【追悼】福田康夫元総理(90)が心不全のため死去 政界引退後は日中関係改善・アジア外交に尽力【news23】
福田康夫元総理が亡くなりました。90歳でした。
日中関係改善に尽力 福田康夫元総理大臣の歩み
日中関係の改善に尽力した福田康夫元総理大臣。心不全のため10月22日、亡くなっていたことがわかりました。
福田氏は父である福田赳夫総理の秘書官などを経て、1990年の衆議院選挙で初当選。2000年の森内閣で異例とも言える閣僚経験なしで官房長官に就任。
2001年、ハワイ沖でアメリカの原子力潜水艦と日本の水産実習船「えひめ丸」が衝突する事故が発生。当時の森総理が事故の一報を受けてもゴルフを続けていたことには…
福田康夫 官房長官(当時)
「私個人としては、そもそもゴルフに行くべきではなかったと。(Q.長官は引き止めなかったのか?)Too Lateだったな」
官房長官としては異例の苦言を呈しました。
その後、2007年に当時の安倍総理の後を受ける形で総理大臣に。憲政史上初めて親子二代での総理大臣となりました。
総理在任中は消費者庁の創設などに尽力。
北海道・洞爺湖サミットでは、温室効果ガスの削減目標などについて首脳間の合意をまとめましたが、就任わずか1年で辞任。
福田康夫 総理(当時)
「(Q.総理会見が国民には他人事のように聞こえるという話、よく聞かれていた)私は自分自身を客観的に見ることはできるんです。あなたとは違うんです」
引退後は中国・アジア諸国との“パイプ役”に 政界からは悼む声
2012年の衆院選に出馬せず、政界を引退したあとは中国をはじめアジア諸国との“パイプ役”として力を尽くしました。
政界からはその死を悼む声が上がりました。
高市総理
「その偉大なご功績を偲びつつ改めまして謹んで哀悼の誠を捧げさせていただきます」
小泉元総理からは。
小泉元総理
「総理として政権を担うことができたのは、福田康夫官房長官の存在なしには語れません。安らかにお眠りください」
近年の日本外交、国の将来 最後に語ったのは…
今年8月、JNNの最後となった取材では、近年の日本外交のあり方に懸念を示していました。
福田康夫氏(90)
「今の外交は『どこかとは喧嘩してもいいんだ』というふうなことを安易に考えている可能性がある。どうしたら日本が将来、平和で安全な国、豊かな国になれるかということを中心にもっと考えたらいいと思いますよね」
外交の原点は「福田ドクトリン」
藤森祥平キャスター:
福田さんは、アジア諸国において日本がどういう外交で向き合っていくか、礎を築いた方でしたね。
TBSスペシャルコメンテーター 星浩さん:
今の自民党には少なくなった穏健保守の代表と言ってもいいと思います。珍しい経歴なのは、総理になる前の閣僚というのは官房長官しかやってない。
実は50年前に福田康夫さんは、お父さんの福田赳夫さんの総理秘書官をやっていて、この時に「福田ドクトリン」を発出している。これは、アジアの人たちとHeart to Heart、心と心の触れ合いを深めようという非常に今では有名なドクトリンになってる。
実はこの福田ドクトリンを、当時外務省から出向していた、今の皇后陛下のお父さんである小和田恒さんと福田康夫さんで文案を練り上げたというのが福田さんの外交の原点。
その後もアメリカとの同盟は非常に大事にしながらも、中国を含めたアジアとうまく付き合っていこうというのが福田さんの外交の中心。
お話を伺うと、やはり今の中国との関係が非常に良くないことを非常に心配していて、それを少しでもよくするように後輩には伝えたいなということをしばしば語られていた。
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<プロフィール>
星浩さん
TBSスペシャルコメンテーター
政治記者歴30年 元朝日新聞ワシントン特派員