ASEAN10か国の先生たちが日本で見つけた「教育のヒント」国際交流基金がつなぐ学びの輪

2026-08-25 08:00

海外の教育現場で活躍する先生たちが日本の学校を訪れたとき、いったいどんなところに目を留め、何を自国へ持ち帰ろうとするのでしょうか。

独立行政法人国際交流基金(JF)が実施する「日ASEAN中高教員交流事業」では、ASEAN各国の校長や教員、教育行政関係者らが来日し、日本の学校や教育機関などを訪問しました。宮城県では、生徒が自ら考える授業や特別支援教育、教員養成、ICTを活用した教育、さらに東日本大震災の経験を伝える防災教育にも触れています。参加者は、それぞれの現場で「自国や自校に何を持ち帰れるのか」という視点を持ちながら、熱心に学びを深めていきました。

そして、この交流で新たな気づきを得たのは、ASEANの先生たちだけではありません。迎えた日本の学校や教育関係者にとっても、普段の教育を改めて見つめ直す機会になったといいます。国や文化を越えて先生たちが出会ったことで、双方にどのような「教育のヒント」が生まれたのでしょうか。今回の交流の背景とともに、その足跡をたどります。

なぜASEANの先生たちを日本へ?国際交流基金がつなぐ教育交流

今回の学校訪問は、海外の教育関係者に日本の教育を紹介するだけの取り組みではありません。国際交流基金が実施する「日ASEAN中高教員交流事業」は、日本とASEANの教育に携わる人々が直接顔を合わせ、それぞれが抱える教育や社会の課題について知見を共有し、相互理解を深めることを目的としています。

この事業は、国際交流基金が2024年から10年間にわたって展開する「次世代共創パートナーシップ―文化のWA2.0―」の一環です。「日本の友人をふやし、世界との絆をはぐくむ。」というミッションのもと、日本語教育や文化芸術、日本研究、国際対話などを通じて、人と人との長期的なつながりを育んでいます。なかでも大切にされているのが、一方から何かを伝えるだけではなく、お互いを知り、ともに考える「双方向」の交流です。

「日ASEAN中高教員交流事業」は2024年度にスタートし、初年度は55名、2025年度には98名の先生たちが参加。日本各地の学校を訪ね、交流を重ねてきました。2026年度は3年目を迎え、6月にはASEAN各国から校長や教員、教育行政関係者らが来日。学校での授業や教育の仕組みだけでなく、防災やICT、日本文化などにも触れながら、それぞれの立場で学びを深めました。

学校や国が違えば、教育を取り巻く環境や抱えている課題も異なります。それでも、「次の世代により良い教育を届けたい」という思いには、国境を越えて重なる部分があるはずです。日本で得た気づきが参加者によってそれぞれの国へ持ち帰られ、やがて現地の授業や教育へと還元されていく――。目の前の交流だけで終わらせないところにも、この事業ならではの意味が込められています。

「自分たちの学校でも」日本の教育現場で見つけたヒント

今回の交流で、ASEAN各国の教育関係者が強い関心を寄せた場所のひとつが、宮城県仙台二華中学校・高等学校です。同校では、生徒が自ら課題を見つけ、調査や分析を重ねながら解決策を考えていく課題研究の授業を視察。参加した先生たちは、グループワークに取り組む生徒たちに「何を調べているのか」「どのような方法で調査しているのか」と次々に質問し、視察時間いっぱいまで対話が続いたといいます。

先生たちの目に留まったのは、授業の内容だけではありませんでした。進路指導室の前には全国の大学のパンフレットが並べられ、生徒が必要なときにいつでも進路情報に触れられる環境が整えられていました。参加者の中には、その様子を熱心に写真に収め、「ぜひ自分たちの学校でも取り入れたい」と話す人もいたそうです。大がかりな設備だけではなく、生徒の自主性を後押しする身近な工夫にも、国を越えて共有できる教育のヒントがあったことがうかがえます。

さらに、校内では授業見学だけでなく、生徒たちとの交流も行われました。書道部では、参加者が実際に筆を手にして日本文化を体験。言葉や教育制度が違っていても、同じ場所で学び、体験し、言葉を交わすことで、学校という場所そのものが交流の舞台になっていきます。

交流を終えた参加者からは、仙台二華中学校・高等学校との今後の連携を希望する声も複数寄せられました。日本で見つけたものを「興味深かった」で終わらせず、「自分たちの学校ならどう生かせるだろう」と考える先生たち。その姿からは、この事業が目指す交流が、単なる学校視察の先へとつながり始めていることが感じられます。

教育を支える仕組みから「命を守る学び」まで――宮城で触れた日本の教育

仙台二華中学校・高等学校での交流だけでなく、参加者たちは宮城県内のさまざまな教育現場を訪れました。宮城県立秋保かがやき支援学校では、多様なニーズを持つ生徒に対応するための施設や教育上の工夫を見学。校内がきれいに保たれている背景に、産業技術科の生徒たちによる毎朝の清掃があることを知り、その仕事ぶりにも高い関心を寄せていました。

宮城教育大学の教職大学院では、教師を育てる仕組みや日本の教育が抱える課題に触れ、院生や教員との意見交換も行われました。理論だけでなく、実際の教育現場を意識しながら教師を育てていく取り組みを知ることで、日本の教育を「学校の中」だけではなく、それを支える人材育成の面からも理解する機会となりました。

そして、石巻市震災遺構門脇小学校では、教育のもうひとつの大切な役割である「命を守ること」と向き合いました。東日本大震災で被災した校舎や教室を前に、参加者たちは真剣な表情で説明に耳を傾けていたといいます。参加者がここで学んだのは、ひとつの危険から逃れたとしても安心するのではなく、その後に起こり得る別の危険まで想定して行動することの大切さです。津波に加えて火災でも大きな被害を受けた門脇小学校の経験から、日頃の備えや状況を冷静に見極める重要性について理解を深めました。

さらに、株式会社デジタル・ナレッジではICTを活用した教育にも触れています。教育環境や課題は国によって異なりますが、ICTをそれぞれの国の教育にどう生かせるのかを考える機会にもなったようです。特別支援教育、教師を育てる仕組み、防災、ICT――。異なる現場を巡ったからこそ、日本の教育を支えるさまざまな考え方に触れる時間となったようです。

教えたのではなく、互いに学んだ――交流が日本側にも残したもの

日本の教育現場を巡った参加者たちの心に強く残ったのは、授業の内容や教育制度だけではありませんでした。帰国直前に実施されたアンケートでは、「日本人の礼儀や他人への敬意、清潔さに対する意識の高さ」「生徒の規律、礼儀、学習への責任感」に触れる回答が多く寄せられています。ICTの活用や課題研究といった教育の仕組みに加え、学校生活の中に自然と根づいている日々の姿勢もまた、国を越えて伝わった「教育のヒント」だったようです。

一方で、今回の交流で新たな気づきを得たのは、ASEANの教育関係者だけではありません。受け入れた日本側からも、普段当たり前に行っているホームルームや清掃活動の意味を改めて考える機会になったという声が寄せられました。海外から訪れた教育関係者の視点を通すことで、日常の中にある教育の価値を、自分たち自身がもう一度見つける機会にもなったのです。

さらに、生徒と職員が一緒になって交流を迎えたことで学校全体に一体感が生まれたことや、海外の人々と積極的に交流する生徒の姿から、自校の国際教育への手応えを感じたという声もありました。なかには、海外から自分たちの学校に関心を向けてもらったことが、子どもたちの「世界からも注目されている」という自己肯定感につながったと感じた受け入れ先もあります。

日本から何かを「教える」、ASEANの先生たちがそれを「学ぶ」という一方向の関係ではなく、異なる教育や文化を持つ人たちが出会うことで、双方が自分たちの教育を見つめ直していく。そんな関係が生まれたことこそ、今回の交流が残した大きなものなのかもしれません。「共創」という言葉が、理念だけではなく、人と人が実際に出会うことで少しずつ形になっていく――そのことを感じさせる交流となりました。

国境を越えた「教育のヒント」が、それぞれの教室の未来へ

今回の交流でASEAN各国の教育関係者が持ち帰ったのは、授業の進め方やICTの活用方法といった目に見える仕組みだけではありません。生徒が自ら考えて学ぶ姿勢、日々の清掃や礼儀、災害から命を守るための備えなど、日本の学校では日常の一部となっていることにも、多くの気づきがあったようです。実際に参加者からは、日本の文化や教育制度から多くを学び、教育者や生徒との交流によって視野が広がったという声も寄せられています。

そして、その出会いは日本側にも新しい視点を残しました。普段何気なく続けている活動の意味を再確認したり、海外の先生たちと向き合う生徒の姿に成長を感じたり。国や文化が違うからこそ、相手の目を通して初めて気づく「自分たちの良さ」もあります。受け入れた学校からは、今回の出会いが末永い交流のきっかけになることを期待する声も寄せられました。

国際交流基金が目指しているのは、こうした人と人との交流を通じて、将来につながる信頼関係を育んでいくことです。日本で得た経験がASEAN各国へ持ち帰られ、いつか現地の教室で新しい学びへと姿を変えるかもしれません。そして、日本の学校にも今回の出会いから生まれたものが残っていきます。

一度の訪問ですべてが変わるわけではありません。それでも、先生と先生、生徒と先生、そして学校と学校が国境を越えて出会うことは、次の交流へつながる小さな一歩になります。今回、日本で見つけた「教育のヒント」が、それぞれの国の教室でどのように育っていくのか。これからの日本とASEANのつながりにも注目していきたいですね。


独立行政法人国際交流基金(JF) 概要

独立行政法人国際交流基金(JF)は、「日本の友人をふやし、世界との絆をはぐくむ。」をミッションに、文化芸術交流、海外における日本語教育、日本研究・国際対話などを通じて国際文化交流を行う日本で唯一の専門機関です。「次世代共創パートナーシップ―文化のWA2.0―」では、ASEANを中心とするアジア諸国と日本との人的交流を通じ、将来にわたる信頼関係の構築を目指しています。

公式サイト:https://www.jpf.go.jp/

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