「大きな波が見え、死んでしまうと思った」船に乗っていた生徒が証言 辺野古沖転覆事故から半年 家族が追い求めた真相【news23】

TBS NEWS DIG Powered by JNN
2026-09-16 14:28

同志社国際高校の2年生だった、武石知華さん。今年3月、修学旅行で訪れた沖縄で、乗っていた船が転覆し、命を落としました。事故から半年。転覆した船に乗っていた生徒が私たちの取材に対し、「大きな波が見え、死んでしまうと思った」などと、当時の状況を証言しました。

【家族が関係者から集めた映像】海に投げ出された、生徒たちとみられる人影も…【写真を見る】

「ハグしてあげられない無力さが辛い」辺野古事故から半年

娘はなぜ、命を落とさなければならなかったのか。

家族は毎朝、知華さんのもとへ足を運びます。

武石知華さんの母
「知華のご遺骨があるところに手をあてて帰るが、自分のために来てる感じ」

事故から、半年。

武石知華さんの母
「もう半年だねって」
「あんなに楽しそうに出かけて行ったのになって...」

小川彩佳キャスター
「どんな姿を思い出す?」

武石知華さんの母
「よく辛かったり、学校で嫌なことがあると、『ママ、ハグして』って」
「ハグしてあげられない無力さが辛いですね」

修学旅行を楽しみにしていたという知華さん。沖縄に着いてからも、家族とは頻繁にメッセージを交わしていました。

武石知華さんの姉
「これが3月15日の9時4分。楽しんでるよって」

しかし翌16日、事故が起きました。

あの日 海で何が? 家族が探し出した“事故の詳細”

あの日、海で何があったのか。家族は真相を知るため、手がかりを一つずつ集めてきました。

事故当日、知華さんは平和学習として、「辺野古をボートに乗り海から見るコース」に参加。

家族が関係者から集めた映像には、生徒たちが狭い足場を抜け、2隻の船に乗り込む様子が映っていました。その中には、知華さんの姿もありました。

乗り込んだのは、米軍基地移設に反対する、“抗議船”でした。

しかし、家族は“抗議船”だと知らなかったと話します。

小川キャスター
「抗議船に乗るという説明は?」

武石知華さんの母
「聞いていなかったです。学校の説明会にも、しおりにもなかったですし。船を見たときにびっくりしました。椅子が真ん中にあるのも大人4人座ったらいっぱいいっぱいくらいで。『この船に十何人も乗ったんだ』って。(船に乗る直前の知華さんが)笑わないで口を噛み締めてて、結構怖かったんだろうなと」

「多くの生徒が船長さんに助けを求めて叫んでいました」生徒が証言

学校側は現地の下見をしておらず、引率した教員も船に乗っていませんでした。

しかし、知華さんを乗せた船は沖へ。

武石知華さん(家族提供の映像より)
「全部写真送って」

実は事故があった3月16日、名護市には「波浪注意報」が出ていました。

当時の状況について、船に乗っていた生徒の一人が、私たちの取材に応じました。

船に乗っていた生徒(news23の取材に対し)
「救命胴衣が船に置いてあったのでそれを各自着ました。正しい着用方法や万が一の際のレクチャーは特になかったように記憶しています。

大きな波が来て船がかなり揺れ、不安を感じました。その後すぐに先ほどの波よりも大きく見える波が遠くから見え、多くの生徒が船長さんに助けを求めて叫んでいました。『大丈夫ですか』や『やばくない?』など、状況を心配したり、確認したりするような言葉をかけていました」

そして、午前10時10分ごろ。

大きな波にあおられ、知華さんが乗っていないほうの船「不屈」が転覆しました。その瞬間の映像には、大きな白波に、何度も打ちつけられる船の姿が。海に投げ出された、生徒たちとみられる人影も映っています。

その2分後、知華さんが乗った「平和丸」も転覆しました。

「大きな波…次は死ぬ」知華さんが救出されたのは、転覆から約1時間後

船に乗っていた生徒(news23の取材に対し)
「水中では暗闇の中、洗濯機でぐるぐる回されているような感じでした。遠くから大きな波が見え、次こそは死んでしまうと思いました。

近くにいる生徒同士で手を繋ぎ集まっていましたが、波が来るたびバラバラに離れてまた集まってというのを繰り返していました。

4回波にのまれた後、足がギリギリ着くサンゴ礁の浅瀬に流れ着き、そこでスマホを持っていた生徒が海上保安庁への通報を行いました」

18人の生徒が、海に投げ出されました。知華さんが救出されたのは、転覆から約1時間後。搬送先の病院で、死亡が確認されました。

武石知華さんの母
「海を見て、よく知華だけの被害で済んだなと。
本人が最後船が転覆するときに何を思ったのかなと思うと、涙がとまらなくて。やっぱり乗らなきゃよかったって思っただろうし」

武石知華さんの姉
「(知華さんが)ひどい傷で『痛かったね、怖かったね』って。なんでこんなに傷だらけになっちゃったの?ともちゃんって」

「絶対忘れません」事故の後教員から手紙も…

知華さんが亡くなってから迎えた、初めてのお盆。

武石知華さんの母
「お盆がこんなに楽しみだったことはないです。お盆は残された人のためにあるんだなって」

この半年、家族は学校関係者らを刑事告訴するなどして、事故の全容解明を求めてきました。

一方、学校側も8月、保護者説明会を開催。危機管理マニュアルの不備などについて謝罪したといいます。

しかし、保護者からは。

生徒の保護者
「保護者に来る情報もすごく少なくて、それから遅い。遺族の皆さんが情報発信してくださって、それで我々保護者も色々なことを知る。本来、遺族がいまやられてることというのは、学校側が責任を持ってやらなきゃいけないこと」

学校側は、事故の調査と別に、教育内容の適切性などを検証する第三者委員会も、新たに設置するとしています。

また、説明会では、学校の教員が亡くなっていたことも明かされました。捜査関係者によりますと、当時の状況などから、自ら命を絶ったとみられます。

この教員は、“辺野古コース”の引率ではありませんでしたが、転覆事故の後、家族に手紙を渡していました。

武石知華さんの父
「生徒のことをしっかり考えているようなまじめな先生で」

武石知華さんの母
「『知華さんを絶対に絶対に忘れません』と。学校として、教職員ひとりひとりもケアして欲しい」

家族が追い続ける“真相”「無駄にはさせない」

学校での平和学習中に起きた事故。家族は、知華さんの死を無駄にしてほしくないと訴えます。

武石知華さんの父
「ただ待っていなきゃいけないみたいな。今できることってものすごく限られてて。自分たちで調査できるものは調査して。改善案とか、そういうものはしっかり示してほしい」

小川キャスター
「知華さんに言葉をかけるとしたら?」

武石知華さんの父
「社会の教訓になるために知華が生まれてきたわけではないですし、そんなことで命を失ってほしくはなかったですけど。でも、絶対に無駄にはさせないからねというのは本当に伝えたい」

事故から半年 家族が抱える失望ともどかしさ

小川キャスター:
取材をしていて感じたのは、ご家族の強い失望と深いもどかしさでした。これは3か月前にお話を伺った時には、ご家族に無かった感情です。

知華さんは学校が大好きだったそうで、また知華さんのお姉さんの出身高校ということもあり、ご家族も学校に信頼を寄せていたと言います。

取材に応じてくれた生徒も、「個々の先生は、事故の後も生徒をかなり気にかけてくれている」と言っていました。

だからこそ、事故から半年が経っても「なぜ事故が起きたのか」「なぜ知華さんを守ることができなかったのか」などの根本的な情報が十分に得られず、ご家族自身が1つ1つ手がかりを集めなければならない今の状況に、深く失望していました。

藤森祥平キャスター:
ご家族が求めているのは、「事故の事実を明らかにしてほしい」ということですよね。

小川キャスター:
刑事告訴という形には至りましたが、「責任を追及する、される」ということではなく、「事故の真相を知りたい」その一点です。

「知華は、社会の教訓になるために生まれてきたわけではない」とお父様もおっしゃっていましたが、それでも知華さんを大切に思う人たちと事故の関係者が、同じ方向を向かなければ、事故の再発防止には繋がらないとご家族は強く訴えています。