論文とは?医療の進歩を支える医師のもう一つの戦場~『ブラックペアン』監修ドクターが解説 vol.30~

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2024-07-27 12:00
論文とは?医療の進歩を支える医師のもう一つの戦場~『ブラックペアン』監修ドクターが解説 vol.30~

二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還する『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。シーズン2の放送を記念し、山岸氏の解説を改めてお伝えしていきたい。今回はシーズン1で放送された9話の医学的解説についてお届けする。

※登場人物の表記やストーリーの概略、医療背景についてはシーズン1当時のものです。

佐伯教授の手術

佐伯教授は左冠動脈肺動脈起始症と僧帽弁閉鎖不全症を合併しています。

左冠動脈肺動脈起始症の手術はいろいろな種類がありますが、ここで行われた手術は冠動脈バイパス手術です。以前も何回か出てきましたが、詰まりかけていたり、詰まってしまって血液の流れが悪い冠動脈に、迂回路(バイパス)を作って血液を新たに流してあげる手術です。

この病気の場合は冠動脈が肺動脈から出ていますので、静脈血(酸素を含んでいない血液)が心臓の筋肉に流れているわけです(前回の解説もご参照ください)。ここに左内胸動脈という動脈を吻合すると、動脈血(酸素を含んでいる血液)が流れてくれます。内胸動脈は胸の真ん中にある胸骨という板のような骨の裏側に左右で存在しています。一般的には左の内胸動脈を左の冠動脈につなぐ傾向が強いです。

左内胸動脈は心臓の左心室→上行大動脈→左鎖骨下動脈→左内胸動脈という順序で動脈血が流れていて、左冠動脈に繋ぎやすい位置にあるため、バイパス手術のために神様が用意してくれた血管とも言われています(3話、7話にも出てきました)。

少し込み入った話になってしまうのですが、この病気の場合、左内胸動脈からの血流は冠動脈に流れ、心臓の筋肉に流れてくれるのですが、このままでは肺動脈にも流れてしまいます。実際は肺動脈に向かう冠動脈を縛って、血流が肺動脈に流れないようにします。

手術の時のCGにあったように、左冠動脈は心臓の左側にありますので、右か左かで言ったら左胸から手術した方がやりやすいです。一方、僧帽弁の手術は、主に心臓の右側から手術をしますので、右の胸から手術します。以前にも書きましたが、心臓の弁は心臓の右を向いているので、心臓の右側から手術をした方がやりやすいのです。

冠動脈は左胸から、僧帽弁は右胸からであると、どうしても時間がかかってしまうということで、世良くんが池永編集長に似た症例報告(論文)がないか聞きに行きます。すると、池永編集長は右側から僧帽弁も冠動脈も両方治療する報告があったといいます。

論文とは?

私は「ブラックペアン」でいうと、完全に渡海派でほとんど論文を書いたことがありません(0ではありませんけど)。論文を書く時間があるなら、手術をするか、手術の練習をしている方がいいので。

ですが、高階先生、西崎先生は論文を書くのが本業であり(もちろん手術もしていらっしゃいますが)、確かに私も医者が論文を書くことは大切であると思います。医者には自分が行っている研究、治療(手術)の結果を報告する責務があるからです。

ここで我々の書く論文ってどういうものがあるか、ということを簡単に書きたいと思います。大きく分けると、基礎研究論文と臨床研究論文に分かれると思います。

基礎研究論文は研究の成果を報告するもので、この細胞の遺伝子をこんな感じでいじったら、こんな細胞できました。このタンパク質の構造を調べたらこんなことがわかりました。のような、試験管とか、試薬とかいろいろ用いて〜研究所等で実験して報告します。ざっくり言うと患者さんに直接的にかかわらない、その前段階の研究の報告です。ちなみに私は基礎研究をしたことがありません。基礎研究をしている時間を手術や手術の練習に当てたかったからです。

臨床(研究)論文は患者さんに関わる報告です。「ブラックペアン」に出てくる論文は臨床論文です。例えば症例報告といって、こんな珍しい病気の患者さんがいて、こんな治療をしたら元気に退院されました、という報告や、このような方法で手術をしたら非常にうまくいきました、という、まさに今回世良先生が欲していた報告です。それとたくさんの患者さんを集めて報告する論文もあります。例えば佐伯式で僧帽弁手術をした100人の患者さんと、佐伯式ではなく僧帽弁手術を行った100人の患者さんを比べて、佐伯式で行った患者さんの心臓の機能の方が良かったよとか、長生きしたよというような報告です。また比較しなくても、スナイプで行った100人の患者さんの成績はこんなんでしたよ、などの報告もあります。

日本語で書いてもいいですし、英語で書いても構いません。英語で書いた方がよりたくさんの世界中の人に読んでもらえるというメリットがあります。

で、その書いた論文をどの雑誌に投稿するか考えます。それぞれの雑誌には、インパクトファクターが付いていて、その雑誌の中の論文がどれくらい引用されたか、簡単に言うとどれくらい読まれたかで決まるようです。たくさんの人に読まれれば読まれるほど(引用されればされるほど)インパクトファクターが高くなるとすると、正直心臓外科の論文はそれほど多くの人には読まれません。

なぜなら、心臓外科医は絶対的に人数が少ないからです。例えば小児心臓外科医は非常に少なく、私の知る教授の話だと、海外の学会に行くと、いつも会わせる顔は一緒だというのです。世界中にクラスメートくらいの数しかトップクラスの小児心臓外科医はいないのです。

一方、内科の先生はどうでしょう、世界中に数え切れないほどの人数がいます。ですので、内科の先生方がよく目にするような、例えば高血圧の薬関連の論文が載る有名な雑誌は多くの医師に引用される(読まれる)ので、インパクトファクターは高くなるのです。あと遺伝子などの話はたくさんの研究者がいますので、遺伝子関連の論文が載る有名な雑誌はインパクトファクターが高くなります。高いとインパクトファクター50とかそれ以上あるようですよ。我々心臓外科の論文が多く載る雑誌は高くてもインパクトファクター3くらいです。

残念ながら日本語の雑誌は、日本語を使う人が世界では絶対的に少ないので、必然的に読まれること(引用されること)は少なくなります。日本の雑誌のインパクトファクターはほとんどありません。「ブラックペアン」では演出上、日本外科ジャーナルにインパクトファクターが与えられています。

苦手な論文に関して語ってしまいました。だいたいは合っていると思いますが、間違っているところがあったらご容赦下さい。

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イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科 
山岸 俊介

冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。

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