【ドラフト】最速156キロの剛腕・近大エース宮原廉「近大4年間でプロになる」 山本由伸や松井裕樹を参考に “ボール遊び”からプロの道へ

今年も夢を懸けた”運命の一日”ドラフト会議が22日に迫る。近畿大学の絶対的エース・宮原廉(21、4年)は1位候補に名を連ねる右の本格派。今年4月に行われた関西学生野球春季リーグ戦第1節1回戦では、雨にもかかわらず154キロをマーク。最後の春は、2季連続でベストナインを受賞した。9月に開幕した今秋のリーグ戦では京都大学との1回戦で完封勝利を収め、次節の立命館大学戦 1回戦で初回から自己最速を2キロ更新する156キロを記録、9回9奪三振1失点で勝利した。野球を始めた小学1年生の頃からの夢、“プロ入り”が目前に迫る中、“プロ注目の右腕”宮原の心境に迫った。
【写真で見る】最速156キロ直球が武器!近畿大エース右腕の宮原廉
大学4年間でプロへ、ボール遊び好きから始まった野球人生
今春リーグ戦終了後、宮原は進路について聞かれると「プロ志望で考えています」と迷いなく答えた。「大学に来る前から、この近大で4年間でプロになるっていう気持ちで近大に入学したんで。もう大学1年生の頃からそこを目指して頑張ってます」。
広島・崇徳高校出身。巨人のドラフト1位ルーキーで、開幕投手も務めた竹丸和幸(24)の3つ後輩にあたる。面識はあまりないと話すも、1年目から11勝を挙げた先輩の活躍に、強く刺激を受けた。自身は應武篤良監督(当時)の指導を受け、甲子園出場経験こそないが1年からベンチ入りを果たした。2年秋からエースとしてマウンドに上がり、3年春は広島県大会準優勝とセンバツ出場目前まで迫った。
高校ではプロ志望届を提出せず、近大に進学。1年秋にリーグ戦初登板を果たし、3年春から一気に主戦を担うエースピッチャーとなった。今夏に行われた大学世代の世界一を決めるワールドカレッジベースボールチャンピオンシップ(WCBC)の大学日本代表に選出され、初めて日の丸を背負いマウンドに立った。
野球を始めたのは小学1年生の時。周囲はサッカー少年が多かったが「とにかくボール(球技)が好き」で、宮原はサッカーと野球を始めた。小学校4年生で正式にクラブチームに入部。当初からピッチャーで、完全試合とノーヒットノーランを達成している。
「球は、遅くはなくて速い方ではあったんですけど、そんなにすごい速いみたいな・・・」と謙遜するが、中学時代の球速は最速140キロ程。中学校では卓球部に入部し、平日は卓球、土日は野球、という異色の経歴を持つ。
山本由伸、松井裕樹の投球を参考に
「オフでもトレーニングジム行ったりすることが多い」といい、休日も野球中心の生活を送る。去年の夏の腰のケガをきっかけに取り入れた『初動負荷トレーニング』や、大阪・難波の施設に通い、投球の計測や研究も行うという。
武器はストレートと強い球質だと話す宮原は、メジャーリーグ・ドジャースの山本由伸(28)やパドレスの松井裕樹(30)の動画をよく見るという。2人とも身長が170㎝台とMLBの投手としては小柄だが、世界で戦う投手だ。宮原自身、182㎝、88㎏と恵まれた体格だが、“身長が高くなくても強い球を投げる投手”をイメージ作りの参考にしていると話した。
プロを目指す理由は“恩返し”
広島県出身の宮原は、幼いころから広島カープの試合を見て育った。「カープファン。ちっちゃい時からカープしか見てなかった」と話すがプロ入りできれば球団にこだわりはない。
「野球をやっている以上、指導者とか、野球を教えてくれた人たちがいて今があるんで。そういう今まで野球を教えてもらった指導者とかに恩返しができるようにという気持ちがあります」
自分へプレッシャーをかけるため、ドラフトの順位は「3位以内(上位)」と決めプロ一本ではなく、社会人野球への進路も検討しているという。運命のドラフトまで残りわずか。剛腕エースが吉報を待つ。
■宮原廉(みやはら・れん)
2005年1月24日生まれ、21歳 182㎝、88㎏
広島県出身。両親、姉の4人家族。父は身長が185cmで、野球経験こそないが部活などでバスケットボールや剣道の経験がある。母は水泳の経験があり、さらに祖父母はゴルフ、祖母はバレーボールをしていて“スポーツ一家”に生まれ育った。小学校4年生から地元の野球クラブに入団。それまでは野球とサッカーの“二刀流”をしていた。崇徳高校時代はエースとして活躍、高校時代は最速142キロ。近畿大学に入学後、1年秋のリーグ戦で初登板しその後エース投手に成長。3年秋、4年春に2季連続でベストナインを受賞した。右投げ、右打ち