場所優勝決定戦で下した7日目の巨漢熱海富士には同じ首投げにいったが不発。胸を合わされて土俵際の投げに屈した。
小兵の泣き所である大きな相撲を取られた印象が強いが、それ以上に気になったのは4日目の美ノ海戦だ。相撲巧者ではあるが、それほど体格差のない相手に粘り合いの中で先に引いて、呼び込んでしまった。「我慢」が身上。これまで先に引き技を出すことはほとんどなかった大関のリズムが、狂いだしているのを感じた。
実は場所中から左足を気にしていた。土俵上では一切、そんな仕草は見せなかったが、着替えて支度部屋を去る際に少し庇っていたという。柔道も同じだが、格闘技で体重差を無視して無差別で戦う場合、体の大きな者はけがで80%の状態なら約8割の力を出せるが、小さい者は100%に近くないと戦える力が出ないと言われる。場所後の巡業を途中休場した時点で、左足小指の骨折と発表された。出場した以上、言い訳にはならないが、どこで、いつ痛めたのか。骨折は最初からなのか、最終的にか、も分からない。だが、下半身に不安があっては、力を出し切れないのも致し方なかったのだろう。
終盤は大関琴桜、優勝して再度大関に返り咲く霧島を破り、存在感は見せた。だが、7勝7敗で迎えた千秋楽の結びの一番。優勝決定戦を含めて過去5戦5勝だった横綱豊昇龍の掛け投げで横転した。初の負け越しという屈辱を綱への挑戦場所で味わった。
花道から務めて淡々と引き上げてきた安青錦だが、その心境は察するに余りある。風呂場のドアが閉まるまでの数秒間、タイルに両膝をついて前のめりになっている姿が見えた。後方からなので、両手をついていたのかは確認できなかった。だが、小刻みに揺れる背中が胸の内を物語っていた。
それでも最後、長い風呂から出てきた大関は、前を向いてしっかりと報道陣に対応した。試練の15日間の印象を、「当然、いい時もあれば、悪い時もあった。それでも最後まで出られたのは良かった」と答えた。「自分らしさを出せなかった悔しさがある。今までにない経験をした。悔しさを知ったので、またさらに強くなって戻ってきて、こういう経験をしないようにしたい」。そこでもけがを言い出すことはなかった。短い時間ではあったが、一度も下は向かなかった。
初土俵から続いていた連続勝ち越しが14場所で途絶えた。だが、それはこれまでが出来過ぎだったと考えた方がいいだろう。入幕後、6場所連続2桁勝利を挙げてきたが、最高は優勝した2場所の12勝。横綱になってから春場所のような事態になると休場、もしくは立ち直れないとそのまま引退へも直結する。ここで一度、壁を感じ、跳ね返されたことが必ず次への飛躍につながるはずだ。
ちなみに同じ前相撲から大横綱になった面々でも、あの大鵬が10場所目の幕下時代、北の湖は序二段の3場所目、千代の富士も同じ序二段の5場所目、貴乃花は幕下の8場所目、白鵬に至っては初土俵の翌場所、序ノ口で負け越している。各力士はそんな経験を積み上げながら、最後には本当の強さを手に入れていった。
8敗した原因を聞かれた安青錦は「それが分かっていれば、勝てた」と話した。今後は研究してくる相手を上回る技術、気迫を身に付けなければならない。それにはまずはけがを治して体調万全にすることからだが、取り口的には立ち合いだろう。自分の形を作ることに集中している安青錦は、踏み込んで相手に圧力をかける場面が少ない。今は「後の先」で勝っているが、立ち合いの鋭い相手への苦戦を減らすためにも、踏み込みの厳しさが欲しい。次は間合いが近くなった時の対応だ。起こされて、胸が合うと攻め手が首投げくらいしかない。起こされないのが一番なのは間違いない。だが、今後は良い形になるばかりではなく、稽古場でも苦しい体勢からどうやって粘るか、の稽古が必要ではないか。
春場所が終わった翌日が22歳の誕生日だった。「良い誕生日にしたい」と言っていたが、今年は無念の記念日になった。ここから一つレベルアップするか、逆にこのまま停滞してしまうか。来年の春。この若者は、どんな誕生日を迎えているだろうか。
(竹園隆浩/スポーツライター)