手術とは芸術…医学支援ロボットによる医療の未来~『ブラックペアン』監修ドクターが解説 vol.18~

TBS NEWS DIG Powered by JNN
2024-07-14 12:00
手術とは芸術…医学支援ロボットによる医療の未来~『ブラックペアン』監修ドクターが解説 vol.18~

二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還する『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。シーズン2の放送を記念し、山岸氏の解説を改めてお伝えしていきたい。今回はシーズン1で放送された5話の医学的解説についてお届けする。

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※登場人物の表記やストーリーの概略、医療背景についてはシーズン1当時のものです。

医学支援ロボット

5話は医学支援ロボット、ダーウィンが登場してきました。それと牧野さんが肺血栓塞栓症に陥り生命の危機に瀕します。
今回は医療場面の解説の前に手術全般に関して思うところを書いてみます。

人、ロボット、アート アンド サイエンス(Art and Science)。
私がまだ心臓外科医の駆け出しのころ、世良君より少し上くらいのころに、当時の上司が心臓手術はアートアンドサイエンスだ!とよく言っておりました。

芸術と科学の融合とでもいうのでしょうか。一流の心臓外科医は「手術を行う」ことを「作品を作り上げる」と言い換えることがあります。芸術家が自分の魂を込めて作品をつくりあげるように、我々も魂を込めて、作品を創造するが如く手術を施行します。

ただ心臓手術には時間制限があります。いくら心筋保護技術が進んでも、永久に心臓を止めていられるはずもなく、その限界は3時間程度と言われていますし、心臓を止めている時間が短ければ短いほど心臓の筋肉には優しいのです。

芸術作品を創造するのと同時に必要なことのみ素早く行う、つまり徹底的に無駄を省いた技術が必要になります。さらに心臓は一歩間違えればすぐ死に直結するような場所でもありますので、リスクマネージメントを常に行いながら手術を行わなければならない。石橋を叩いて渡らないくらい慎重に石橋を素早く走って渡り、その走るフォームは無駄な動きを徹底的に省いたシンプルさを持ち、かつ芸術的でないといけない。

成人の心臓手術は以前も述べましたが、そこまでバリエーションがたくさんあるわけではありません。ただ心臓へのアプローチの仕方(どこを切開してどのように治すか)がいくつかあって、オーソドックスな正中開胸(胸の真ん中を縦に切る切開)、右開胸(右の胸を切開して心臓に到達する方法)、左開胸(左の胸を切開して心臓に到達する方法)があります。

胸の真ん中には胸骨といって板のような骨があるのですが、正中切開(開胸)の時は、この胸骨を電気ノコギリで切って心臓に到達します。慣れると皮膚切開から2分弱で心臓まで到達できるようになります。またこの板みたいな胸骨を切らない方法、つまり右か、左の胸を切開して肋骨の間から手術する方法をミックス(MICS)と言ったりします。

以上述べた正中開胸(切開)、右開胸、左開胸による手術はいずれも手術する人(術者)が、患者さんの真横に立って手術をします。患者さんに手をいつでも触れることができる位置で行うのです。

今回登場した手術支援ロボット、ダーウィンはロボットが患者さんの真横にいます。そのロボットを操縦する術者は患者さんから少し離れたところにいるのです(操縦席のようなところに座ってロボットを操るのです)。

ロボット監修の渡邊剛先生もおっしゃっておりますが、あくまでも操縦するのは外科医であり、なにもロボットがすべて判断して手術をしてくれるわけではありません。F1マシーンを操縦するテクニックがコックピット内にいる外科医には必要になるといいます。

人の手による手術、ロボットを操縦しての手術、その目的は患者さんを治すことで、一つの芸術作品を作り上げるということに変わりはありません。そういう意味では人の手による手術の延長線上にロボット手術が存在するのかもしれませんし、人の手かロボットかという対立構造は本質をついていないのかもしれません…。

超高性能ロボットが作ったお寿司を食べたいか、何十年も修行した銀座の寿司職人が作ったお寿司を食べたいか。実際食べたら実はその違いは全く分からなかったりして。

人の手代表の渡海先生は「モノだよ。」と患者さんの体を「モノ」と言う。ある意味ロボットみたいなところもある。

なんかいろいろ考えていたらよくわからなくなってきました。よくわからない深いテーマだからこそ、今回のドラマでも主旋律をなしているのかもしれません。
渡海先生の部屋には壁に手術記事が張り巡らされています。手術記事とは行った手術の記録でその患者さんの心臓の形態と、その治療後の形態の絵(シェーマとか言ったりします)を描いて、いつ見てもどんな手術をしたかわかるようにするのです。

前述の上司は手術のシェーマを美しく描くことが一流への第一歩だ!と常々言っておりました。自分はたまたま絵を描くのが好きで幼稚園から動物の絵とかいろいろスケッチブックに描いておりましたので、手術の絵(シェーマ)を描くのは得意で、手術記事だけは褒められていた気がします(その他は常に渡海先生に怒られる世良先生のごとく怒られていました)。

図は胸部大動脈瘤の手術記事のシェーマです。大動脈に人工血管を針がついた糸で縫い付けていくのですが、この縫い付けることを縫合と言います。渡海先生はこの縫合技術が天才的と言われ、できた手術の最終形態は至高の芸術。人間の生命の根源である心臓という組織に敬意と畏敬の念を持ち、魂を込めて芸術的な手術を施行する。

絶対者に到達することを夢見て、夢見て、夢見るけれども、それはロマンティークであって、そこに到達できない。その到達不可能なものが芸術で………(三島由紀夫)。っていうフレーズを思い出しました。やはり渡海先生は心臓外科における絶対者。

いつもは1話で2回くらいカッコよくて鳥肌がたっていたのですが、今回のお話は5回くらい鳥肌がたったので、渡海先生を絶対者とまで言ってしまう展開になってしまいました。次回は肺血栓塞栓症について解説します。

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イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科 
山岸 俊介

冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。

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