「それは映画やドラマの罪」細部へのこだわりを貫いた『アンチヒーロー』美術デザイナーが絶対にしたくなかったこと

TBS NEWS DIG Powered by JNN
2024-05-12 08:12
「それは映画やドラマの罪」細部へのこだわりを貫いた『アンチヒーロー』美術デザイナーが絶対にしたくなかったこと

ドラマ『アンチヒーロー』の重厚感あふれる作品を一から作り上げている人々をご存知だろうか。

【実際のセット写真をみる】美術デザイナーが細部へのこだわりを貫いた『アンチヒーロー』のセット各種。セットができてから撮影場所を変えたシーンもあったという

ここでは、ドラマの世界観を一から作り上げる美術プロデューサー・二見真史氏とデザイナーの岩井憲氏のこだわりを深掘り。中には画面に映る機会は少ないものの重要なこだわりが潜んでいることも。驚きの制作過程を届ける。

弁護士の書棚は法律本だらけとは限らない

主人公・明墨正樹(長谷川博己)が立ち上げた明墨法律事務所セット内にある彼の部屋は、岩井氏が弁護士のドキュメンタリーや、実際の弁護士事務所での取材を参考に作り上げた。

こだわりが際立つのは、明墨のデスクを正面から見た時のセットだ。デスクの背景に映る本棚にはたくさんの本が並んでいる。てっきり法律系の本ばかりかと思いきや、「実はそうではないんです」と、岩井氏。待ってましたとばかりに語ってくれた。「ドラマだと法律本とか六法全書しか並べていないことが多いのですが、実際の弁護士事務所に行くとそんなことはないんです。扱う事件によって必要な知識が違うので、科学、物理学、遺伝子学など、それぞれの専門書も並んでいるんです」。二見氏曰く「本は岩井さんが全部カバーから作っています。ボロボロになるまで何回も読んでいるという明墨の事件への執着を、デザイナーとして表現しているんです」と、まだ謎の多い明墨のパーソナリティーが垣間見えるこだわりを披露。

「正直このこだわりが視聴者にわかるほど近くで撮影されることはありません。でも、明墨の事件への執着心や、事件への取り組み方を象徴する空間にするため、岩井さんが一層力を入れてくれました」と、作品の世界観を支える影の努力を明かした。

なぜそこまで?映像に映らないところに宿るもの

映像にはハッキリと映ることが少なく、視聴者には気づかれないような細部になぜここまでこだわるのだろうか。そんな素朴な疑問を抱えていると、岩井氏からハッとさせられる言葉が。「映画やドラマで観る弁護士は、きれいでスタイリッシュなイメージがありますよね。でも実際はそんなことなくて、どこに取材に行っても乱雑に積まれた資料や本で部屋が埋もれています。一般的に弁護士は報酬が高くて、高級車に乗っているような、おしゃれな職業というイメージを持ってしまいがちですが、それは映画やドラマの罪。ちゃんとリアルに描いてあげないと職業自体が誤解されてしまう。本作では絶対そうしたくなかったんです」。

岩井氏は静かに燃える胸の内を明かしながら、自身がインスピレーションを受けたという、冤罪弁護士を紹介してくれた。くたびれたスーツを着た弁護士の写真を示しながら、岩井氏は言う。「この方は僕にはもう明墨にしか見えません。彼らはドラマで描かれている以上に、被疑者の無罪を勝ち取るために事件が起きた間取りを再現して検証するなど、果てしなく地道な調査をしているんです。そういった彼らのリアルを少しでも作中で表現したくて」と、思い描く弁護士へのリスペクトを口にした。

さらに取材中、岩井氏が持ってきてくれたのは、何度も見返したであろうことがわかる大量の写真の束。デザインの参考にしたビルの壁、階段、街の様子、さらにはドキュメンタリーの切り抜き写真がまとめられていた。

「今どきあまりこうやって印刷して持ち歩いている人はいないかも…」とはにかむ岩井氏はこう続ける。「明墨法律事務所のある新橋ももちろんですが、特に裁判所の周りは普段行くような場所ではないので、実際に自分で歩きながら写真を撮ってイメージを膨らませました。印刷して打ち合わせの時に貼っておくと、番頭さん(施工管理者)だけではなく実際に手を動かす職人さんたちも見てくれて、作りたいイメージを理解し、同じ方向を向いてくれるんです」と、スタッフ同士の世界観の共有方法を教えてくれた。

「今ではすっかり緑山っ子です」

初めてTBSドラマを担当する岩井氏が、緑山スタジオでセットを手掛けるのは初めて。「こんな大作を初見の僕によく任せてくれたなと(笑)。今ではすっかり緑山っ子です」と謙虚な言葉を口にする。初めてのチームでの制作に「最初に建てた明墨法律事務所と法廷のセットは、正直ものすごく不安を抱えながら進めていました。でも、緑山のセットの作り手である猪狩浩さんを筆頭にみなさんが本当に優秀で。各セクションの方々が自分たちで考えながら作ってくださるので、全幅の信頼を寄せて制作することができました」と胸中を語る。

『アンチヒーロー』のセットデザインはほぼ終わったという岩井氏はこう振り返る。「本作は台本がとても面白い。読んで面白いと思える台本ってなかなか巡り合わないものです。どの作品にも命がけで取り組んでいますが、作品自体に引き込まれなかったら、ここまで命をかけて没入したいと思えなかったかもしれません」。二見氏は「原作がない、オリジナル作品だからこそみんなでゼロから世界観を作っていくことができていますし、その熱量は画面を通しても伝わっているのではないでしょうか」と視聴者に語りかけた。

撮影の構想まで覆すセットの力

取材中に顔を出したのは、本作を手掛ける飯田和孝プロデューサー。最初にセットに入った感想を聞くと「質感も含めて全部好きで、レイアウトも最高なので、自分の家にしたいくらい(笑)。光の差し込み方や見る角度によって印象が違うのも面白い。実は、このセットができてから撮影場所を変えたシーンもありました。普通はシチュエーションにとって自然な場所で撮影するのですが、第2話の明墨と赤峰柊斗(北村匠海)のシーンは、絶対明墨の部屋がいいと思って当初の想定から変更。この部屋を見てから、外で撮るつもりだったシーンをセットで撮影すると決めて、後半はセット数も増やしてもらいました」と、セットの力を明かした。

ドラマの映像を大きく変えるほど、セットの存在は偉大。取材の終わりには、岩井氏が広いスタジオの全貌が見渡せる場所に案内してくれた。そこから見えたのは大きなスタジオいっぱいにセットが隙間なくぎっちりと並ぶ圧巻の光景。「僕も1つのスタジオにこんなにセットが立つのは見たことがないです」と、晴れやかな顔で命を削って作ったという渾身の力作を眺めていた。

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