「死ぬまで最先端にいたい」草間彌生さん(97)の生涯を辿る…幻覚で見た「水玉」が世界を魅了するアートに【news23】

前衛芸術家・草間彌生さんが亡くなりました。97歳でした。「水玉の女王」と呼ばれ、「亡くなる直前まで絵筆を手放さなかった」という草間さん。その生涯を辿ります。
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幻覚の「水玉」が世界を魅了 草間彌生さん(97)死去
幼い少女が幻覚で見た模様は、日本を、世界を美しく彩るアートになりました。
前衛芸術家・草間彌生さん。8月14日、多臓器不全のため亡くなっていたことがわかりました。97歳でした。
1929年、長野県松本市で生まれた草間さん。日本を代表する芸術家の幼少期は、母親との確執に苦しむ日々でした。
草間彌生さん(2001年)
「結局、お母さんが許さないわけですよ。取っ組み合いの喧嘩したくらい。絵を破かれたりして。絵を描いているとね、机をひっくり返すわけ」
その頃、「水玉」や「網目」模様の幻覚を見るようになったという草間さん。その絵を描くことで恐怖から逃れることができたそうです。
1957年、家族の反対を押し切り、単身、アメリカへ。
草間さん(2001年)
「世界的な美術家になりたいと思ったんです」
――日本じゃそれはできないと思いましたか?
「できないと思いました。最先端を行くことに無我夢中だった」
これまでの美術の概念を覆す草間さんの作品が日本や世界で認められるようになったのは、渡米から36年後のことでした。
「死ぬまで最先端にいたい」革新的な作品を次々と発表した“水玉の女王”
草間さん(2004年)
「『生と死』『愛と永遠』『無限の網』いろいろなテーマに向かって、自分なりの造形の世界を開拓してまいりました」
革新的な作品を次々と発表し、いつしか「水玉の女王」と呼ばれるようになった草間さん。そのアートは日本各地にあふれ、展覧会は世界中で開かれました。
草間さん
「人類の幸せと平和とかそういうことにおいて、自分たちは力の限り手伝うことができたら何でもしたいと思っています」
幻覚の恐怖から自身を救うために始めた「創作」。71歳の草間さんに、いまも創作を続けていることを問うと…
草間さん(2001年)
「死ぬまで最先端にいたい。苦しいけれど楽しい。やらなきゃいけないこといっぱいあるわけ」
公式サイトは27日、「美術を中心にパフォーマンス、小説、詩など多方面における前衛芸術家としての国際的な活動にすべてを捧げ、亡くなる直前まで絵筆を手放すことなく、愛による世界の救済という信念を貫き通した97歳の生涯でした」とコメントを発表しました。
2016年に文化勲章を受章した草間さん。自身の芸術を、未来へこう託しました。
草間さん(2016年)
「私はやっぱり文化勲章も欲しいと思ったけど、やっぱり絵を描いている方が幸福だとつくづく思いました。私が誠心誠意、芸術に心を込めているこの姿を見ていただければ、私はこれに勝る喜びはありません。皆さん、私が死んだあとも、私の芸術を愛していただきたいと私は心から願っております」