「総理になれないかもしれない」高市総理の“最側近” 木原官房長官が語った政権最大の危機と高市早苗“終始一貫”の実像【高市政権発足から1年】

高市政権発足から1年。高市総理を最も近くで支え続けたのが、木原稔官房長官だ。
【写真を見る】「危機があったからこそ実行に」木原官房長官にTBSが単独インタビュー
TBSの単独インタビューで木原官房長官が語った「総理大臣・高市早苗」の実像と、政権が直面した最大の危機とは。そして自民・維新政権の今後とは…
一問一答形式で、全文掲載します。
(取材日:10月20日)
「後生の人たちから『高市政権が実行して良かった』と思ってもらう政策を実行」 高支持率の背景は?
――高市内閣は発足当初から高い支持率を維持している。なぜ発足1年が経った今でも国民の高い支持を得られていると考えているか。
まず支持率については、なかなか申し上げにくいところがあります。というのは、各社が毎月のようにいろんな質問をされていますので、なかなか答えるのが難しいわけですが、一言で言うと国民の大層のニーズをしっかりと掴みきれていることだろうと思います。もちろん全ての国民というわけにはいきませんが、その国民の大層のニーズを汲み取っていると。そしてそれを一つ一つ着実に形にしているということ、これに尽きるんじゃないかなと思うんですね。
まず高市総理は、3つの大きなご自身の方針があると思っています。一つは自由民主党の総裁選挙。この総裁選挙で掲げた公約があります。しかし、これはあくまでも自民党の党員に対しての公約ということですね。総裁としての公約。
そして二つ目は、日本維新の会との連立合意文書、これにサインをしております。総裁としてですが。それによって維新の方々との政策も共有できたということになるかと思います。しかし、それでも自民と維新だけですから。
三つ目は、先の衆議院選挙。総選挙ですから政権選択選挙の中で、政権公約を掲げて、そして選挙に勝たせていただいた、その政権公約。これは広く国民に信を問うたわけですね。
総裁選での公約、そして維新との連立合意文書、そして総選挙での政権公約、この三つ。これに基づいて総理は、一つ一つそれを実行しているということ。これが国民に評価をされているんではないかなと思います。
しかし中には総理は時々国論を二分するような政策と言ってます。これは誤解をしてはいけないのは、国民の半分がこれに賛同していないということではなくて、なかなか国民の皆さん方にはわかりにくいような政策もあると思うんです。日頃の日常の生活とは少しかけ離れたような、安全保障なんかそうですよね。なかなか目に見えるものではないですし、そういったことも含めて国民が反対しているものを強引に進めるというものではなくて、一つ例を出すとですね、例えば安倍総理の時代に平和安全法制だとか、特定秘密保護法とか。そういったことは当時はある意味国論を二分するような状況で随分とデモなども行われていたわけです。そしてそれは成立しましたけど、支持率が大きく落ちたりした。そういう状況もありました。
しかし、どうでしょう。それを今考えてみると、あの時に平和安全法制が確立してよかったなと。特定秘密保護法ができて、随分とこれは今、日本が世界から信用される国の一つになったなというふうに、今となっては多くの国民がこれに対して評価をしていると思うんです。ですから少し先を言ってですね、必ずこれは国民から評価される、そして日本の国益にかなうんだということ。総理はそういったものも含めて国論を二分する(と言っている)。必ずあのとき高市政権が実行して良かったと、やってもらって良かったと。後世の人たちにそう思ってもらえるような政策を決断して、そして実行しているということ、これが支持率の高評価に繋がっているのではないかなと思います。
「危機があったからこそ実行に」最も危機を感じた瞬間とは
――この1年、内外に難局を抱えてきた。高市政権として最も危機を感じた瞬間はいつだったか。その際、高市総理はどう判断して、政権としてどう対応して乗り越えてきたか。
私はスタートの時点が一番危機だったと思っています。というのは、政権を引き継いだときに、自由民主党総裁としてですね、その時の国会の状況は衆議院も参議院も選挙で負けていずれも少数与党だったわけですね。少数与党。そして数日後には、長年の連立のパートナーである公明党が連立政権を離脱しました。総裁には選ばれたけども、このまま当時の臨時国会に突入すると総理に選ばれないかもしれないという、これはまさしく危機ですよね。総裁にはなったけども、総理になれないかもしれない。そういう危機的な状況、これが一番の危機だったと私は思っています。
しかしそういう状況の中から、日本維新の会と連立合意文書を交わし、それでもまだ衆議院では半分にならなかったですよね。無所属の会の皆様方にご協力を仰ぎながら、首班指名で総理になった。その時がいわば一番危機的な状況だったんじゃないかなと思います。しかしそれでも状況はそんなには改善せず、少数与党がまだ続いてました。せっかく高市政権が掲げている政策をこのままだとなかなか実行できない。衆参ともに少数与党だ。そういった状況の中で、今年の2月の衆議院の解散総選挙という総理の判断があったのではないかなと。
結果として、自由民主党だけでも3分の2を単独で取れたということ。そして、それに維新の皆様方が加わって衆議院は多数を取ることができたと。これは大きな違いです。衆参ともに過半数ないのと、少なくとも衆議院ではしかも3分の2があるということ。これによって政策が実行できる、前に進めることができるという。そういった危機があったからこそ、実行に変わっていったのではないかなと思います。
「終始一貫、ほとんど変わったところはない」岸田政権下から一緒に仕事
――木原長官が高市総理を支える上で肝に銘じていることは。
総理という仕事は私は傍から見ていると、今まで安倍総理、菅総理のもとで総理補佐官をやってみたり、そして高市総理のもとで官房長官をさせていただいたりする中で、総理の仕事っていうのは、毎日毎日重要な判断、決断をしなきゃいけない。そういう仕事だろうというふうに思っています。そして総理により正しく判断をしてもらう。そのためには、しっかりと総理は準備をしなきゃいけません。さらに、その決断というのは多くの国民にとって国益にかなうものではないといけませんから、従って、官房長官の私含めてスタッフは総理の正しい判断をより精度を高めてもらうということ。我々はそのための準備をしなきゃいけないと思ってるんです。
ですから、総理が何を考えているかということをしっかりと同僚の議員であったり、場合によっては野党の皆様方にも伝えていく。そういったことも仕事だろうと思いますから、一言で言うと総理の正しい判断の精度を高めるために、しっかりと私どもスタッフで準備をするということを肝に銘じているところであります。
――高市さんが総理に就任する前と後で何か変化があったか。
総理と私が仕事を一緒にさせていただいたのは、岸田政権下で高市政調会長の時代に私が政調会の事務局長という仕事をさせていただいておりました。その後、岸田政権の中でお互いに閣僚にもなったわけです。高市さんが経済安全保障担当大臣、私が防衛大臣という中で一連の仕事ぶりを見させていただいていく中でですね、総理はほとんど変わったところはないなと。ずっと終始一貫で、ご自分の姿勢というのは貫いておられるなと思います。ものすごく勉強家であられるし、常に最新の情報を取り入れようとされています。
そして、総理は勉強家というところを一つ具体例を出しますと、連立政権を日本維新の会と協議をしていく中で、総理が日本維新の会というのはどういう政党でどういう政策を掲げているのかということをご自分で確認をされたと思うんですけども、それはもう綿密に維新の政策集を熟読されていて。それは当時、藤田共同代表が舌を巻くほど高市総理はものすごく維新のことを勉強しておられるというので、結局そういうこともきっかけとなって、維新の方々の信頼を得たのではないかなというふうに思いますが、そういう意味で言うと、総理になる前もなった後も、そういった政策にかける姿勢というのは変わらないというのが私の感想ですね。
政権の“アクセル役” 日本維新の会との関係、連立合意書の今後は?
――連立について。日本維新の会は政権のアクセル役を自任しているが、高市政権にとっての維新はどのような存在か。木原長官は維新とのパイプ役も担っているが、今後自民と維新の関係はどうあるべきか。
先ほど申し上げたように自由民主党が最も苦しい状況の時に、連立のパートナーとして意思表示をしてくれたこと。これが大変私どもはありがたいなと思っております。日本維新の会には非常に重大な決断をしてもらったというふうに思っています。
一方、維新の政策を見てみると、これは自由民主党の中でも特に高市総理とか私どもとかの政策に非常に近いものがあるなと考えましたし、そして政策に対する考え方も非常に似通っている。そして一言で言うと波長が合うといいますかね。ですから、そういった点で今連立のパートナーとして非常に機能をしているし、違和感なくやっていけているんじゃないかなと思ってます。まさに連立の良きパートナーであると思います。特にこの国会から、中司大臣も閣僚に加わり、自由民主党と日本維新の会の連立は新たな段階に進んだのではないかなというふうに思ってます。
日本維新の会の役割としては自由民主党、非常に大きな政党ですが、その中でも多種多様な意見があるものの、さらにそこにもう1枚加わって自由民主党がなかなか言いにくいこと。こういったことを横から言ってもらったりする役割を今担っていただいてるんだろうなと思いますし、そういう意味で言うとこの政策のアクセル役の一部を日本維新の会の皆さん方が、しっかりと担っていただいているというふうに思っています。
連立合意文書はよく更新しないんですか?と言われますけども、高市総裁の任期っていうのは2年なんですよね。石破さんが選挙で総裁選で選ばれた3年。それを途中で辞められたので、残りの2年の任期が高市総裁の任期です。この2年間でやるべきことが連立合意文書で書かれているので、まだあと1年残ってますから。まだまだ実現してないものもありますので、更新というのもこの2年間はしっかりと約束したことをやっていこうということになります。更新するとしたら、それが終わった後。終わる直前に次何をするかっていうことを決めていく。そういったものが連立合意文書ということになりますので、更新はもうちょっとしてからということになります。
――そうなると、もし勝てばだが、来年の秋の総裁選以降に高市政権はまた新たなステージに入っていくか。
そうですね。条件としては、高市総裁がもう一度(総裁選で)勝つということと、日本維新の会が連立に継続して加わるということ。この二つが条件になってくると思います。その約束が出来たときに合意文書の更新がなされるんだろうと思いますね。