アフガンからのSOS「紙切れ1枚で捨てられる」 JICA現地職員がなぜ突然雇い止めに? タリバン支配下で迫害の恐怖…“国際協力”が生んだ難民とは

現在の厳しい政治、経済状況の下で、突然、不可解な理由と配慮を欠いた対応によって切り捨てられると通告があったのです――この夏、私に1通のメールが届いた。
そこには、アフガニスタンの首都カブールにあるJICA(独立行政法人国際協力機構)事務所の現地スタッフを巡る雇い止めの問題がつづられていた。イスラム原理主義組織タリバンが支配する国で生きる彼らに、何が起きているのか。(元TBSテレビ社会部長 神田和則)
寝耳に水の通告「いったいどんな意味があるのか」
2021年8月、アメリカ軍がアフガニスタンから撤退し、タリバンが政権を掌握した。日本大使館は閉鎖され、まず大使館の日本人職員が国外に退避。その後、大使館、そして日本の政府開発援助を担うJICAの現地スタッフの多くが日本に逃れ、タリバン政権から迫害される恐れがあるとして難民認定された。
関係者によると、JICAカブール事務所は前政権時代の2016年頃から、治安の悪化に伴い日本人職員の滞在期間を減らすようになり、政変後は残った現地スタッフに日本や第三国からオンラインで業務指示が出されていたという。
いま、6人(うち女性は1人)が在職、女性は約18年、男性は4人が15~17年の勤務歴のあるベテランで、残る1人は2024年の採用という。
その後、メールの送り主とやりとりを重ねた。文面からは事務所の困難な運営に取り組んできた現地スタッフの自負もうかがわれた。
「タリバンが政権に復帰して以降、アフガニスタンには日本人職員が常駐していません。日本人職員が不在の間、現地スタッフは、タリバンによる弾圧や拘束のリスクに直面しながら事務所を維持しプロジェクトを進めてきました」
だが、7月、日本人幹部から告げられたのは雇い止めだった。寝耳に水で衝撃が走ったという。
「2026年7月2日、(現地スタッフは)突然、通知を受け取りました。内容は、9月末の契約満了をもって全員の雇用を更新しないというものでした。理由は2つ。(1)アフガニスタンにおける年金法の無期限停止、(2)JICA海外事務所の現地スタッフの給与体系の改革」
メールには、現地スタッフが感じた率直な疑問がつづられている。
「なぜ、その2つが雇用を打ち切る理由になるのか、到底理解できませんでした。現行の契約条件の変更の可能性を含め、事前の情報提供や協議は一切ありません。現在の厳しい政治、経済状況の下で、突然、不可解な理由と配慮を欠いた対応によって切り捨てられると通告があったのです。通知には新規の採用をする旨も記載されていて、さらに困惑が広がりました。これまでのスタッフ全員との契約を終了した後、新たなスタッフを採用することに、いったいどんな意味があるのでしょうか」
“困難な状況は理解しているが”…一蹴された「嘆願書」
現地スタッフはJICAの田中明彦理事長に宛てて「嘆願書」を作成、全員が署名して再考を求めた。
「嘆願書」はまず、タリバン政権下で雇い止めにされ、国際組織からの保護が失われた場合に迫害を受ける危険性に触れて、これはJICAが目指す「人間の安全保障」の理念に反すると指摘する。
「人間の安全保障」は、かつて理事長を務めた緒方貞子・元国連難民高等弁務官らが提唱したもので、JICAのホームページによると、目指すのは「人々を貧困や紛争、災害などの脅威から守り、一人ひとりの人間が可能性を実現する機会と選択肢を手にし、自ら脅威に対処できるようになること」とされている。
そのうえで「嘆願書」は、JICAの新たな枠組みの下、給与などの条件面で変更に応じる用意があることを伝えて、雇用の継続を願うとともに、それが不可能であればスタッフと家族が安全な場所に退避できるように支援を求めた。
しかし、8月中旬に示された回答は「日々、困難な状況にあってJICAの業務に対する並々ならぬ献身と多大な貢献に心より感謝の意を表します」とあるものの、結論は変わらないと一蹴し、安全な退避についても「スタッフとその家族が直面する困難な状況は理解しているが、契約の範囲内でのみサポートします」とあった。
日本の“国際協力”が生んだ難民
JICAが示した2つの理由や通告に至る過程を見ると、現地スタッフが納得できるとは到底思えない。
2001年に米国で起きた同時多発テロ後、米政府は軍事行動に出て、当時のタリバン政権を崩壊させた。日本は約20年にわたり主要支援国として和平プロセス、治安対策、人道援助などに約70億ドルを支出した。
タリバンに敵対した旧政権時代に日本大使館やJICAのために働いてきた元現地職員は、日本の国際協力に関わったがゆえに、タリバンから迫害される恐れがある「難民」となった。JICAの現地スタッフも同じ立場にあり、身の危険を感じるのは当然だ。
JICAに書面で質問した。
まず、現地スタッフの安全性については「現在の状況下で、離職することにより、直ちに危険が増すとは認識しておりません。国際機関等にもヒアリングを行っていますが、同様の認識を確認しています」と回答した。
また、新たなスタッフ募集を巡っては「業務内容や報酬体系の見直しを行い、3つのポストを公募する」「現職スタッフは、いずれも1年の有期雇用契約に基づいて勤務しており、現契約は当初定められた契約期間の満了をもって終了するものです。現職スタッフの勤務実績やこれまでの貢献を否定するものではなく、現職スタッフが公募ポストへ応募することも可能としています」と述べて、「嘆願書」の内容は真摯に受け止めているが「現時点で方針を変更する予定はありません」と答えた。
「アフガンにはもはや法の支配、基本的人権が存在しない」
百歩譲って「直ちに」危険が増すことはないとしても、現地スタッフがJICAで働いたという事実は消えない。「将来も」危険がないとは、誰も断言できない。
母国の治安情勢に詳しいアフガニスタン人は、この事態をどう見るのか。
「JICAの現地スタッフが表明している懸念を極めて深刻に受け止めています」
日本政府による退避で来日して難民認定され、いま、日本国内で暮らすアフガニスタン人の男性は、私の問いに厳しい現状認識を寄せた。
「根本的な問題は、もはやアフガニスタンには法の支配、適正な手続、司法の独立、基本的人権が存在していないところにあります。治安情勢は依然、予断を許さず、恣意的な逮捕・拘束、個人の権利の重大な制約など強権的な行為が報告され、たとえきょうは安全だとしても、明日は危険な状況に転落する…、境界線は紙一重です」
そして、次のように警鐘を鳴らす。
「外国や国際的な組織と関わって働いてきた職員は、当局だけでなく、そうした組織への協力は『忠実でない、利益に反する』とみなす人々からも疑いの目を向けられる可能性があります。契約満了時点で差し迫った脅威を示す証拠がないからと言って、外国人の目線で判断して職員が抱く不安を安易に退けてはいけない。重要なのは、JICAでの雇用に伴う組織的な保護という後ろ盾がなくなった時に、何が待ち受けているかです」
日本人と長年にわたって築いたのは“信頼と絆”
つい先日、届いたメールには悲痛な思いがにじんでいた。
「JICAからの回答は、当初の通知のコピーにすぎず、決定の理由や個別の事情に関する追加説明は一切ありませんでした」
「求めているのは特別な扱いをしてもらうことではありません。安全と尊厳と公正な配慮です」
「契約が満了する9月末以降に何が起こるか、極めて強い不安と失望、深い懸念を抱いています」
田中理事長宛の「嘆願書」はこう結ばれている。
「新任の事務所長は、私たちとの関係は単なる契約上の拘束力があるにすぎず、通知さえすれば終了が可能だと繰り返しました。しかし、ここ数年の極限的に厳しい状況を思い起こせば、このようにただの紙切れ1枚で私たちが投げ捨てられるのを受け入れることはできません。日本人と現地のスタッフが長年にわたって築いたものは、私たちにとっては単なる契約ではなく信頼と絆なのです」
かつてアフガニスタンの地で、現地スタッフと苦労を共にしたJICAの人たちは、この言葉に何を思うのだろうか。
今からでも遅くない。日本における国際協力のプロフェッショナルとして、JICAは決定を再考すべきだと思う。