ディズニーのファストパスはなぜ有料になった? 行列の順番を買う「時間のビジネス」

東京ディズニーリゾートで無料で使えた優先パスが、2026年8月31日で終わりました。いま、優先して乗るためのパスは、有料の「ディズニー・プレミアアクセス」が中心です。追加料金で待ち時間を短くする仕組みは、行列のできる飲食店や空港にもあります。病院にも、以前から予約診療に特別の料金を払う制度があります。人はファストパスで、いったい何を買っているのか。行列の順番を売る「時間のビジネス」の核心について、リサーチャーのcomugiが解説します。
(TBS Podcast『コムギコ:資本主義をハックしろ!!』2026年10月6日配信『何もしない時間は後ろめたい。なぜコインランドリーでは、本が読めるのか?』より)
無料のファストパスから、有料のプレミアアクセスへ
東京ディズニーリゾートは、2000年から無料の「ファストパス」を配ってきました。アトラクションの近くの発券機で券を取り、書かれた時間帯に戻ってくれば、短い待ち時間で乗れる仕組みです。
ところが、コロナ禍の休園を経て、無料のファストパスは休止されました。2022年5月には、別の有料サービスとしてプレミアアクセスが始まり、2023年6月にはファストパスの終了が発表されています。プレミアアクセスは、アプリで時間を指定して買うと、アトラクションに短い待ち時間で乗れたり、パレードやショーを指定の鑑賞席やエリアから見られたりする仕組みです。
料金は1人1回で、アトラクションが1,000円から2,500円、パレードやショーの鑑賞席・エリアが2,500円から3,500円です。2026年9月からは、一部で値上げもありました。期間限定で配られていた無料の優先パスも8月31日で終わり、行列の順番を買う商品として、いまはプレミアアクセスが代表的な存在になっています。
入園者が増えなくても、1人あたりの売上は伸びる
では、パークの売上はどうなっているのでしょうか。オリエンタルランドの決算資料を見ると、東京ディズニーランドと東京ディズニーシーの入園者数は、2026年3月までの1年間で2,753万人。前の年の2,756万人からほぼ横ばいでした。
ところが、お客さん1人あたりの売上は、1万7,833円から1万8,403円へと3.2%増えています。プレミアアクセスだけの売上は公表されておらず、この伸びには入園料や飲食、グッズの影響も含まれます。それでも、入園者が増えなくても、時間を選べる商品を増やし、希望する人から追加の料金を受け取る道があるわけです。
同じ仕組みはほかの場所にもあります。大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンでは、有料のユニバーサル・エクスプレス・パスが、種類や日によって値段を変えながら売られています。ロンドンのヒースロー空港では、保安検査を優先して通れる権利が1人12.99ポンドからです。遊園地でも空港でも、待ち時間を短くするための優先サービスが、値段のついた商品になっています。
行列のできるお店にも、ファストパス
いま、この仕組みが飲食店にも広がっています。行列のできるラーメン店やそば店で、お金を払うと、ふつうの列より先に案内してもらえる。飲食店のファストパスです。
代表的なサービスの「SuiSui(スイスイ)」は、2023年10月に始まりました。運営する会社の2026年9月の発表によれば、導入しているお店は全国でおよそ100店、累計の利用者は約5万人になっています。
特徴は、多くのお店で値段が決まっていないことです。優先して入るためのチケットの値段は、お店ごとの仕組みで、曜日や時間帯、混み具合に応じて変わります。固定の値段のお店もありますが、混み具合に合わせて値段が動くお店では、値段そのものが、その時々の待ち時間の重さを映していると言えそうです。
人が買っているのは「見通し」
では、ファストパスで、人は何を買っているのでしょうか。待ち時間の長さだけではない、と筆者は考えています。
サービスの経営を研究する世界では、昔から「いつ終わるかわからない待ちは、終わりが見える待ちより長く感じる」「何もすることがない待ちは、何かをしている待ちより長く感じる」といわれてきました。アメリカのサービス経営の専門家が、1980年代に「待ち行列の心理」としてまとめた考え方です。
プレミアアクセスは、乗る時間を指定して買う仕組みです。飲食店のファストパスも、ふつうの列より先に案内してもらえます。ファストパスで買っているのは、短い待ち時間と同時に、「もうすぐ入れる」という見通しでもあるのです。
ディズニーは、プレミアアクセスを導入する前から、公式アプリでそれぞれのアトラクションの待ち時間を示し、列に並ぶあいだも飾りや演出で退屈させない工夫を重ねてきました。
順番をお金で買うのは、公平か
ただ、公平かどうかが気になる人もいると思います。インパクトフィールドが2026年6月に発表した、お仕事紹介サイト「MediF」に登録している全国の20~79歳の588人へのインターネット調査では、飲食店のファストパスについて「ある程度は仕方ない」が60.0%、「合理的だ」が23.0%でした。
一方で、心配なことの1位は「ふつうに並ぶお客さんの待ち時間が長くなりそう」で43.4%です。最も使ってみたい場面を1つ選んでもらうと、テーマパークの周りの飲食店が26.7%、行列のできる人気店が20.1%で、ふだん使うお店は7.3%でした。多くの人は、積極的に支持するというより、ある程度は仕方ないと受け止めているようです。
順番にお金を払う仕組みは、病院では新しいものではありません。1992年の診療報酬の改定から、患者が選んだ「予約に基づく診察」に特別の料金、いわゆる予約料を払う仕組みが、国の制度として認められています。慶應義塾大学病院では、予約料は1回1万円(税抜)で、予約枠の終わりから30分以内に呼ぶと案内しています。病院の都合でその時間を超えた場合は、原則として予約料はかかりません。
国のルールでは、予約していない人もおおむね2時間以上待たせないよう診察する、各診療科の外来の診療時間の少なくとも2割程度は予約料なしで受けられるようにする、といった条件がついています。順番を売るなら、公平が崩れすぎないよう、ルールで囲う必要があるのです。
時間を買うと、人は幸せになるのか
お金で時間を買うと、人は幸せになるのでしょうか。アメリカのハーバード・ビジネス・スクールとカナダのブリティッシュコロンビア大学の研究者が、2017年にこんな実験を発表しています。
カナダのバンクーバーで働く大人60人に、2回の週末、40ドルずつを渡しました。1回は自分の時間を増やすことに、もう1回は物を買うことに使ってもらいます。手元に形が残る物のほうが満足できそうですが、その日の夕方の気分がよかったのは、時間に使った日のほうでした。時間に追われている感覚も小さかったそうです。
同じ研究では、アメリカやカナダなど4カ国の6,000人あまりへの調査で、家事などを人にまかせて時間を買っている人ほど、生活の満足が高いという傾向も出ています。忙しい日に少しだけお金で時間を買うのは、ぜいたくというより、気分を整えるお金の使い方なのかもしれません。
ファストパスが売っているもの
追加料金で待ち時間を短くする仕組みは、ディズニーのパークのほか、飲食店や空港にもあります。売っているのは、短い待ち時間だけではありません。「もうすぐ入れる」という見通しと、限られた1日や休日を、自分の思いどおりに使える余裕です。
一方で、順番を売るほど、ふつうに並ぶ人の待ち時間とのバランスが問われます。混み具合に合わせて値段を動かす。病院の予約料のように、予約していない人を待たせすぎないルールを設ける。順番を売る側には、並ぶ人も納得できる仕組みづくりが欠かせません。お金で順番を買える場面が増えたいま、私たちが払っているのは、待ち時間をなくすためのお金というより、自分の時間の使い道を選ぶためのお金なのかもしれません。
<コムギコ:資本主義をハックしろ!!>
毎日ニュースを100本を読むビジネス系VTuberのリサーチャーであるコムギ(comugi)が、日々の経済にまつわるニュースを解説するビデオポッドキャスト。本記事は2026年10月6日配信『何もしない時間は後ろめたい。なぜコインランドリーでは、本が読めるのか?』から抜粋してまとめたものです。