追悼・秋山豊寛さん “元相棒”が「日本人初の宇宙飛行士」の秘話明かす~訓練で若き英軍人に逆転勝ちした負けん気の強さ~【調査情報デジタル】

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2026-10-03 09:00
追悼・秋山豊寛さん “元相棒”が「日本人初の宇宙飛行士」の秘話明かす~訓練で若き英軍人に逆転勝ちした負けん気の強さ~【調査情報デジタル】

「これ本番ですか?」。日本人が宇宙で最初に発した一言だ。この発言の主である秋山豊寛さん(TBS報道局の元記者)が去る8月26日に亡くなった。84歳だった。TBSのもう一人の「宇宙特派員」だった菊地涼子さんが、秋山さんと一緒に受けたソ連(当時)での宇宙飛行士訓練時のエピソードや秋山さんの素顔を明かした。

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座学中の睡魔対策で共同戦線

秋山さんを偲んで、久しぶりに宇宙特番のビデオを観てみました。ソユーズ宇宙船からプカプカとぎこちなくミールステーションに乗り移る秋山さんがノボリを縦に広げます。『日本人初!宇宙へ』。無重量空間で頬がリフトアップし、若々しい秋山さんの笑顔が輝きます。

「なんだか初荷到着みたいな感じです…」地上のスタジオからは拍手とともに、歓喜と安堵に満ちた笑い声が響きます。立花隆さん、筑紫哲也さん、米原万里さん、私の声も。今観てもワクワクします。

TBSが開局40周年記念事業としてソ連の宇宙ステーションに社員を送り、宇宙からレポートを届ける『宇宙特派員計画』を発表したのは1989年3月。それから6か月にわたる医学検査を経て、当時外信部デスクだった秋山さんと入社3年目の報道カメラマンだった私が宇宙特派員に決まりました。 

ソ連・モスクワ郊外の「星の街」で私たちが宇宙飛行士の訓練を始めたのは10月2日。ロケットの打上げが翌90年12月2日でしたから、訓練期間は1年2か月になります。

「星の街」というのは、宇宙飛行士の訓練施設と、その従業員や宇宙飛行士が家族で住むための街がセットになった場所です。当時はソ連空軍の管轄下にあり、地図にも載らない閉鎖都市でした。そんな街で私たちは宇宙飛行士専用アパートに部屋を借り、徒歩で訓練施設に通う生活をスタートしました。

最初、生活や訓練の説明の時だけ通訳がついたものの、以後はすべてロシア語のみ。訓練科目も最初の3か月はロシア語の授業と体育だけでした。秋山さんも私も訓練生活で一番つらかったことは訓練内容というよりも、すべてをロシア語で理解し、ロシア語で伝えなければならないことでした。それでも、周りの人たちが膨大な量のロシア語を話して良い先生になってくれたこと(ロシアの人たちはものすごくたくさん喋ります)、そして、宇宙へ行くための科学技術用語が英語と似ているものが多く、複雑な文法が不要だったために何とかなったのではないかと思っています。

4か月目以降に課された訓練科目は、以下のように多岐にわたりました。

宇宙飛行力学、航空宇宙医学の基礎、宇宙ナビゲーション基礎、宇宙船の構造とシステム、軌道ステーションの構造とシステム、コンピューター基礎、姿勢制御システム、宇宙船のテレビ・交信システム、シミュレーターでの実践、生命維持装置(宇宙服・トイレ・水・食事のシステム)、飛行計画と船内文書、船内撮影技術、ツェントリフーガ(重力負荷を与える遠心加速器訓練)、コリオリ(回転椅子で内耳の前庭器官を鍛える訓練)、パラシュート降下訓練、雪の森や海上でのサバイバル訓練、緊急事態訓練など。

座学は、平日朝9時から夕方5時50分まで、1コマ1時間50分を一日に4コマ。生徒は私たち二人だけで、毎日予習復習も欠かせず、かなり疲れました。 

授業中に睡魔に襲われることもありました。そういうときは、秋山さんと二人で共同戦線を張りました。例えば私が眠くて頭が下がってくると、秋山さんが先生に集中的に質問を浴びせ、注意を一身に引き付けます。そして秋山さんが一人防戦に疲れた頃、私がシャキッと起き上がって選手交代、今度は私が先生と集中的にやり取りをして秋山さんがお休みするという具合です。

こんなこともありました。パラシュート降下訓練が悪天候で中止になり、代わりに姿勢制御システムの授業になった時、私たちが「こわコン」(壊れたコンピューター)とあだ名で呼んでいた先生が窓の外を見やって「今日は天気がいいのにどうして中止になったんだろうね」とつぶやきました。外を見ると、雪が風の中を斜めに降っています。「えーっ!先生、ほんとに壊れちゃった?!」。秋山さんも私も笑いが止まらなくなってしまいました。

秋山さんが言いました。

「やけに腹を立てたり笑ったりするのは疲れてる証拠だよな」

宇宙食の試食も授業時間内でした。肉じゃがみたいな缶詰やトゥヴォログという風味豊かなデザートチーズのチューブなど、ロシアの宇宙食は総じて美味しいです。もっとも、宇宙滞在時の秋山さんは宇宙酔いのためか食欲がなく、あまり口にできなかったようですが。

食事の際に聞いた「受話器破壊」自慢や「農業への興味」

普段の食事は、初めは毎日三食、宇宙飛行士専用食堂で取っていました。カツレツとか、溶かしバターをたっぷりかけたマッシュポテトやソバの実のおかゆ、野菜スープなど、栄養満点のロシア料理です。ソ連末期の経済難で店には買えるものがあまりない中、宇宙飛行士食堂は優遇されていました。

私たちの食卓は、ソ連側の秘密の話を聞かれないようにということなのか、ロシア人飛行士らとは別室でした。つまり、秋山さんと二人きりで一日三食でした(数か月後にイギリスやオーストリアの飛行士らが入所して、少しにぎやかになりました)。

食卓で22歳年上の上司のような秋山さんから振られる話題に、たじたじとすることも多かったです。

曰く、「若い記者を電話で怒鳴りつけて、受話器を親機に叩きつけて2回壊した」(自慢気でした)、「今の若い政治部記者は金丸信(当時の自民党の実力者)からハワイ土産のTシャツをもらって喜んどる、けしからん」などなど。唯一日本語で話せる相手が私のような若造では物足りなかったことでしょう。

農業に興味があることも食事の場で聞きました。岩手の方に農地を見に行ったことがあったそうです。だから後に会社を辞めて農業を始めたのは、急に方向転換したわけではなく、もともと農業をやりたい気持ちがあったところへ宇宙プロジェクトなどを通じた環境問題への意識の高まりがあり、いろいろな要素が積み重なった上での決断ではなかったかと思います。

食事はさすがに三食同じ食堂では飽きるので、だんだん昼食+時々夕食という程度になりました。代わりに週末、モスクワ市内の欧州系のスーパーに食材の買い出しに出かけるようになりました。

平日は塀の中の閉ざされた生活でしたが、週末は宇宙飛行士隊で運転手付きの車を貸してくれるという厚遇ぶりでした。秋山さんと私、車は別々です。同乗して二人いっぺんに事故死するといけないからです。

秋山さんは野菜とか果物とか、しっかり栄養を考えた食材を買い込み、自炊も苦ではないようでした。退職後に農業をしながら一人暮らしもされたことを考えれば、星の街での自炊など大変なことではなかったかも、と今になって思います。

英軍人の「腕時計貸して」の一言に俄然奮起の秋山さん

秋山さんは東京ではヘビースモーカーで知られていましたが、星の街入りしてからは医者に言われてずいぶん禁煙をがんばられたと思います。週末たまにモスクワ支局で一緒になると、大好きな「Peace(ピース)」を吸っている姿も見かけましたが、ご愛敬のうちです。

お酒も、普段は禁酒。しかしロシア人とはウォッカを酌み交わしてこそいい付き合いができるという風潮がありましたから、そこは心得て、パーティーなどでは飲むのも踊るのもとてもノリがよかったです。ロシアの人は踊るのも大好きなのです。新年パーティーで秋山さんと一緒に「寒波おじいさん(サンタクロースみたいなもの)」と「雪娘」に扮した際には、ロシア語で「新年おめでとう!!」と明るい大声を発し、会場を大いに沸かせました。

体力作りも怠りなく、身体が引き締まって10kgくらい痩せたと思います。ジムで腕まくりをし、硬そうな力こぶをテレビカメラに披露したこともありました。あらゆることに100%以上の努力をするのが秋山さんです。

ひとつ印象的な場面がありました。

体育の授業で5kmにわたるクロスカントリー・スキーをした時のこと。イギリス人の二人の訓練生も一緒でした。スタート前にその一人、ティムが秋山さんに「腕時計を貸してください、タイムを計りたいので」と言いました。秋山さん、貸してはあげたのですが、スタートからデッドヒート、ティムにぴったりついて“漕ぎ”続けます。秋山さんのスキーは脚で「滑る」というよりも、腕とストックで体を前へ押し出すから、「漕ぐ」です。そしてゴール寸前でティムが転んだところを秋山さんが猛ダッシュして一着でゴールイン!

「時計貸してくれって言われて、そうか、オレには必要ないだろうってことだなと思ったら、俄然奮起しちゃったんだよな」。挑発に乗りやすいのだそうです。

ティムは当時34歳。イギリス陸軍航空隊少佐、ヘリコプターパイロットでフリーフォールパラシュートの全英チャンピオン。小柄で優しい風貌ながら彼も相当な負けん気の持ち主でした。そのティムと5kmのデッドヒートを繰り広げて47歳の秋山さんが勝ったのです。誰にも負けまいとする意志の強さは、秋山さんを突き動かす原動力だったように思います。 

打ち上げ直前、自室で録音機に一人語り

ロケットで宇宙へ行くことに恐怖心はなかったかと尋ねられることがよくありますが、秋山さんとそれについて話した記憶がありません。星の街にいると、飛行機よりもソユーズロケットの方が安全だと感じます。実際今に至るまでソユーズロケットの打上げで死亡事故が起きたことは一度もありません。ただ、地球への帰還時に死亡事故があったことを授業で知り、その時は不安がよぎりました。

秋山さんは、打上げの3週間ほど前に発射場のあるバイコヌールに移ってからだんだん恐怖やストレスを感じるようになっていったようです。

1週間ほど前になるとTBSラジオ局の報道部員が持ってきていた録音機を自室に持ち込み、その時考えていることを口頭で吹き込んでいたそうです。「遺言のようにも感じた」とその編集部員は言います。

録音の中に、「今日は散歩中に犬の死体が2つ道路端にあるのを見た。なんであんな所にあったのだろう」と、何かの暗示のように感じる言葉もあったそうです。弱みを見せることを嫌う秋山さんが珍しく吐露した、恐怖を映す心象風景のように感じたそうです。

打上げ前日には、番組の説明をするテレビスタッフに秋山さんが怒りを爆発させる場面もありました。責任感からくるストレスなど、いろいろなものを抱えていたのではないでしょうか。

TBSのスタッフや研究者の先生方は、打上げの3か月ほど前から時々星の街に来て宇宙特番や実験の説明を行っていました。宇宙での仕事は分刻みで計画されていました。テレビとラジオの様々な番組への出演はもちろんですが、地表の撮影もいつどこを撮影するか細かく決められています。ミールステーションは、地上からほんの400kmほど上空を、地球の自転によってズレを生じながら飛行していて、日本など撮影したい場所の上をいつも飛んでいるわけではないからです。

撮影した映像を地上にダウンリンクするのも、地上局とつながる時間でないとできません。これも分刻みです。二ホンアマガエル6匹の世話や観察、医学実験として自分の呼吸や脳波、心電図などを記録することも課されています。スポンサー企業の商品のCM用撮影も…。すべて予定通りにいったわけではありませんが、いろいろな機器を慣れない無重量空間で、しかもひどい宇宙酔いに苦しみながら扱わなければならなかった秋山さんの苦労は、地上からは計り知れなかったと思います。

“自分の考えを貫いた”人生

プロジェクトから5年ほどで秋山さんはTBSを辞め、福島へ移住して農業を始められました。しかし、シイタケ栽培だけでは食っていけないから講演料で収入を得ている、とのことでした。一般向けの講演は6桁の報酬で引き受けることもあるけれど、学校など子供向けの講演は無報酬で引き受けていると聞きました。粋ですね。子供たちに伝えたい強い思いをお持ちだったのでしょう。

2011年、東日本大震災時の福島第一原発事故で避難を余儀なくされてからは住所がわからなくなり、かろうじてつながっていた年賀状も途切れてしまいました。人づてに聞けば、三重県のご自宅で最期まで農業をして暮らされたとのこと。本当に強い方です。

フランスの作家、ポール・ブールジェの名言である「自分の考えたとおりに生きなければならない。さもないと自分が生きたとおりに考えてしまう」を貫かれた人生だったのではないでしょうか。

こんなことを言うと秋山さんに怒られるかもしれませんが、ゆっくり休んでいただきたいです。心からご冥福をお祈りいたします。

〈執筆者略歴〉
菊地 涼子(きくち・りょうこ)
1987年東京外国語大学卒、TBS入社。報道カメラマンに。
1989~90年「宇宙特派員」(秋山豊寛氏のサブクルー)。
1990年12月 ソ連で宇宙飛行士として認定を受ける。
その後、報道局記者(外信部、モスクワ支局、社会部)や「サンデーモーニング」ディレクターを歴任。
2000年TBS退社。
2010年から認定NPO法人「子ども・宇宙・未来の会」(KU-MA)講師・理事。

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。

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