【ドラフト】JR東日本・杉崎成 中学時代は落合博満を参考にし「ホームランがバンバン出るように」強打の内野手が吉報待つ

プロ野球ドラフト会議が22日に行われる。JR東日本の“強打の内野手”杉崎成(24)は「プロになるだけでなく活躍したい」と運命の一日を心待ちにする。中学時代に、現役時代3度の三冠王に輝いた落合博満さんの打撃を参考に練習に取り組み、東海大菅生では右の大砲として高校通算52本塁打を記録。明治大学ではリーグ通算1本塁打と苦しんだが、「コツコツと」努力を重ね、社会人1年目から結果を残した。長打力が光る社会人スラッガーが“運命の一日”を迎える。
【写真を見る】中学時代からの憧れ、落合博満さんの打撃に感化された社会人スラッガー杉崎成
“腕相撲負けなし”リストの強さが強打の秘訣
父と兄の影響で小学1年生の時に野球を始めた杉崎。東海大菅生高校では1年夏からベンチ入りを果たし、高校通算52本塁打を記録した。武器は広角に長打が打てることと、高いコンタクト率。「リストが人より強い」ことで、体ができあがる前の「中学生の時から飛ばしていた」という。腕相撲も強く、高校時代から負け知らずだ。
卒業後は東京六大学リーグの明治大学に入学。しかし、大学時代は調子に波があり、定位置を獲得したのは4年秋でリーグ戦通算は29試合、打率.253、20安打、1本塁打、13打点。それでも今があるのは大学時代の経験からだと話す。
「辞めたいとか思う時はなかったんですけど、野球を始めた時から、不動のレギュラーでずっとやってきて、初めてベンチ外っていうのを経験したのが大学だった。もっと自分自身の技術というかレベルを上げないといけないなっていうのを、改めて気づかされたというか、自分のレベルの低さに気づけた時間だったなっていう風に思います」
JR東日本では、ルーキーイヤーからレギュラーに定着。25年都市対抗東京二次予選、負ければチームの最多連続出場記録(当時16年連続出場)が途絶える第4代表決定戦で、杉崎は同点本塁打など1試合2発を放ち、チームの勝利に貢献。全6試合でマルチ安打を記録し、14安打7打点の成績で創部105年のチームの伝統を守った。「負けず嫌いもあるので、このまま負けていられないなっていう風に思ったので、ずっとコツコツ頑張りました」と苦悩からの脱却を語った。
憧れは落合博満さん
杉崎には憧れの存在がいる。現役時代に3度三冠王に輝き、監督として中日を日本一に導いた落合博満さん(72)だ。
「名古屋市出身で中日ドラゴンズのファンで。小さい頃の監督が落合博満監督だったので、現役時代どんなんだったんだろうみたいな感じで見始めたのがきっかけです」
落合さんはロッテオリオンズ時代(82年、85年、86年)に日本プロ野球史上唯一となる3度の三冠王を達成。2004年から2011年まで中日ドラゴンズの監督を務め、リーグ優勝4回、日本一1回、さらに在任8年間すべてで3位以上と安定して成績を残した。
中学生の頃から落合さんの現役時代の映像を見て学び、「現役の姿を(実際には)見たことないんですけど、昔の映像とか見て、とんでもない記録をお持ちですし、ホームランの打ち方だったりとかも綺麗で。落合さんの映像を見て練習し出した時期から、ホームランがバンバン出るようになった」という。
「ティーで、回転かけて上に飛ばす、あれをずっとやってました。ちょっと調子悪いなと思ったらもうあれで治すみたいな。当時はそれがめちゃくちゃハマってた気がします」
長打力をつけた杉崎は「中学2年生ぐらいの時に、ランニング中にふと、プロ、本気でなりたいなっていう風に思って(笑)」。プロ入りが、“夢”から“本気で目指すもの”に変わった。
プロ入りは母への誕生日プレゼントに
杉崎は、2つ上の兄と6つ下の弟の3人兄弟の2番目で育った。父と兄弟全員が野球をやっている。両親が支えだというが、特に母・雅子さんは献身的に杉崎を支えてくれたと話す。「お弁当を早く起きて作ってくれて、中学の頃はユニフォームとかも全部母親がやってくれていた。高校からしか自分でやってないんで、自分でやらないと大変さに気づけないですし、今考えるとめちゃくちゃありがたかったというか、甘えていたなと」。
ドラフト会議が行われる10月22日は、母・雅子さんの誕生日。「(プロに入って活躍できたら)少しでも恩返しになるのではないかなって思います。良い誕生日プレゼントになるかもしれないです」。夢への扉が開く日まで残りわずか。勤勉な右の大砲が吉報を待つ。
■杉崎成(すぎさき・なる)
2002年10月9日生まれ、24歳 176㎝、82㎏ 右投げ、右打ち
愛知県名古屋市出身。東海大菅生高校から明治大学を経て2025年JR東日本に入社。両親、兄、弟の5人家族。野球をやっていた父と兄の影響で小学1年生のころに野球を始めた。中日ドラゴンズのファンで、見始めた当時の監督・落合博満さんの現役時代の映像から練習方法を生み出した。東海大菅生高校1年時、高校野球西東京大会準々決勝で4番・一塁で出場、ベスト4入りを決めるソロ本塁打を放つなど高校通算52本塁打を記録。明治大学では調子の波があった。JR東日本入社1年目の都市対抗野球東京二次予選では、全6試合でマルチ安打を記録した。